部屋の中で気になったもの
「シャトルバス、もう来てる!」
先頭にいた行哉が振り向いて、後ろにいる颯太と蒼依、小和の三人に声を掛けた。
行哉はひと足早くバスプールに停まっている最終便の上賀茂神社行きのシャトルバスに辿り着き、次に小和が、最後に颯太と颯太に手を引かれた蒼依がやってきて、バスに乗り込んだ。
四人は肩で息をしながら顔を見合わせて、笑みをこぼし合った。
そして、すぐに扉は閉まり、バスが動きはじめた。
「まさにギリギリセーフって感じだったな」
行哉がホッと息をつきながら口にした。
「本当にね。小和さんが片付けとか手伝ってくれなかったら、完全にアウトだった。まじでありがとう」
揺れる車内で颯太が小和にお礼を言いながら頭を下げた。
「いいって。なんか颯太くんと中原くんに振り回されるこの感じが少し懐かしくて、写真部って感じしたし。蒼依は大丈夫だった?」
小和は楽しそうに笑みを浮かべながら、颯太の肩辺りを軽くはたきながら、颯太の隣でまだ息が整わない蒼依に目を向けた。
「大丈夫。あんなに本気で走ったのなんて、本当に久しぶりでしんどかったけど、みんなと一緒だったから、なんか楽しくて」
蒼依はニコッと笑みを浮かべながら三人の顔を見回し、三人も笑みを返した。
それから颯太と行哉は目配せを交わし、行哉が颯太にだけ分かるように頷いてみせた。
「それで少し遅くなったけど、晩ご飯はどうする? 俺と颯太はどこかで買って、颯太の家で食べようって話してたんだけど」
「私もそれに付き合うよ。蒼依はどうする?」
「私もみんなと同じがいいな。それに颯太の家に行ってみたいし」
蒼依は目をキラキラさせながら返事をした。
「颯太、まだ綾崎さんを家に呼んだことなかったのかよ」
「俺が時間を見つけて、蒼依に会いに行ってたからなあ。それにここ最近はずっと余裕なんてないほどにバタバタしてたし」
颯太の言葉に、行哉だけが「ああ、なるほど」と納得して頷いていた。
少し遅れて蒼依と小和も、先ほど見たばかりの颯太の写真がどうやって撮られたものなのかを思い出し、行哉と同じような反応をした。
それから、あらためて晩ご飯に何を食べようかと話し始めた。
上賀茂神社に着いてバスを降りる頃には、御園橋近くにある、丼ものを扱うファストフード店にしようと決まった。
テイクアウトをして、颯太の家に向かう途中にあるコンビニに立ち寄って、酒を含む飲み物を買った。
「片付けるから、ちょっと待って」
部屋に到着して、颯太はそう言ってひとり先に部屋に入ろうとした。
「颯太さ、いつもそんなこと気にしないじゃん?」
「そうそう。彼女の前だからって、いいカッコしようとしてるんだ」
行哉と小和が野次を飛ばしながら、颯太の制止を無視して、いつものように颯太の部屋の中へと気兼ねなくまるで自分の部屋のように入っていった。
颯太が呆れて立ち尽くし、蒼依はそんな様子を見てクスクスと笑った。
「颯太、冷蔵庫借りるな」
「颯太くん、テーブルの上、片付けちゃっていいよね?」
そんな声が聞こえてきて、颯太はため息を吐くしかなかった。
「蒼依、あんま綺麗じゃないけど、どうぞ」
扉を押さえて、蒼依を部屋の中へと促した。蒼依は靴が脱ぎ散らかっている玄関で、自身の脱いだ靴を揃えるついでに他の靴もさっと揃えた。そうしてできたスペースに颯太が靴を脱いで、後ろ手に鍵を閉めて蒼依の背中を押しながら奥へと入っていった。
部屋の中では、行哉が買ったばかりの酒や飲み物を冷蔵庫に収めていて、小和はローテーブルの上にあるものをまとめているところだった。
「蒼依、好きなところに座ってて」
そう言って颯太は、家を出る前に部屋干ししていた洗濯物を急いで取り込んで、そのまま雑にクローゼットの中に入れた。それから小和を手伝い、テーブルの上を片付け始めた。
蒼依はベッドの端に腰かけて、部屋の中をぼんやりと見まわしていた。ここで颯太が生活しているのだと思うと、全てが蒼依の目には興味深く映った。
小綺麗に整頓されていて、いま座っているベッドの布団は起きた時のままめくれていた。
冷蔵庫の隣に置かれているラックには、電子レンジと炊飯器、酒瓶がそれぞれ別の段に置かれていて、冷蔵庫に飲み物を入れ終わった行哉が酒の残りをチェックしているところを見ると持ち込んだのは誰だか予想できた。
颯太と小和が片付けているローテーブルの脇には、教科書や雑誌がまとめて積まれていて、壁際に寄せて置かれている大型のラックにも多くの本が並んでいた。そのラックには、カメラの機材やメンテナンス用の道具なども置かれていて、そのラックの脇には折り畳まれた三脚が立てかけられていたり、いくつかのケースが置かれていた。
