笑顔のたえない楽しい夜
蒼依が退院した日の夜。
「すごいね。本当にこんな贅沢していいのかな?」
テーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々に、蒼依は目を輝かせた。
デリバリーの寿司に、中華料理屋でテイクアウトした一品料理。そして酒店で買ったお酒。
「いいに決まってるじゃない。今日はアオのための日なんだから」
「ありがとう、お母さん」
「お礼はみんなに言って。私が用意したのは、お寿司だけだし」
「じゃあ、他は?」
蒼依が同じテーブルを囲む颯太と小和、行哉を順に見つめる。
「中華料理は俺が。蒼依、病院食が薄味のさっぱり系ばかりで限界って言ってたでしょ?」
「ありがとう、颯太」
「で、飲み物は行哉が選んだんだ」
「ここから少し歩いたところに、けっこう種類豊富に売ってるところあったから、綾崎さんのお母さんとも相談して、綾崎さんが飲めそうな果実系のお酒けっこう買って来たんだ。他にも俺ら用のビールや梅酒とかもね」
話を聞きながら、蒼依は酒瓶に目を向ける。
桃やあんずの果実酒から、アップルワインといったものもあった。
「お酒飲んだことないけど、見た目はジュースみたいでおいしそう」
「アルコールはしっかり入ってるから、飲みやすくても飲みすぎには注意してね」
「わかった。ありがとう、中原くん」
「蒼依、デザートもあるからね」
「本当に? 小和ちゃん」
小和の一言で蒼依はまたいっそう表情を明るくした。
「うん。おいしそうなブルーベリーのチーズケーキ見つけたんだ。冷蔵庫に入れてもらってるから、今日食べられそうになかったら明日にでも食べて」
「ありがとう。でも、やっぱりみんなで食べたいな」
「私も食べたいと思ってたから、そう言ってもらえると嬉しい」
蒼依と小和は顔を見合わせて、小さく笑い合った。
「それなら料理は余らせてもいいんじゃないかな? みんな一人暮らしだよね? だったら、余った料理は持って帰ってもらってもいいし」
その景子の提案で方針が決まり、それぞれが飲みたいお酒を手に乾杯して、宴が始まった。
蒼依は初めてのお酒だったらしく最初のひと口はおそるおそるだったが、甘くジュースのように飲みやすいお酒を気に入ったようで、二口目からは遠慮が消えていた。
みんながお酒に口をつけて、料理に手を伸ばし始めるなかで行哉は、乾杯を終えると去年ここでした鑑賞会と同じようにテレビとタブレットを繋いで、テレビに写真をスライドショーにして流し始めた。
「颯太が撮った写真を中心に、去年の梅雨の終わりから綾崎さんが目覚めるまでの写真をまとめたやつだよ。気になる写真があったら、一時停止するから遠慮なく言ってね」
「ありがとう、中原くん。さっきの説明だと、中原くんや小和ちゃんの写真もあるってことだよね?」
「もちろんあるよ。一緒に撮りに行った写真もあるし、俺や楠見さんが撮った身内で見る用の写真も混じってる」
「ああ、そういうこと。二人が時々送ってくれてた写真展や学祭の準備してるときの写真や、みんなで集まってご飯食べたりしてるような写真ね。あれ、いいなあ、私も混ざりたいなって思ったんだよね」
蒼依がしみじみと口にする横で、隣に座る颯太は首を傾げていた。
写真展や学祭の準備をしているときの写真と言われても、颯太は撮られた覚えはないので、裏側やオフショットのような空気感を伝える目的で送ったのだろうかと思うことしかできなかった。
しかしその認識は、すぐに崩された。
小和と行哉は、颯太が何かしているところを中心に隠し撮りのような写真を蒼依に送っていた。
小和が撮ったであろう、颯太と行哉が真剣な表情で撮ったばかりの写真をカメラのモニターで確認している姿。
合同写真展の設営をしている颯太の姿は、このなかでは行哉しか撮るような人はいない。
「行哉、ちょっと止めて! 何これ?」
我慢の限界がきて、スライドショーを颯太が止めた。
「何って、いい写真だろ? 楠見さんや綾崎さんもそう思うよね?」
「うん。写真に向き合ってるときの颯太くんの表情は、中原くんと並んでも遜色ないほどかっこいいからねえ」
「私もいい写真だと思うよ。颯太の素の表情が見れるし、私が見た他の写真でも三人の色んな顔が見れて嬉しかったし」
