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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第3章 君と過ごす二度目の梅雨

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さっきの写真はなんだったの

 空は雨の気配が薄い雲に覆われていた。

 そのせいか、まだ日の入り前の六時前にもかかわらず辺りは薄暗く、街灯が灯り始めていた。

 また風がないせいか、湿気をはらんだ空気がまとわりつくようで自然と汗ばんできそうだった。


「理想的ないい天気だな」


 今日は蒼依とホタル観賞をしに行こうと約束した日だった。

 観光客や他の見物客が集まりやすい週末を避けた平日にしようということになり、颯太は夕方まで普通に講義を受けていた。

 蒼依の家のインターホンを鳴らすと、蒼依の母の景子が玄関扉を開けて中へと迎え入れてくれた。


「アオ!! 颯太くん、来たわよ」


 家の中に呼びかけると、慌てた様子で浴衣姿の蒼依が姿を現した。

 墨紺すみこん色の生地に、風に舞う青緑色のテッセンの花が描かれた落ち着いた雰囲気のなかに華やかさを感じる浴衣。

 綺麗な長い黒髪は、今日は編み込み風にまとめて肩から垂らしていて、どこか大人っぽさを感じさせられた。

 見慣れた蒼依の見慣れない姿に、颯太は一瞬言葉を失った。


「どう……かな? 変じゃない、颯太?」

「似合ってるよ。すごい綺麗だ」


 颯太がしみじみとこぼすよう口にすると、蒼依は照れた表情を浮かべて固まった。

 蒼依に見とれていた颯太も、その表情に顔を赤くした。

 そんな二人を、景子は微笑ましく見ていた。


「蒼依、写真撮っていいかな?」


 蒼依は小さく頷いた。

 庭に出て赤い紫陽花を背景に、颯太は浴衣姿の蒼依を写真に撮った。

 蒼依の顔が写るように撮ったものとは別に、角度を変えて顔が分からない角度でも写真を撮った。さらには、浴衣をレンタルした店でサービスで貸し出してもらった蛇の目風の雨傘を差してもらって、写真を撮った。

 撮影に熱中し過ぎて、時間が経つのを忘れないためにセットしていたスマホのアラームが鳴り、颯太は撮り足りないと思いつつも、今日の撮影の本命は違うところにあるので、今はグッと我慢してカメラを下ろした。


「もういいの、颯太? ホタルが出る時間にはまだ早いと思うんだけど」

「うん。まだ暗くなりきらない時間に神社に行っておきたいんだよ。いいかな?」

「もちろんいいよ」


 蒼依は笑みを浮かべながら頷いて、縁側から撮影を見守っていた景子の元に寄っていった。


「お母さん、ちょっと上賀茂神社まで行ってくるね」

「うちで一緒にご飯食べてから、行くんじゃなかったの?」

「暗くなる前に行きたいんだって。颯太のことだから、どこで撮るかとか下見したいのかも」

「ああ、なるほど。もしそのままホタルを見て帰るとかなら連絡ちょうだい。食べずに待ってるから。あと、ご飯いらないときもね」

「分かった」


 そこへ撮った写真の確認をしながら颯太も近づいてきた。


「颯太くん、アオから話は聞いたわ。アオのことよろしくね」


 颯太カメラのモニターから顔を上げ、景子を真っ直ぐに見つめた。


「はい。急なことでごめんなさい」

「いいのよ。今日のご飯は手軽に食べられるようにお好み焼きにしてたから、焼くだけだしね。あっ、でも、広島県出身の颯太くんにお好み焼きはタブーだったかしら?」

「気にしないでください。関西風のお好み焼き好きですよ。御園橋通みそのばしどおりにあるお好み焼き屋に、一年生のころからけっこう通ってるんです」


 颯太がそう返すと、蒼依と景子はくすりと笑みをこぼした。


「そっか。ねえ、今度、颯太くんが食べ慣れた広島のお好み焼き教えてくれない?」

「はい。母に作り方聞いておきます」


 颯太が笑顔で頷いているのを横目に、縁側に置いていた巾着を蒼依は手に取った。

 颯太も置いていた撮影機材の入っている通学鞄としても使っているカメラバッグを背負った。


「颯太、この傘は持って行った方がいいかな?」

「うん。写真撮るときに、さっきみたいに顔を隠すのにも使えるし、もし雨が降りだしたら困るしね。傘は俺が持とうか?」

「いや、私が持つよ。颯太は傘持ってるの?」

「折り畳みが鞄の中にあるから、大丈夫」


 颯太と蒼依は、出掛ける準備は万端だと頷き合った。


「じゃあ、お母さん。行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 蒼依は颯太の腕に自分の腕を回し、傘を持った手で景子に向けて小さく手を振った。颯太も景子に小さく頭を下げながら、景子に温かな視線に見守られながら庭から出ていった。



 遠くの空には、夜が少しだけ混じり始めていた。

 颯太と蒼依は、上賀茂神社に向けて歩いていた。そんな二人の横をタクシーや乗用車、大学生が乗る原チャやバイク、自転車が通り過ぎていく。そのたびに道路の端に寄り、一列になってやり過ごし、また腕を組み直して歩いた。


