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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第3章 君と過ごす二度目の梅雨

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見守ることしかできない

 病院の入院病棟にあるロビーで行哉と小和は、蒼依の母の景子とテーブルを挟んで座っていた。


「それで、わざわざあらたまってまでしたい話というのは?」


 行哉は景子の反応や表情の変化をうかがいながら、単刀直入に尋ねた。

 小和と行哉の二人は景子に話に付き合ってほしいと言われ、売店に買い物に行く道中でロビーに寄っていた。


「話したいことはいくつかあるのだけど、まずはそうね……アオのことを気にかけてくれて、こうして面会に来てくれてありがとう」


 深く頭を下げる景子を前にして、小和と行哉は驚いてしまい、


「いや、私たちは大したことをしていないので。頭を上げてください」


 慌てて小和がそう促した。景子は頭をあげると二人の顔をまじまじと見つめた。


「本当にあなたたちのような子が、アオと仲良くしてくれるのが嬉しいのよ。特にあなたたち二人は私にも気を遣ってくれたから。おかげでアオの笑顔をまた見ることができた」


 その言葉に小和と行哉は顔を見合わせる。


「中原くん、何かしてたの?」

「そういう楠見さんこそ」


 短いやり取りをして、すぐにお互いに同じようなことをしていたのかもしれないと思い、同時に小さく噴き出した。


「俺は颯太がしてることを教えただけ」

「中原くんも? 実は、私も。時々メッセージのやり取りをして、近況を報告し合ってた」


 それから二人は、自分がしたことをかいつまんで話した。

 小和は、景子と連絡先を交換していたので、メッセージで合同写真展のことを伝え、颯太が蒼依の写真にどれだけ真摯に向き合ってるか見てほしいと話していた。

 颯太が何をしているかを話したのは、秋の学祭のときだった。

 小和は学祭の案内をしながら、颯太が半年近く蒼依のために写真やメッセージを送り続けているという事実をもとに、颯太のことを見てほしいと伝えていた。

 行哉は、去年の夏の合同写真展が開催される前に、ポスターを手に日時や場所などの詳細を伝えにひとりで蒼依の家を訪ねていた。

 その合同写真展に来てくれた景子が帰るところを呼び止めて、来てくれたことの感謝をしたあとに、颯太が蒼依のために毎日写真やメッセージを送っていることを伝えていた。

 景子は颯太の展示を見て、蒼依を思う颯太の気持ちに触れた気がした、蒼依がこうして誰かの記憶に綺麗な姿で残るのは喜ばしいと感想を漏らしていた。

 景子は蒼依が目覚めたときに、写真展に行ったことを蒼依に自慢しようと、颯太と行哉の写真のポストカードを買ったことを話し、行哉と穏やかに笑い合った。


 小和と行哉は、それぞれが颯太と蒼依のために動いていたと知り、多少の気まずさを感じながらも色々と腑に落ちていた。


「あなたたち二人が颯太くんのことを色々と教えてくれたから、私もアオが目覚めたときに話してあげようと、陰ながら颯太くんやあなたたちの活動を見てきたのよ」


 景子は表情を崩しながら、優しく穏やかな目で小和と行哉のことを見つめた。


「小和さん、中原くん。あなたたちもアオと友達になってくれて、目が覚めるのを待ってくれてありがとう」


 景子はあらたまって深々と頭を下げた。


「私たちは何も特別なことをしてませんよ。ねえ、中原くん」

「ですね。特に俺は、颯太や楠見さんと比べると、たいしたことはしてないし」


 二人が口をそろえて謙遜するので、景子は笑みを堪えきれなかった。


「でもね、アオにとってはそれが特別なことなの。今のアオには、友達と呼べるだろう相手はあなたたち三人しかいないのだから」


 穏やかな声音のまま景子が言うので、小和と行哉は一瞬何を言われたのか理解できなかった。ワンテンポ遅れて重たい話だと察すると、表情を引き締め直した。


「そんなに構えるような話ではないのよ。アオが事故に遭う前の友達は、あなたたちのように待つことができなかっただけ。それも仕方のないことで、アオが事故に遭ったのは高校二年生の梅雨で、三年生になると受験だとかで周りに気を回す余裕がなくなったのでしょうね」


