お盆に旅行
八月。
京都市の夏は相変わらずの猛暑で、連日最高気温を更新しているのではないかと錯覚するほど暑い日が続いていた。
陽が傾いて空が薄暗くなり始めているにもかかわらず、暑さは全く落ち着く気配がなかった。
そんななかを颯太はリュックを背負い、スーツケースを転がしながら歩いていた。
そうして辿り着いた西賀茂車庫で、トートバックを肩から提げ、スーツケースを引いている小和と合流した。
「小和さん、待たせました?」
「全然。さっき来たところ」
「それならよかった。そういえば、聞いてなかったですけど、小和さんは帰省は?」
「するよ。旅行の帰りに真っ直ぐ実家に帰るつもり」
「なかなかハードっすね」
「それ以外で帰るタイミングなかったしね」
小和がそう言いながら笑うと、颯太もつられて笑みをこぼした。
そして、やってきた北大路バスターミナルへと向かうバスに乗り込んだ。
颯太と小和、行哉は、試験が終わって夏休みに入ってから、お盆に旅行をする計画を練っていた。
その結果、行哉の実家のある神戸に寄って行哉の親から車を借り、颯太の帰省に付き合うことになった。その後は颯太の実家を拠点にして、観光と撮影をしようということになっていた。
北大路バスターミナルでバスを降り、地下鉄の改札近くですぐに行哉を見つけた。長身でブラウンベースに明るめのメッシュを重ねた髪は遠くからでもよく目立っていて、近づけばリュックとボストンバッグを足元に置いていた。
近づく颯太たちに気付くと、笑みを浮かべながら軽く手を挙げてみせた。
「颯太、楠見さん、お疲れ。二人は今日もバイトだったんだよね? 大丈夫?」
「俺は昼までにしてもらったから平気。小和さんは?」
「私は本当にバイト終わりで家に帰って、すぐって感じ。だから正直言うとけっこう疲れてるけど、楽しみが勝ってるかな」
小和が笑みをこぼすと、颯太と行哉も同じように笑った。
「しんどいようなら隠さずに行ってくださいよ、楠見さん」
「ありがとう、中原くん」
「てか、車の運転は俺と行哉だし、小和さんはがっつり寝れるじゃん」
「そういや、そうだった」
「二人にだけ運転やらせるみたいで、悪かったわね」
小和が不機嫌そうに口にすると、三人同時に噴き出した。
今回の旅行では、長い時間運転することになる。三人とも免許を持っているが、小和だけが帰省したときだけに少し車に乗るくらいのほぼペーパドライバーということで、バイトなどで運転する機会の多い颯太と行哉が交代で運転することになっていた。
「それじゃあ、行きますか」
行哉が先導する形で改札を抜け、地下鉄に乗り込んだ。京都駅で乗り換え、行哉の生まれ育った神戸を目指した。
摂津本山駅で下車するころには、空はすっかりと暗くなっていた。
駅の北口から外に出ると、石畳に覆われた街路や周囲の建物の壁や階段がレンガ調だったりと、どことなく統一感があり、オシャレな雰囲気のある駅前広場だった。
「ちょっと姉さんに連絡するから」
そう言って行哉はひとり離れて、電話をし始めた。
それを待つ短い時間も惜しいかのように、颯太はリュックからカメラを取り出して、写真を撮りはじめた。
「中原くんのお姉さんって、どんな人かな?」
写真を撮る颯太の隣で、同じようにデジカメを駅舎や周囲の建物に向けながら小和が尋ねた。
「SNSで顔出ししてるから外見は知ってますけど、まじで行哉の姉って感じですよ。性格までは分かりませんけど」
「そうなんだ。なんか会うの楽しみかも。まあ、迎えに来てくれるってこと時点で、面倒見がいいか優しい人なのは間違いないよね」
「そういうところも行哉と似てるのかもしれませんね」
そう言いながらくすりと笑い合った。
そこに電話を終えた行哉が戻ってきた。
「姉さん、すぐ来るってさ。てか、写真撮るようなものある?」
「あるって。雰囲気すごいいいじゃん」
「そういうもんかね」
颯太の言葉に首を傾げた行哉は、そう言いながらも颯太や小和がどんな写真を撮るのか眺めたり、撮ったばかりの写真を見せてもらっていた。
まるでよく知っている場所を、よく知っている人の目にはどう映っているのか楽しんでいるかのようで。
