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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第3章 君と過ごす二度目の梅雨

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36/43

雨の匂いが混じる夜

「今日はありがとね」


 蒼依は玄関先まで、颯太と小和、行哉の三人を見送りにでていた。


「片付け手伝わなくて本当によかった?」

「小和ちゃん、気にしすぎ。みんなを見送ったあとで、私が手伝うから。それより、明日はよろしくね」


 蒼依はひらひらと小和に手を振り、視線は颯太へと向かう。

 それに気付いた行哉は、


「お土産もありがとう。あとでお母さんにもう一度お礼伝えといてくれないかな?」

「わかった。伝えとく」

「じゃあ、楠見さん。俺らは先に外出てようか」


 小和も行哉の言葉の意味するところに気付いた。


「そうね。蒼依、また明日」

「綾崎さん、また」


 そう挨拶をして、小和と行哉の二人は玄関の外へと出ていった。

 ひとり残った颯太は、あらためて蒼依に向き合った。


「今日はありがとう、蒼依。時間がある限りは来るようにするから」

「うん、いつでも待ってる。今年は私からも颯太に会いに行くから」


 蒼依と颯太は笑みを浮かべ合い、そのまま静かに抱きしめ合った。

 蒼依は力いっぱい抱きしめ、颯太は優しく背中に手を回した。お互いの体温と鼓動を感じ、心の奥底から幸せを感じ合った。


「蒼依……みんな待ってるから、そろそろ行かないと」

「そうだね。ねえ、颯太」


 颯太の胸に顔をうずめたまま、蒼依は言葉を続ける。


「今度デートしよ」

「うん。俺もデートしたい。で、蒼依の写真を撮りたい」

「いいよ。今年もいっぱい私を撮ってね」


 ゆっくりと身体を離して、至近距離で顔を見つめ合い、蒼依はニコッと微笑んだ。

 それは嬉しさや幸せ、少しの寂しさをはらんだ颯太にしか見せない表情で。


「じゃあ、また」

「うん。またね、颯太」


 小さく手を振り合って颯太は、玄関の扉を開けて外に出た。

 外で待っていた小和と行哉と合流し、上賀茂神社の方へと歩き始めた。


「今日は楽しかったあ。颯太くん、先に蒼依とデートすることになってごめんね」


 小和は楽しそうな声音で、隣を歩く颯太を煽るように口にした。

 小和と蒼依は、明日ランチを食べに行き、そのまま遊ぶ約束をしていた。


「いいですよ。明日は普通に講義あったし。それにそもそも小和さんは、いま時間あり余ってるでしょ?」

「言い方! まあ、たしかにそうだけど」


 小和は不満げな声を上げたが、すぐに笑い始めた。

 小和は、ゼミ以外の卒業に必要な単位はすでに取り終わっており、さらに就職も内定をもらっている。

 大学の図書館でのバイトは続けていて、空いた時間は写真を撮りに行ったり、履修登録してない講義をふらっと受講したりしていた。

 学生でいられる最後のモラトリアム期間を謳歌していた。


「そういえば、楠見さん。余った料理、俺と颯太が全部もらって本当によかったんですか?」


 颯太と小和の後ろを歩いていた行哉が尋ねると、小和は一度歩くペースを落として行哉の隣を歩き始める。


「いいよ。私は中原くんや颯太くんと違って、ちゃんと自炊してるからね。それに私は二人と違って、時間があり余ってるから、凝った料理を作ったりもできるし」


 明らかに棘のある言い方をして、行哉は思わず噴き出し、前を歩く颯太は「すいませんって、小和さん」と言いながら笑った。


「ねえ、颯太くん。少し気になってたんだけど、蒼依のお父さんって何してる人? 本人たちに聞いていいか分からなくて、穴居億聞けずじまいで」

「それ、俺も気になってた。今日、平日だったし、帰ってきたらどう挨拶しようかと思ってたけど、誰も触れないまま進んでいくしさ」


 颯太は少し考えたような間のあとに一度立ち止まり、


「口止めされてるわけじゃないし、それに二人なら大丈夫か」


 そう呟き、小和と行哉の後ろを歩き始めた。

 蒼依がまだ入院しているときに、蒼依と景子から記された話だと颯太は前置きをし、


「蒼依のお父さんは単身赴任中で、たしか……埼玉、だったかな。蒼依が事故に遭った年の春かららしくて、連休やそれ以外にも月に一度くらいのペースで帰ってきてるらしいよ」

