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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第3章 君と過ごす二度目の梅雨

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晴れて

「私は、颯太と……みんなと一緒にいたい――」


 蒼依の涙ながらに語られた本心を聞いて、颯太たちは選択を迫られていた。

 梅雨の間しか活動できない奇病を抱える蒼依と関わりたいか、否か。

 その答えは、蒼依から話を聞かされるよりもずっと前、去年の梅雨の終わりに蒼依を待つことにしたその日に出したものだった。

 今さら何を聞いたところで驚いたり、戸惑うことはあっても、答えが変わることはない。


「蒼依――俺たちは最初からそのつもりなんだよ」


 颯太がそうはっきりと口にする。

 しかし言葉の強さとは裏腹に、その表情には寂しさが滲んでいた。


「そうだよ、蒼依。私たちが蒼依をずっと待っていたのは、なんでだと思ったの?」


 小和の言葉には、少しだけ苛立ちが見え隠れしていた。

 蒼依は想像していなかった展開に困惑し、涙は止まっていた。


「颯太や楠見さんが、綾崎さんのために何をしたか思い出してほしいよ」


 行哉の言葉で、蒼依は嫌でも気付かされる。

 颯太たちは蒼依が眠っている間、待っていることの証明のために写真やメッセージを送り続けた。

 最初は颯太がひとりでやるつもりだったが、小和や行哉も同じタイミングで始めていた。送る頻度に差はあれど、それぞれが蒼依のことを思ってのことだった。

 蒼依は、颯太たちの顔を順に見つめる。

 自分が大切に思うのと同時に、自分のことを大切に思ってくれている人たち。

 最初の蒼依の言い方だと、そんな自分を思う人たちを信じていないと言っているのと同じだった。


「ごめんなさい……。梅雨の間しか自由に活動できないけど、これからも一緒にいてね」


 梅雨以外も一緒にいたいという思いを込めて、蒼依は言い直した。

 照れてはにかむような笑顔を浮かべる蒼依を見て、颯太が最初に「もちろん」と笑みを浮かべて頷いた。小和は立ち上がって蒼依をそっと抱きしめ、行哉は静かに穏やかな表情で見守っていた。


「みんなといるの好きだなあ」


 蒼依はしみじみとそう口にした。

 小和は身体を離して、蒼依の顔を優しい表情で見つめながら、


「ねえ、蒼依。退院したらしたいことある?」

「そうだな……。眠っている間に三人がどんなことしたのかとか、どんな写真撮ったのかとか教えてほしいな。いっぱい話したいことや知りたいことあるの」

「じゃあ、また写真の鑑賞会とかしようか。私もだけど、颯太くんや中原くんも送ったやつ以外にも蒼依に見せたいと思ってる写真いっぱいあると思うし」

「うん。今度は泊りがけとかでしたいな」


 蒼依と小和は、近い距離で顔を見合わせて笑みをこぼし合った。


「それじゃあ、何か飲み物やお菓子でも買ってこようかしら」


 そう言って景子が立ち上がり、蒼依と目配せをした。

 行哉はそれを見逃さず、


「荷物持ちに付き合います。楠見さんも渡すものがあったでしょ?」

「あ、ああ。そういえば。すっかり忘れてた」

「じゃあ、俺と楠見さんは綾崎さんのお母さんに付いていくわ。颯太は綾崎さんの相手してやってくれ」


 そう行哉が話を進め、颯太と蒼依を二人にする状況を作った。

 景子たち三人が病室を出る直前に蒼依は「ありがとう、中原くん」と最後尾にいた行哉にお礼をいい、行哉は出る間際に手を挙げて応えて出ていった。

 病室を出て、廊下を歩きながら、


「中原くん、ありがとうね。気を利かしてくれたのでしょう?」

「いえ。実際に人数分の飲み物を買うなら、人手はいるかなと思ったので」

「そういうことにしておくわ」


 景子が小さく笑みを浮かべながら肩を揺らしながら、小和と行哉を先導する。

 エレベーターホールまで来たところで、


「あの、渡すのが遅れましたが、私たちからのお見舞いです」


 そう言いながら、小和は鞄からクオカードを取り出して景子に渡した。


「ありがとう。ここまでしてもらわなくても、アオに顔を見せて、話してくれるだけでよかったのに」

「さすがに手ぶらというわけにはいかないと思ったので。本当は何か甘いものを買って、一緒に食べられたらと思ったのですが、中原くんが起きたばかりで食べられないだろうし、食べれても食事制限かかってるかも助言してくれたので」