テレビやゲームのようなものは置かれていなくて、想像通りの真面目でカメラ好きの男子大学生の部屋だった。
気になるものがあるとすれば、壁際の大型のラックにある数冊の見慣れない大きいサイズのファイルと、壁とラックの間に置かれている何かを梱包している薄く大きいダンボール箱くらいだった。
「何か気になるものでもあった?」
行哉が開けていないビールの缶を片手に近寄ってきて、声を掛けた。
「あの大きなダンボールとか、棚にある大きい黒いファイルとか。他にも置かれてるケースには何が入ってるんだろうとか、言い出せばキリないかも」
「カメラ関係のものとかは、たしかに普通の部屋では見慣れないようなものかもね」
行哉は口元に小さく笑みを浮かべていた。
「なあ、颯太。ラックにあるファイル見せてもらうな」
「はあ? 別にいいけど、ご飯はどうすんだよ?」
「食べるって。その前にちょっとだけな」
そう言いながら行哉はビールをテーブルの隅に置いて、蒼依が気になっていたラックにあった厚みのある大きなファイルをひとつ手に取って戻ってきた。
それをベッドの上に置いて、ファイルを開くと、そこにはプリントされた大きなサイズの写真がアルバムのようなフィルムの中に入れられていた。
最初に目に入ってきた一枚は、逆光で波が光り輝く海に浮かぶ瀬戸内海の島と澄んだ青空の写真だった。
「すっごい綺麗」
「これは颯太が大学一年のときの写真展で展示したやつだよ。で、こっちの写真とどっちを展示するか最後まで迷ってたんだ」
ページをめくって次の写真を確認しながら、行哉が当時のことを思い出しながら蒼依に説明する。
そこにあった写真は、下半分は満開の桜でその奥には瀬戸内海と島を望む景色と、白みが強い春の晴れ空が広がっていた。
「その隣の写真は……なんのやつだっけ? 颯太、覚えてる?」
行哉がそう言って尋ねたのは、青い空が奥に向かうにつれて赤みが強くなっていき薄紫へと至るグラデーションが美しく、その下に広がる穏やかな海が空と同じ薄紫に染まっている写真だった。
「うわっ、懐かしいな。地元の海で撮った朝焼けの写真だ」
テーブルの片付けがあらかた終わったのか、颯太と小和もベッドの上に置かれたファイルに入れられている写真を覗き込んだ。
「これはたしか……一年生のときに三年生の先輩に誘われて、大学内のカフェに展示したやつじゃなかったかな。その桜の写ってる写真もそこで展示したやつだな」
「ああ、だから、プリントしたやつがあるのか。てか、そんなことやってたんだ。知らなかった」
「俺らがあんまり使わない場所にあるカフェだしな」
「私は見に行ったよ。私の学部棟の隣にある建物に入ってるカフェだし。たしか、みんな海や空の写真で統一してたんだっけ」
小和が懐かしむように口にして、行哉が少しだけ不機嫌そうに眉に皺を寄せていた。
「そうだったかな。あのときはよく分からないまま、先輩に言われるがまま写真用意したからなあ」
「なんでカフェで展示することになったんだよ、颯太?」
「なんでだっけ? 小和さんは分かる?」
「たしか私の一つ上の先輩が、そのカフェでずっとバイトしてて、そこで展示してみたいってプレゼンして許可をもぎ取ったんじゃなかった?」
「だってさ、行哉」
「いやいや、なんで楠見さんの方が詳しいんだよ」
そう言い合って写真を見ながら笑い合う。
そんな三人の姿を羨ましく思いながらも、楽しい気持ちになって蒼依も一緒になって笑った。
「じゃあ、このファイルにある写真は、全部颯太が何かしらで展示した写真なんだね」
「そうだね。今のところは全部取って置いてるよ」
「じゃあ、去年の私の写真も?」
「それはもちろん」
颯太が頷くと、蒼依は表情を明るくした。そのやりとりを見て、行哉は口元に笑みを浮かべ、
「綾崎さん、あそこの壁際のダンボール。あれ、去年の綾崎さんと紫陽花の写真だよ。合同写真展で展示したやつで、紙や色合いにまでこだわり抜いてる超大作だよ」
「そうなの? 見てみたいなあ」
蒼依の期待に満ちた目と、行哉と小和の生暖かい視線を受けて、颯太はため息をついた。
「あれ出すのも片付けるのも大変だから、また今度ね。てか、それよりご飯食べようよ」
「逃げたな、颯太」
「うん、誤魔化したね。颯太くん」
小和と行哉に即座に突っ込まれ、何も言えなくなった颯太を見て、蒼依は楽しそうな笑い声をあげた。
「じゃあ、また今度絶対に見せてね」
「分かった。約束する」
それからテーブルを四人で囲んで、すっかり冷めてしまったテイクアウトで買ってきたものを食べ始めた。
楽しい夜はゆっくりと深くなっていった。