電話を終えて五分も経たないうちに、
「ユキくん、待たせた?」
そんな声が行哉をはじめ三人の耳に届いた。
声がした方に目を向けると、飲みかけのコーヒーの入ったプラカップを手に持った女性が立っていた。オーバーサイズのカットソーにスキニーというシンプルな服装でありながら、サンドベージュの左右非対称のショートボブの髪や、モデル並の整った顔と長身でスタイルのいい体型ゆえに、景色に雑に合成したかのように、彼女だけ浮いて見えた。
さらに行哉と並ぶと、相乗効果で自然と周囲の目を引き付けていた。
「いや、待ってないよ。今日はありがと、姉さん」
「いいって。ユキくんからのお願いなんて、珍しいからね。ちょっとくらい姉らしいところ見せたいじゃない」
そう言って笑う目が、大荷物を持つ颯太と小和を捉えた。
「あっ、キミらがユキくんの大学の友達だよね? 私はこいつの姉の汐里です。よろしくね」
汐里は颯太たちに挨拶がてらに明るい笑顔を向けた。
切れ長で目力のある目元は行哉にそっくりで、颯太と小和は初対面にも関わらず、不思議と物怖じも緊張もしなかった。
「はじめまして。宮岡颯太です。たまにお店やSNSにあげている写真を見させてもらってます」
「キミが颯太くんか。私もキミの撮ってる写真、よく見てるよ。SNSもフォローしてるんだから。ユキくんがよく話題に出すから、一度会って話してみたかったんだよね」
汐里は颯太に興味津々といった風に、ニコッとどこか人懐っこい笑みを浮かべて見せた。
汐里はにやけた表情のまま、隣の小和に目を向けた。
「楠見小和といいます。このたびは、いろいろとお世話になります」
小和はあらたまってしっかりとした挨拶をして、頭を軽く下げた。
「小和ちゃんね。あなたのこともユキくんから聞いてる。優しい素敵な写真を撮る先輩だって。あとでよかったら、写真見せてね」
汐里は小和にも明るい笑顔を向けると、小和はどこか胸の奥がくすぐったくなった。
ただ面と向かって話しただけで、汐里は二人の心にするりと入り込んだようだった。
「姉さん、挨拶はそれぐらいで」
「そうね。話はご飯食べながらでもできるものね。それで何食べに行きたい?」
「今日は姉さんとうちの親がお金出してくれるらしいからさ、遠慮しなくていいよ」
颯太と小和は困ったように顔を見合わせた。奢られるにしても限度があるし、そもそも詳しくない土地で、何が有名でどんな店があるのかも分からないので、選択肢がなく固まってしまった。
そんな二人を見て、行哉と汐里も顔を見合わせた。
「楠見さん、何か食べたいものあります?」
「そう言われてもね……神戸で有名なものって、中華のイメージしかないのよね」
「南京町はここからだとちょっと遠いよね、姉さん」
「どうしてもって言うなら、車だし全然行けるよ」
「いや、どうしてもってわけじゃあ……」
「なあ、行哉! 何かオススメは?」
困っていそうな空気感を出していた小和に、颯太が助け舟を出した。
「そうだな。洋食か、中華じゃないかな」
「ユキくん、神戸牛もあるじゃん。いっそのことちょっとお高い鉄板焼きに行っちゃう?」
颯太と阿吽の呼吸で穏便に話を進めようとしたところでの、汐里の横槍に行哉は思わず顔をしかめた。
「姉さん、さすがにそれは」
「冗談じゃん」
悪びれる様子のない汐里を見て、行哉は深いため息が漏れ出た。
「じゃあ、楠見さんの意見と合わせて、中華にしようか。姉さん、この近くでオススメの店ってある?」
「そうね……ここから車で五分くらいのところに、最近お客さんに教えてもらったいいお店あるよ。神戸ポーク使った酢豚とか美味しかったよ」
行哉は自身でも興味が出たのか店の名前を聞いて、初耳だったようで、
「俺も行ってみたいから、姉さんの言ってる店でいいかな?」
「もちろん。こっちはごちそうになる側だし、私は話聞いてて楽しみだなって」
「じゃあ、決まり。さっそく行こうか」
汐里が三人を引き連れる形で、駐車場まで歩いた。
車のトランクに荷物を詰め込み、汐里の運転で目的の店へと向かった。