小和と行哉の反応からは、二人がお互いにそういう写真も送っていたことを知っているのは明白で、颯太をからかって楽しんでいるようだった。
蒼依は本心から楽しそうに笑うので、颯太は不満や文句の言葉を飲み込むしかなかった。
そこから颯太は、どんな写真が出てくるのかと怯えながら、蒼依と会えなかった一年を写真を通じて振り返っていく。
去年の夏に、三人で綾部市に撮影がてら行った小旅行。撮影の合間にお互いに撮ったものや昼にバーベキューをしたときの写真、夜に旅館の部屋で歩き疲れて大の字で横になった浴衣姿の颯太と行哉の写真。
秋にあった学祭では、小和と行哉が交代で撮影していたのか、準備期間から学祭当日まで多くの写真がこっそりと撮られていて、何をしていたのか昨日のことのように思い出すことができた。
冬に颯太の部屋で鍋をした日の写真や、年が明けて三人だけで新年会という名の飲み会をした時の写真もあった。
春になると写真部として賀茂川に桜を撮りに行った撮影会で、新入生の男子と交流している颯太と女子を中心に人の輪ができている行哉という対比が見られる写真なんてものもあった。
そういった写真を、ときに笑いながら、ときにこんなことあったと思い出話をしながら見た。
蒼依は自分がいなかった時間を埋めるかのように、写真に写る世界に目を奪われていた。
「もっといっぱい写真見たいなあ」
スライドショーが終わると、蒼依は名残惜しさを隠すことなくそう呟いた。
「また今度見せるよ。小和さんと行哉もお願いすれば、見せてくれるだろうし」
「本当に?」
蒼依が二人に目を向けると、小和と行哉は頷いてみせた。
「ありがとう。やりたいことがまた増えたよ」
目を細めて笑う蒼依に、そこにいた誰もが言葉を失い、目を離すことができなかった。
次の瞬間には、騒ぎ疲れたのか、それとも飲み慣れていない酒が回ったのか、蒼依はあくびをして、そのまま隣に座る颯太に甘えるようにもたれかかった。
その落差に、蒼依以外の全員が小さく噴き出し、蒼依に目を奪われ止まっていた時間は正常に動きはじめた。
「ねえ、蒼依。他に何かやりたいことある?」
小和がたずねる横で、行哉が颯太と蒼依をスマホのカメラで撮影していた。
「やりたいこと……いっぱいあるよ。みんなともっと仲良くなりたいし、颯太とどこかに行きたい」
颯太の手を取って、指の形を確かめるように触りながら蒼依は答える。
そして何か思いついたのか、蒼依はがばっと身体を起こし、颯太の隣に座り直した。
「みんなの部屋に行ってみたいな。颯太の家で私もみんなと一緒にご飯を食べたり、話したりしたい。小和ちゃんと二人だけで話もしたいし、中原くんとは――」
そう言いかけたところで、
「行哉の部屋は、やめといた方がいいよ」
「中原くんの部屋は、行かない方がいいと思う」
颯太と小和の声が重なった。蒼依は驚いたような表情で「どうして?」って理由を尋ねた。
話題にされてる行哉は、ひとり大きなため息をついていた。
「行哉の部屋は、殺風景というか何もないからね」
「そうそう。ベッドと机しかなくて、生活に必要なものが明らかに足りてないんだよね」
「鍋もフライパンもないし、まじで着替えと荷物を置いてるビジネスホテルって感じの部屋なんだよね」
「本当にそれ! 家電もお酒と水が入った冷蔵庫、あとはケトルと電子レンジくらいだもんね」
「洗濯機もあるわ」
行哉が反論するが、あまり反論になっていなくて笑い声が響いた。
「でも、一回は行ってみたいかも。あっ、あと中原くんの髪の色がどう変わっていったのか知りたい」
「それなら、すぐに見れるよ。姉さんが美容師やってて、SNSに宣伝も兼ねて写真や動画載せてるから」
「それって、モデルみたいなことしてるってこと?」
「まあ、そんな感じ。とにかく弟使いの荒い姉なんだよ、昔から。身内なら少々失敗してもいいと思ってるし、どんなカラーリングしても許されると思ってるんだ、あの姉は」
吐き捨てるように言いながらも、行哉の言葉には怒気がいっさい込められてなく、口元にはむしろ笑みが浮かんでいた。
「仲いいんだね」
「まあね。おかげで髪切るのも染めるのも、全部姉持ちだからね。色は基本選べないのが難点だけど」
蒼依が噴き出すと、また部屋の中には笑い声が響いた。
そうして、笑顔のたえない楽しい夜は静かに更けていった。




