繋がる感覚
「そういえば、颯太に話があったんだった」
試験が目前に迫り、写真部の部室で行哉と一緒にレポート課題をしていて、ひと息ついたタイミングでそう切り出された。
「あらたまって何の話だよ?」
「そんな構えんなって。今年も合同写真展にこの前の写真を出してくれって、打診が来てるんだよ。それでどうする?」
京都市内にある大学の写真部が合同で毎年夏に写真展を開催しており、去年に引き続き今年も颯太を指定してきたのだという。
「いいよ、参加する。とりあえず、蒼依のお母さんに許可の確認だけはするわ」
颯太は即答した。いまの颯太は去年とは違い、気がかりや後ろ向きになる理由はまるでなかった。
蒼依と連絡が取れなくても、その理由を知っているし、蒼依がいない家を尋ねることに躊躇もない。蒼依の母の景子との関係も良好で、蒼依のいない家で一緒にお茶をしたり、一緒にご飯を食べるのも珍しくはなかった。
颯太は、景子に合同写真展で蒼依とホタルの写真を展示していいかと、すぐに確認のメッセージを送った。
「分かった。たぶん大丈夫だろうけど、許可の確認が取れてから、俺の方から返事するよ」
「それで、今年は俺の他は誰が参加するの?」
「今年も去年と一緒だよ。颯太には写真込みで、あとは俺にもありがたいことに声が掛かってる」
「じゃあ、今年も一緒なんだな」
「そうなるな。あとは写真出せるかは置いといて、来年以降のために下の学年のやつをひとりは連れていきたいと思ってるから、そこは次のミーティングで話題にあげないとな」
「そっか。来年は俺も行哉も、たぶん部の写真展にすら参加しないもんな」
「まさか来年も参加する気でいたのか? まあ、颯太は頼まれるかもしれないけどな」
「いやいや、行哉の方が頼まれる可能性高いだろ」
そう言い合って、颯太と行哉は思わず笑い合った。
颯太の写真の評価は後輩からもかなり高いもので、行哉は写真の評価以上もさることながらその外見と人柄は先輩後輩関係なく引き寄せる存在だ。
今年、小和に頼んだように、二人に有志で写真を出してほしいと言われる未来は十分ありえることだった。
「あっ、行哉。許可もらえたよ」
スマホに届いた景子からの返信を見ながら、行哉に伝えた。
「早くね?」
「さっきメッセージ送ってたからね。で、このあと写真のことであらためて話をしに行きたい、とも伝えてたんだけどさ、よかったらついでに晩ご飯もどうって誘われてるけど、行哉も行く?」
「俺は遠慮しとくよ。綾崎さんのお母さんがいい人なのは知ってるけど、さすがにな」
「行哉はそう言うよな。なあ、試験終わったら、小和さん誘って、三人でまたご飯食べに行こうぜ」
「いいな。今年の夏も、三人でどこかに撮影兼ねた遠出したいよな」
「どうせなら泊まりでどっか行きたいね」
もうすぐそこまでに近づいている夏休みに思いを馳せながら、少し浮かれた気分でレポート課題へと二人は戻っていった。
*
行哉とは大学のバス停で別れ、颯太はシャトルバスで上賀茂神社へと行き、蒼依の家を訪れていた。
「それで颯太くん、今年も写真展の会場は同じなの?」
ダイニングテーブルを挟んで、景子は優しい微笑みを颯太に向けていた。
面と向かって写真の許可について再度話したら、「それはいいよって、言ったでしょ」と笑われたところだった。
「まだ詳しくは分からないですが、時期と会場は一緒だと思います。分かり次第、すぐに教えます」
「早めに教えてもらえたら、今年はお父さんを誘って行くから」
「なんだか親が見に来るみたいな気恥ずかしさや緊張がありますね」
颯太の言葉を聞いて、景子は嬉しそうに声を上げて笑い始めた。
「ありがとう、颯太くん。そこまで私たちのことを身近に思ってくれて。颯太くんはご両親には、写真をよく見せたりしているの?」
「そういえば、あんまり見せたことないですね。写真やカメラに興味があることは知っていますが、特に何か言われたこともないですし」
帰省した時も、写真だけでなく、それ以外についても何か言われた覚えがなかった。聞かれるのは、元気にやっているかとか、ちゃんとご飯食べているかということばかりだった。
「そうなの? なんだかもったいないというか、寂しい気もするわ。私が颯太くんの親だったら、撮った写真は見てみたいし、こういうことをしてるんだって知れるのは嬉しいから」
景子の穏やかな表情を前にすると、どこか見守られているようで、親の顔と重なって見えた。
だからというわけではないが、今度帰省したときには写真のことについて話してみようと思えた。
「そういえば、颯太くんは写真始めたきっかけってあるの?」
「きっかけ……ですか。空と海とか綺麗な景色をただ見るだけじゃもったいないって思って、家にあったデジカメを勝手に持ち出して撮りだした、って感じですかね」
「それは何歳くらいのころ?」
「たぶん小学校の高学年くらいですかね」
「そのころの写真も見れるものなら、見てみたいわね」
「恥ずかしいですって。でも、そうですね……今度実家に帰ることがあったら、探してみます」
颯太は照れ笑いを浮かべつつも、自分でも見てみたいと思っていた。
テクニックも知識も何も知らない、自分がいいと思ったものを好きに撮っていたころの写真。今の自分が見れば、粗や稚拙さが目立って見えるかもしれない。なまじ技術を覚えた現在の颯太には撮れなくなってしまった写真もあるはずで、そういう原初の強い衝動に触れたいと思った。
「そろそろご飯にしましょうか?」
景子の優しい声を聞いて、思い出したかのように颯太のお腹が鳴り、空腹を知らせた。
「ちょっと待っててね」
くすりと笑みを浮かべて景子は立ち上がり、キッチンへと向かった。
そのまま口元に笑みを浮かべたまま調理をする景子を見て、蒼依の日常だったはずの光景を撮りたくなって、写真に収めた。
この一枚は、いまの颯太にしか撮れない写真だった。
こういう何気ない特別な一瞬が、颯太にはとても愛おしいものに思えた。
「あれ……?」
颯太の中で、様々なものがひとつに繋がる感覚があった。
以前の颯太は『空』というモチーフにこだわりを持っていた。
それは同じ空模様は二度とは現れず、そんな『空』を中心にした景色を、そのときの心の動きや衝動と共に写真という形で切り取って残すことに魅力を感じていたからだった。
それを今は『空』とは関係のないところで、同じ感覚で写真を撮っていた。
気付いていなかっただけで、ずっと今しか撮れない心惹かれるものを多く撮ってきた。
きっときっかけは、蒼依との再会で。
あの日から、颯太の世界は解像度があがり、特別なものが見つけやすくなったからかもしれない。