 そう静かに事実を淡々と語っていく。

 蒼依が事故に遭った直後は、心配するような連絡が来ていたが夏休みを境に急激に減り、年度が替わる春以降は連絡はこなくなっていた。

 事故の翌年の梅雨に蒼依は目を覚まし、かつての友達に連絡をして面会したけれど、あきらかに以前とは違う温度感を感じ取ってしまった。そこからは自然と疎遠になっていった。


「アオはね、仕方ないよ、って口では言ってたけど、ふさぎがちになって笑わなくなったし、出掛けることもあまりしなくなったのよね」


 行哉や小和が知る蒼依とは、まるで別人の話を聞いているようだった。

 目に涙を溜めて話を聞く小和の隣で、行哉は冷静に受け止めていた。


「あなたたちと出会ってからは、アオはいつも楽しそうで以前よりも笑うようになったし、私とも話す時間が増えたの。話す内容はいつもあなたたちのことばかりだったのよ。あなたたちはアオだけではなく、親である私たちも救ってくれた。だから、感謝してもしきれないの。本当にありがとう」


 景子が再度頭を深く下げると、涙がポタポタと落ちた。

 その姿を見て、小和もこらえきれなくなって涙がこぼれ、慌ててハンカチを取り出して目元を押さえた。


「そんなあなたたちに、アオの母親としてお願いしたいことがあるの」

「なんでしょうか?」


 小和が鼻をすすりながら、続きを促した。


「あと数年でいいから、アオと仲良くしてほしいの」

「数年? 私はずっと蒼依と仲良くしたいと思ってます。私は来年春には大学卒業して就職するので、今みたいに気軽に会えなくても連絡は取り合うつもりでいました」


 小和が前のめりで口にする横で、行哉も頷いていた。


「ありがとう。だけどね、これはアオの方の問題なの。本人の感覚では、あと数年しか生きられないと言っているのよ。紫陽花の一つの枝としての寿命ということらしいの。もしアオが紫陽花だと仮定するとね、アオは元になった枝を剪定してそこから伸びた枝や花みたいな存在なんだと思うの。もしそうなら、元の枝の寿命が来て、枯れ始めているのかもしれない。そういうことなら、アオの言っていることはありえると思えるの。ただ私や主治医の先生も信じていないし、信じたくない話なんだけどね」


 小和と行哉はどういう反応をしていいのか分からず、黙り込んでしまった。

 重たい沈黙がおりた中で、行哉は言葉を絞り出した。


「あの……どうして、そんな大事なことを俺たちに言うんですか? それも颯太のいないところで」

「颯太くんには、アオが今ごろ伝えてると思うの。アオは颯太くんには自分で伝えたいと言ってたから。もしかしたら、そのついでに別の告白もしているのかも」

「ああ……だから、買い物を急がずにこうして俺たちと話してるわけですね。綾崎さんと颯太が、二人だけでゆっくり話せるように」

「中原くん。あなたもそういう状況を作ろうとして、小和さんを連れ出したんじゃないの?」


 行哉は口ごもった。それが肯定を意味していて、うまく踊らされていた小和はひとり困惑した。


「たしかに俺は、二人だけで話す時間があったほうがいいと思って、綾崎さんたちが目配せをしているのが見えたので、そこに乗っかっただけです。きっと俺が何もしなくても、俺と楠見さんを理由つけて連れていくつもりだったんですよね?」

「ええ、そのとおりよ。ごめんなさい」

「俺はいいんです」


 そう言って行哉は小和をちらりと横目で見た。


「私は……私も同じです。蒼依と颯太くんは、二人で話さないといけないことがあると思うから」


 行哉には小和が強がっているのが分かった。

 だけど、景子からあんな話を聞かされたあとでは、優しくて周りを優先させがちな小和には空気を読んだ模範的なことしか言えない。

 そういう小和の心情を見透かしている行哉は、同情しつつもあえて何も言わない。


「それじゃあ、そろそろ買い物をして戻りましょうか。あんまり戻るのが遅くなってもアオに何か言われそうだし」

「そうですね。俺たちも颯太に、何をしてたんだって後で文句言われそうですし」


 言葉にできないいくつもの感情を胸に秘めたまま、見守ることしかできない三人は病院の売店に向かった――。

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