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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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写真と許可

 写真部の部室のある課外活動棟は、講義を受ける学部棟などが建ち並んでいる敷地とは道路を挟んだ向かいにある総合体育館の奥にある。

 総合体育館と課外活動棟は建物の内部で繋がってはいるが、課外活動に用事がある人間は課外活動棟に付いている出入り口を利用していた。

 総合体育館の奥の方にある出入り口と、課外活動棟の正面玄関は軒先が繋がっており、その軒下の一角には喫煙所がある。

 颯太が課外活動棟に戻ってくると、その喫煙所のベンチに行哉が座っていた。行哉は颯太に気付くと指に煙草を挟んだまま、軽く手を挙げながら出迎えてくれた。


「おかえり、颯太。帰ってきたってことは、ちゃんと写真撮れたってことだよな?」

「うん。まあ、撮るには撮れた……かな」


 曖昧な返事をしながら颯太は、行哉の隣に座った。

 それから鞄の中からタブレットを取りだし、帰りのシャトルバスの中でカメラから移した撮った写真のファイルを開いて行哉に渡した。

 行哉は煙草の火を消して、真剣な表情でタブレットに映る写真を見た。

 ひと通り見終えると、紫陽花と女性の写真をタブレットの画面に表示させ、


「この写真が一番いいと思った。今まで見せてもらった颯太の写真の中でも抜けていいと思ったくらいだ」


 画面をジッと見つめながら行哉は真面目にそう言った後、


「それで、颯太。この美人さんは誰よ?」


 と、二言目には口元に笑みを浮かべながら茶化してきた。

 颯太はタブレットを返してもらい、再度その自分で撮った写真に目を落とす。


「行哉……お前にも見えてるよな? この人のこと」


 想像とは違う反応が返ってきて、行哉はすぐには言葉が出てこなかった。


「何? どういうこと? もしかして、雨に濡れて、風邪でもひいた?」

「え? 違う、違う。この写真を撮った後にほんの少し目を離したら、フッといなくなったんだよ。だから、もしかして幽霊的な俺にしか見えてない人じゃないよな、とか思ってたりしたわけよ」


 行哉は小さく噴き出し、颯太の持っているタブレットを横から覗き込み、ジッと写真を見る。

 写真に写る女性は、ライトブルーの傘を差し、ショート丈の白いシャツワンピに黒のレギンス、足元にはレインブーツと、梅雨の時期の外出に適した格好に行哉は見えた。


「うん、ちゃんと写ってるから安心しろ。それにこんなに全身が綺麗に写る幽霊もいないと思うぞ」

「だよな? でもさ、この写真、勝手に写真展に使っていいのか迷ってるんだよね。普段、人を撮ることがあんまりないから、どうしたらいいか分からないんだよ。肖像権とか、色々あるだろ?」


 颯太は深いため息を吐いた。それを横目に行哉は、新しい煙草に火をつけて煙を吐き出した。


「それは大丈夫じゃね? 横顔なうえに、傘と髪でほとんど見えてないしな。コンテストに出すとか人が集まりそうな写真展なら悩むのも分かるけど、今度の写真展は学内のギャラリーでやる小規模なものだしな」

「それはそうなんだけどさ……」

「颯太が何に引っかかってるかは分からないけどさ、その写真を気兼ねなく使いたいなら、直接許可をもらえに行けばよくない?」

「そうだよな。まあ、もし許可が取れなかったら、紫陽花と夕焼けの写真を写真展用に出すよ」

「ああ、あれね。そっちはそっちで、颯太らしいいい写真だったな。どっちにしろ、楠見さんはオッケー出してくれるだろ」

「だと……いいんだけど……」


 颯太は不安から肩を落とすが、行哉はその肩を叩き、


「大丈夫だって。今から楠見さんに見せて来いよ。部室にいるだろうし」


 今ごろ写真部の部室では、誰かの差し入れや学内のコンビニで買って持ち込んだお菓子や飲み物を囲んで、写真とは無関係な話題で盛り上がっていることだろう。

 そういう空気感が苦手で、颯太は差し入れをすることはあっても、談笑の輪に加わることはほぼなかった。

 行哉は騒がしいことも楽しいことも好きで、学内外で派手で目立つ人たちと行動している。だけど、本当に仲がいい人は少ないのか、颯太や小和との関わりを優先させたり、個人行動も多く、人が寄り付きにくい喫煙所にいることが多かった。

 大学のサークルや部活動で、決まった予定が特にないのであれば、親交を深めるというのは普通のことだ。そういう観点から見ると、颯太たちが部員の集まっている部室に行かないのは間違っていると言ってもいい。

