蒼依が撮る写真
「ごめん、待たせちゃったかな? 服に迷っちゃって」
蒼依はデートの待ち合わせの常套句を本心から口にした。
ただそれは恋人である颯太にではなく、同性の小和に向けられたものだった。
「大丈夫、そんなに待ってないから。それにしても蒼依にそう言われると、本当にデートみたいでドキッとしちゃうね」
小和は口元を緩めながら、迷ったと言う蒼依の服装をまじまじと見つめる。
ゆったりめなベージュのストライプシャツをブラックチェックのスカートにインしていて、足元は定番というほどによく見かけるブランドのハイカットのスニーカー。キャスケット帽を少し深めに被っていて、そこから流れ落ちる長い黒髪が肩から胸にかけてかかっていた。
さらに蒼依は、大きめの白のトートバッグを肩に提げていた。
「どこからどう見ても大学生にしか見えないね。それに普通にかわいい」
小和は笑みを浮かべながらそう言うが、内心では自分には似合わない服を着こなす蒼依が羨ましいと思っていた。
「本当に? 現役大学生の小和ちゃんに、お墨付きもらえてよかった。私が持ってる服って、基本的に高校生のときに買ったものばかりだから、浮いて見えないか心配で。できるだけ、大学生っぽく見えるやつ選んだんだ」
「高校生のときからそういう服着てたの? 大人っぽくない?」
「そうかな? あっ、でも私、昔からお母さんの服の趣味が好きで、高校生になったくらいからお母さんの服をよく借りてたんだ。実はこのシャツ、お母さんのだし」
蒼依は手にかかるシャツの袖先を指で押さえながら腕を上げて、楽しそうに笑みを浮かべた。
それを見て、小和は小さく噴き出した。
「それにしても、本当に大学の学食なんかでいいの?」
「うん。私、大学に通えなかったし、みんなが普段食べてるようなもの食べてみたかったから。あっ、小和ちゃんからしたら、いつも通りすぎてつまらないよね。今からでも別のところにする? ここからならどこにでもいけるし」
二人が待ち合わせをしたのは、小和たちが通う京都上山大学へのシャトルバスもでている上賀茂神社の大鳥居の前だった。
「蒼依がいいならいいよ。それなら颯太くんや中原くんも呼ぶ? 普通に大学にいるだろうし」
「それは次の機会に。今日は小和ちゃんと二人がいいから」
少し照れたように言う蒼依に、小和はかなわないなと思った。
蒼依は仕草や服装、言動すらも、同性から見てもかわいらしく映る。それを自然にやっていて、計算でやっているようないやらしさやあざとさというものを感じさせない。
だから、守ってあげたくなるような庇護欲をかきたてられるし、同性であってもドキッとさせられてしまう。
そのうえ飾らない笑顔を振りまいていて、自分の気持ちに素直になれる強さも持っている。
颯太が蒼依を好きになるのも分かる気がした。
小和はふと今日の自身の服装に目をやる。
この時期によく着ている半袖パーカーに細身のストレッチパンツ、履き古したスニーカー、撥水の大きめなトートバッグという女性らしさもかわいらしさもない、機能性と動きやすさに特化したラフな格好。
小和の髪は毛先が肩にかかるかどうかの長さで、蒼依の隣に立つとどうしても様々なところで差を感じてしまう。
「小和ちゃん? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。じゃあ、次のシャトルバスに乗ろうか」
並んでバス乗り場に向かって歩き出した。
そうやって歩く姿は、誰が見ても仲のいい大学生の二人組だった。
大学に着くと、昼には早くまだ講義をしている時間ということもあり、キャンパス内を歩いている人はまばらだった。
小和は蒼依のリクエストに応えるために、自分がよく食べに行っている学食の入っている建物へと向かうことにした。
「それで何か食べたいものある?」
「小和ちゃんのオススメ……というか、よく食べてるのは?」
「なんだろ……コンビニでサンドイッチとか買ったり、学食でテイクアウトのお弁当売ってるところがあるんだけど、それもよく買うかな。学食内で食べるとしたら、うどんにその日の気分で載せるものを変えるとか、学部の友達とよく行くのはビュッフェスタイルで好きなおかずとか選べるとこかなあ。颯太くんや中原くんは、うちの大学のある意味名物のラーメン屋の油そばに、色々トッピングして楽しんでるって言ってたっけ」
蒼依は隣で興味深そうに頷きながら聞いていた。
「それで気になるところあった?」
「全部気になるよ。でも今日は座って食べられる方がいいと思うし、ビュッフェのとこかな」
蒼依のその言葉で行き先が決まった。
目的の学食は、コンビニや教科書なども売っている本屋、先ほど話題に上がった学食全てが入っている建物の四階にあった。
開店は十一時半だが、今はそれより少し早い時間なのにもかかわらず営業を始めていた。
広々としたスペースには、ぽつぽつと片手で数えられるほどの人が座っているのが見えた。
小和は迷うことなく鶏塩サラダ丼と野菜の煮物の小鉢を選んでトレイに載せていく。その後ろを蒼依はついて行きながら、小和の選んだ鶏塩サラダ丼とほうれん草のごま和えをトレイに載せた。