「なんかただ一緒に歩くだけでもいいね」


 蒼依が嬉しそうな声で呟きながら、身体を颯太に寄せた。


「本当にね。隣に蒼依がいるってだけで、なんでも特別に思えそう」


 颯太は自身の腕から伝わる蒼依の温もりや、蒼依が少し笑って揺れているのを感じていた。


「もし蒼依がよかったら、時間あるときに一緒に散策する? 写真撮りながら歩くだけなんだけど」

「いいけどさ、私が付いていったら颯太は私ばかりを撮らない?」

「すっごいありえるな、それ。でも、たまにはそういう日もあってもいいかな」

「颯太は私のこと大好きだよね」

「うん。大好きだよ」

「そう言う私も颯太が好きだから、喜んで撮られるのだろうけど」


 そう言って、お互いに思わず照れてしまった。

 恥ずかしさから言葉が出てこなくなったが、お互いの気持ちが確認できたことが嬉しくて、距離は近くなった。

 歩きながら時々目が合うだけで、嬉しくなった。

 触れあっている部分から感じる好きな人が隣にいるという特別な当たり前が、言葉にならないほど幸せだった。

 世間では、付き合いたての同年代の恋人たちは、これが永遠の愛ならいいなと望み夢を見る。

 颯太と蒼依は、どれだけ愛し合っていても分かれの未来が待っていることを知っていて、一緒にいられる幸せな時間が有限なのだという変えることのできない現実を見ていた。


 二人で歩くと、上賀茂神社まではあっという間だった。


「颯太、これからどうするの?」


 大鳥居の近くで足を止めて、蒼依が尋ねた。

 周囲に浴衣を着ている人がいないこともあり、浴衣姿の蒼依は目立つようで、大学帰りの学生や行き交う人の視線を集めていた。


「普通になかに入って、写真撮りに行くよ。いい場所には、目星つけてるんだ」

「ホタル出てないのに?」


 颯太の隣で蒼依は不思議そうに首を傾げる。それを見て、颯太は自然と笑みがこぼれた。


「まあ、今は散歩気分で楽しもう」


 颯太と蒼依は、一の鳥居を目指して歩き始めた。

 鳥居を抜け、緑の葉を茂らせる桜の間を通って、ならの小川を目指した。

 ならの小川に辿り着くと、川沿いに少し歩いて、上賀茂神社の境内にあるなら鳥居となら神社の庁屋ちょうやが見える場所で颯太は足を止めた。

 カメラバッグを下ろし、持ってきていた三脚を手早く設置して、カメラを取り付けた。

 颯太は真剣な表情で、モニターを見ながら角度や画角を調整していく。


「蒼依、そこの石段下りて、川の近くにかがんでくれる? 目線はこっちには向けないで、水面より少し上で。傘は最初は預かるよ」


 蒼依は言われたように颯太に傘を預け、川沿いの石段の一番下まで行き、浴衣の裾をたたむようにして屈んだ。

 颯太は蒼依にピントを合わせながら微調整をして、あえて露出をアンダーで暗めの画面で蒼依を撮った。数枚撮った後に傘を持ってもらって、また数枚。

 撮り終えた後に颯太は、自身のスマホで三脚の足元とカメラのモニターを写真に撮った。


「蒼依、もう一ヶ所同じようにして撮りたいんだけど」


 そう言われて、今度はならの鳥居近くにかかる石橋の上で同じように屈んでいる姿や傘を差して立っている蒼依の写真を撮った。

 そこでも同じように颯太はスマホで三脚の足元とカメラのモニターを写真に撮っていた。

 写真を撮り終える頃には、辺りは一段と暗さが増していた。


「蒼依、ありがとう。これからどうしよっか? いったん家に帰る?」


 三脚を片付けながら、颯太は蒼依に尋ねた。


「うん。それでご飯食べて、戻ってきたらちょうどいいくらいの時間だと思うし」


 蒼依は、片付けをしている颯太の様子を見ながら答えた。


「ねえ、颯太」

「なに、蒼依?」


 片付ける手を止めないまま、颯太は尋ね返した。


「てっきり下見のために来たのかと思ってたから、急に撮影始まってびっくりしたんだけど」

「驚かせてごめん。下見なら、今日の大学からの帰りにすませてたよ」

「それなら、さっきの写真はなんだったの? 私の浴衣姿を撮りにわざわざ来たの?」


 蒼依は颯太の意図が分からず困惑しつつも、今の状況が少しおかしくて笑みがこぼれた。

 颯太は片付けがひと区切りついたのか、屈んだまま蒼依の顔を見つめた。


「そういう考えもありかな。今日の蒼依の格好は、神社と相性よさそうだし。実際、すっごい綺麗でカメラ越しに見惚みとれてたよ」


 颯太は本題ははぐらかしながら、それ以外のところは本心から口にしていた。


「なんだったかは、教えてくれないんだ」

「今はね。あとでちゃんと説明するよ。でも、もしかしたらさっき言った通りに蒼依を撮っただけになるかも」

「意味わからないんだけど」


 そう言いながら蒼依はクスクスと笑い、颯太もそれにつられて一緒になって笑った。

 そこに颯太のお腹が鳴る音が鳴り、それを聞きもらさなかった蒼依がいっそう楽しそうに笑った。


「颯太がお腹空いてるみたいだし、帰ろっか」

「そうだね」


 カメラバッグを背負い直し、来た道を引き返し始めた。


「同じ場所に帰るって、なんかいいよね」


 蒼依の少しの憂いを帯びた幸せな声に、颯太は笑顔で頷いてみせた。

 来たときよりも夜の色が濃くなった道を、お互いの温度を確かめ合いながら帰路についた。

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