 しかし、部内のクループ単位で仲を深めていると考えるならば、今の状況も肯定できる。

 写真部には大きく分けると二つのグループが存在している。

 写真部らしく、いい写真を撮るために努力や労力を惜しまず、撮影をするということに主眼置いて、真面目に取り組んでいるグループ。

 もう一つは、写真好きとはいえカメラでの撮影ではなく、いまや気軽に写真や動画が高画質で撮ることができるスマホでの撮影をメインにし、ファッション感覚でカメラを持ち歩いたりと、遊びたい盛りの大学生らしく楽しいことを大事にしているグループ。

 颯太と行哉、小和は、その真面目な方のグループに属していた。

 颯太と行哉は、入部直後から小和を通じて、同じ意識の先輩たちと親交を深め、撮影や機材選びで相談に乗ってもらったり、色々とよくしてもらっていた。その先輩たちも、部室にはあまり近寄らずミーティング終わりに撮影に行ったり、別の場所でいまの颯太たちのように話していることが多かった。

 二つのグループは、表向きは上手く共存しているけれど、実態として意識の差からくる温度差や溝があった。

 文化祭や飲み会などのイベントは楽しみたいグループが、撮影に関するイベントや写真展といったものは真面目なグループが主導するといったように、上手く役割分担と住みわけができていた。

 そして、いまの代は、どちらのグループにも顔が利き、委員長気質が強い楠見小和が部長として、上手く間を取り持っていた。

 その小和を後ろ盾があったうえで、付き合いが少々悪くとも写真のクオリティで黙らせる颯太と、写真の評価もさることながら何よりイケメンという武器を持つ行哉は、部内で立場が悪くなるということはなかった。



「部室に行くのはな……小和さんをここに呼んでみるか」


 颯太はそうぼやきながら、スマホを取りだし、今いる喫煙所に来てくれるように小和にメッセージを送った。

 メッセージを送って五分もしないうちに、小和は喫煙所にやってきた。


「颯太くん、戻ってきてたのなら、わざわざ呼び出さずに写真のデータを渡しに部室に来ればよくない?」

「それはそうなんですけど、撮った写真のことで相談したくて――」


 颯太は写真を見せながら、ついさっき行哉に話した気がかりをそのまま話した。

 小和は立ったままベンチの背もたれに手をついて、颯太の持っているタブレットを後ろから覗き込みながら、その話を聞いた。


「――というわけで、どうしたらいいか迷ってるんです。行哉は気にすることないって言ってたけど」

「私も基本的には中原くんと同意見。これくらいなら気にすることないと思う。でも、横顔とはいえ顔が映っていて、個人を特定できかねないのも確かだから、許可をとるとなおよしって感じかな」


 颯太は「そうですよね」と相槌を打ちながら、気の重さから肩を落とした。


「とりあえず明日、その写真の紫陽花の生垣のある家に行ってみます。もし写っているのがその家の人だったら、そのまま許可をもらえないか話してきます。それでもし駄目だったら、この紫陽花と夕焼けの写真の方を提出でいいですか?」


 颯太がタブレットに表示した写真を小和はじっと見つめ、


「こっちはいつもの颯太くんらしい写真だね。でもさ、どっちの写真の方がいいかは分かってるんだよね?」


 小和は颯太の肩に優しく手を乗せる。その温もりが、颯太の背中を後押しする。


「はい。分かってます。あの紫陽花と女の人の写真は、今まで撮ってきた写真とは違う特別な感じがしているので……」


 颯太が許可にこだわっていたのは、紫陽花と女性の写真が特別な一枚に感じていたからだった。

 その心の衝動と自身の感性に嘘をつけない颯太の取るべき行動は、相談をする前から決まっていた。

 ただ踏み出すための勇気が、少し足りなかっただけで。


「それじゃあ、週明けにあらためて写真のデータは受け取ることにするね。私はまだやらないといけないことがあるから部室に戻るけど、二人はどうする?」


 小和は、颯太と行哉に順に視線を向ける。


「とりあえず写真も撮れたし、家に帰ろうかな。写真の編集とかしたいし。行哉はどうする?」

「俺も部室には行く気にはなれないから、少し早いけどメシに行こうかな。颯太も行こうぜ? 楠見さんもどうっすか?」

「だから私は、まだやることがあるんだって」


 小和は呆れたように笑う。それから自然と行哉と小和の視線が、颯太に集まる。


「うん、メシだけなら付き合うよ。小和さんもありがとう」

「なんの、ありがとうよ。とにかく、いい報告期待してるからね」


 小和は表情を崩したまま、部室へと戻っていった。

 行哉が隣でスマホをいじりながら煙草を吸っている間、颯太は写真の女性をジッと見つめていた。

 正確には、撮ったときのことを思い出しながら、その姿に見惚みとれていた――。

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