会計をすませると、窓際のカウンター席に並んで座った。
「景色すごいね」
「まあ、山の上だしね」
そういいながら、窓から広がる景色に二人して眺めた。今日は昼頃から雨が降る予報になっているが幸いにもまだ降り出す気配はなく、曇っていながらも景色を楽しむことができた。
すぐ近くには理系の研究室や実験室の入った建物が足元に見え、その奥には上賀茂や西賀茂一帯が見渡せ、さらに遠くに目をやれば雄大な山々がそびえている。
「見えてる場所はよく知ってる場所のはずなのに、こうしてみると違って見えて楽しいね」
そう言いながら蒼依は、景色を何枚もスマホで写真に撮り、手元の料理も忘れずに写真に収めてからご飯に手を付け始めた。
来慣れた学食で食べ慣れたメニューを食べているはずなのに、隣に蒼依という本来ならここにいるはずのない存在がいるだけで、小和はどこか落ち着かない不思議な感じがしていた。
二人は食べながら、他愛のないことを話した。
小和が所属する文化学部でどんな勉強をしてきたのかとか、蒼依が事故もなく大学に進学していたとしたらここに通っていて小和の後輩になってたかもしれないというもしもの話で盛り上がったりした。
食べ終える頃には学食には人が増えだしてきており、二時間目の講義がもうすぐ終わる時間だった。昼休みになれば混み合い、座る場所に困るほどだということを小和は身をもって知っていた。
「蒼依、そろそろ出よう。どこか行きたいところある?」
「ゆっくり話せるところならどこでも」
トレイと食器を返却して、食堂を出た。
建物から出ると、すでに多くの人が行き交っていた。そのなかを小和は蒼依の手を引いて、図書館へと向かった。
図書館の外にある自動販売機で飲み物を買い、図書館の屋根の下にあるベンチに並んで腰かけた。
「なんか坂が多くて疲れちゃった」
「私も最初はそうだったよ。エスカレーターあっても坂と階段多いしで、慣れるまではきつかったし」
足を伸ばして太ももを軽くマッサージする蒼依を横目に、小和は笑みを浮かべながらペットボトルのお茶に口をつけた。
「ねえ、よかったらだけど、蒼依が撮った写真見せてくれない? 昨日もスマホでたくさん撮ってたでしょ?」
「みんなに比べて私は下手だから、ちょっと恥ずかしいな。でも、小和ちゃんならいいよ」
蒼依は鞄の中からスマホを取り出して、撮った写真を表示させて小和に手渡した。
「私も小和ちゃんの写真見たいな。ほっこりするし、見てて自然と笑顔になれるから好きなんだ」
「うん。ちょっと待ってね」
小和は蒼依のスマホを自身の膝の上に置き、鞄からタブレットを取り出して、最近撮った写真の入ったフォルダを表示させ、蒼依に渡した。
そうして、二人はお互いの写真に目を落とした。
蒼依の撮った写真は、大きく分けて二つに分類できた。
ひとつは今日学食で撮っていたような、あったことや見たものを記録するための写真。
もうひとつはただ純粋に、大事なものを残したいという想いで撮られたであろう写真。
家事をする蒼依の母の景子の後ろ姿、隣に座っている颯太の横顔、小和や行哉が笑いながら話しているところ。さかのぼれば、蒼依の家の庭でカメラを構えていたり、傘を差して庭に入ってくる颯太の写真など、颯太を撮った写真がたくさん出てきた。
蒼依にとっての大事なものが写真となって切り取られていて、そこには蒼依の好きが詰まっていた。
撮るときに構図を意識していないのは丸わかりで、手ブレのせいでピントがブレているものもある。
それでも蒼依の事情を知る人が見れば、そういう技術の稚拙さは気にならないほどに感情が揺さぶられてしまう写真の数々。
いつのまにか小和の目からは、大粒の涙がこぼれていた。
「小和ちゃん……?」
「ごめん、大丈夫。なんか蒼依の撮った写真見てたら、感極まったというか……」
蒼依は隣から優しく小和の目元をハンカチで拭った。
小和は恥ずかしいと思いつつも、蒼依の優しさに甘えた。
「ありがと、もう大丈夫だよ」
「うん。でも、よかったよ。小和ちゃんなら、私の好きを分かってくれるかもって思ってたから」
蒼依は今にも雨が降り出しそうな、黒い雲に覆われた空を見上げながら呟いた。
小和がどうリアクションしていいか分からず戸惑っていると、蒼依の視線は空から小和へと向けられる。
小首を傾げて垂れた黒髪が綺麗だなんて、小和が思っていると、
「だって小和ちゃん、すっごい優しいんだもん。それに温かくて穏やかな写真を撮れる人だから、私の写真がどういうものか気付いたんでしょ?」
蒼依は小和の内心を見透かしているかのように静かに呟いた。
小和は蒼依の言うようにたしかに気付いてしまっていた。
蒼依の写真の中で一番多かったのは颯太を撮ったもの、次いで母の景子、そして小和と行哉と続く。
それはきっと蒼依が後で見返すために、好きなものを撮っていたから。
そしてきっといつか遺した人に、想いの大きさを伝えるため。
「小和ちゃん、私の写真のことは誰にも言わないでね」
小和は黙って頷くことしかできなかった。
ぱらぱらと降り出した雨が、地面のコンクリートを黒く染め始めた。