「そういうことなら、私たちが信頼できると思えるまでは伝えないよね。とりあえず、颯太くんからは何も聞かなかったことにするわ」

「俺も聞かなかったことにしとく」

「そうしてくれるとありがたいかも」


 蒼依と蒼依の家にどこまで踏み込んでいいのか、小和と行哉にとってはまだ手探りなところが多かった。

 颯太だけが、去年一番深く関わっていたことに加え、蒼依の恋人という立場ゆえに綾崎家に大きく足を踏み入れていた。


「そういえば、気付いてた? 蒼依、いっぱい写真撮ってたね」


 小和がしみじみと思い出しながら口にする。


「さすがに気付くでしょ。そういう小和さんも行哉も写真撮ってたじゃん」

「まあな。颯太も人のこと言えないけどな。俺が撮った分は、あとでみんなに共有するよ」

「私も。明日蒼依に会ったときに、蒼依が撮った写真見せてもらおうかな」

「いいな、俺もそれ見たい」


 颯太が本気で羨ましがり、小和は「女同士だから許されることもあるだろうしね」と笑い、行哉は話を聞きながら小さく肩を揺らしていた。

 重く沈みかけていた空気は、吹き抜ける雨の匂いが混じる夜風に飛ばされていったようだった。


「あっ、写真で思い出したけど、行哉、写真展用の写真、ギリギリまで待ってくれない?」

「締め切りを守ってくれるなら全然いいよ。まあ、去年と同じで少しくらいなら猶予みるけど」

「ありがと」

「颯太くん、今年も『梅雨』のテーマにしたの? もしかして、希望者少ないからって中原くんに押し付けられちゃった?」

「俺は楠見さんみたいに。部長権限と先輩の圧を使ったわけじゃないっすよ」


 行哉が嫌味を言うと、小和は無言で隣を歩いていた行哉の肩を軽く殴った。


「小和さん、今年は立候補したんですって。それに何気に『梅雨』の写真に立候補した人多かったよな、行哉」

「そうだな。まあ、それは去年の颯太の写真のせいだろうな。あれ見て、『梅雨』のテーマも悪くないと思ったり、チャレンジしてみようと思ったのかもな。それに立候補したやつら、だいたいが二年で去年から颯太と写真よく撮りに行ってるやつらだろ?」

「そういえば、そうかも。テーマ期目の後に何人かが、写真展用の撮影によかったら連れて行ってください、って言ってきたな。断ったけど」

「断ったの、颯太くん? 後輩、かわいそう」


 わざとらしすぎるほどに引いたような反応で小和が口にするが、颯太は苦笑いを浮かべるだけだった。


「後輩への埋め合わせは、ちゃんとしますよ」

「それならいっか。でも断るってことは、颯太くん、撮りたいもの決まってるってこと? って、聞くまでもないか――」


 小和は聞いておきながら、すぐにその答えに気付いて納得するように頷いた。


「蒼依だよね」

「綾崎さん、だよな」


 小和と行哉の声が重なり、それがおかしかったのか二人は声を上げて笑い始めた。

 それほどまでに、『梅雨』をテーマに颯太が撮りたい写真は明らかだった。


「そうだよ。でも、具体的にどうってのは決めてない」

「颯太なら大丈夫だろ。それより問題は、俺以外に誰が颯太の隣に展示するか、なんだよな」


 ため息混じりに行哉がそう溢し、颯太は「えっ?」と驚きの声をあげる。


「ああ、それね。去年までは私たちで挟めばよかったから、私たち以外には変なプレッシャーなかったもんね」

「まじでそうなんですよね。楠見さん、今年も写真出してくれません?」

「仕方ないなあ。誰かに、時間があり余ってるって言われたしなあ」


 小和が冗談めかすと、颯太は「もう許してください」と謝り、また笑い合った。


 小和と行哉は、ずっと颯太に振り回されながらも支えてきた。

 去年の写真部の定例の写真展で、颯太が蒼依と紫陽花の写真を展示し注目を集めるなか、比較されやすい両隣に写真を展示していたのは、小和と行哉の二人だった。

 それ以降の注目度が高まっている颯太の写真の両隣は、ずっと二人が務めていた。

 二人以外は颯太と比べられることや横並びになるというプレッシャーに、耐えることができなかったからで、秋の学祭では先手を打って、三人で合作という案を行哉が提案していた。

 そもそもそれ以前の颯太のクオリティの高い『空』の写真の隣で、颯太に負けないクオリティの写真を展示し続けていたのも、小和と行哉だった。

 そうやってお互いを高め合い、信頼を築き合ってきた。


 そして蒼依との出会いにより、三人が進んでいた路はレールのポイントが切り替わったように、違う路へと進み始めた。



 梅雨らしいしとしとと降り続ける雨が、日付が変わる頃から降り始めた――。

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