「その心配も綾崎さんの様子からしたら、無駄だったわけだけどね」


 行哉がため息交じりに付け加えると、景子と小和がくすりと笑みをこぼした。


「じゃあ、これで売店で甘いものを買いましょうか。その前に少しだけ私の話に付き合ってもらえるかな?」


 行哉と小和は顔を見合わせ、表情を引き締めながら頷き合い、「分かりました」と小和が代表して返事をした。


「立ち話もなんだし、買い物は後回しにしてロビーに寄りましょうか」


 景子に連れられて、椅子やテーブルが並ぶロビーへと三人は向かった。



 *



 蒼依は、颯太と二人きりの教室で緊張していた。それは颯太も同様だった。

 なぜなら、二人きりになるのはこれが初めてだったからだ。

 去年の梅雨に何度も会っていたが、そのときは常に近くに誰かがいた。

 小和や行哉が一緒だったり、颯太がひとりで尋ねたときも景子が目の届く場所にいた。


「ねえ、颯太。どうして私にこんなによくしてくれるの? 去年の梅雨、色々あって仲良くなったけど、それでも一緒にいた時間はあんまり多くなかったよね?」


 蒼依はおそるおそる颯太の顔を見つめる。颯太は目を伏せていて、何かを考え込んでいるようだった。


「それは蒼依もだよね? 大学の写真展に来てくれたときから熱量がすごかった」

「あれは颯太の撮ってくれた写真がよかったのと、心の奥底でずっと気になってた人のことを思い出したから――」


 蒼依は顔を上げて、必死に何かを誤魔化すように言葉を並べる。

 その必死な様子に颯太は笑みを浮かべていて、蒼依もつられて笑顔になった。

 言葉で伝えなくても、お互いに気持ちに気付いていると感じていた。

 だけど、言葉にしないと伝えないといけないこともある。


「さっきの答えだけどさ――俺にとっては蒼依が大事な人だからだよ。きっと紫陽花の前に立つ蒼依を見たときに一目ぼれしてたんだ。だけど俺は恋愛に疎いから、自分の気持ちに気付くのにも時間かかった。蒼依が眠っている間に送った写真――いや、蒼依と話すようになってから撮った写真は、基本的に全部蒼依に見せたいと思いながら撮ったものなんだ」


 颯太は溢れる想いをせき止めることなく、滔々《とうとう》と胸の内にあるものを話した。

 蒼依に見せた写真のひとつひとつが、颯太にとっての愛のカタチだった。


「そっか……。私はね、写真展で颯太が撮った私の写真を見たときに、自分で言うのは少し恥ずかしいのだけど、こういう風に美しく自分が生きていた時間を切り取って、写真という形で残してくれる人がいることが嬉しかったの。私はもう家族以外には誰の記憶にも残らずにいつのまにか消えていくものだと思っていたから……。だから、私はもっと颯太に写真を撮って欲しいと思ったし、颯太の撮る写真が気になったし、写真自体にも興味が持てた。颯太は暗闇の中にいた私に光を与えてくれた人――」


 蒼依も同じように自分の想いを包み隠さず言葉に変えていく。

 蒼依にとっては颯太がいたことで、諦めかけていた人生に希望の光が差した。


「蒼依のことが、好きだよ」


 その一言を言ってもらえただけで、蒼依の人生は報われた気がした。

 それほどまでの歓喜の瞬間のはずなのに、蒼依は颯太の手を取ることをためらってしまう。


「わ……私も颯太のことは好き。だけど、私は颯太に何もしてあげられない。きっと傷つけたり、悲しませたり、苦しませることしかできないよ。私はあなたに“普通の幸せ”をあげられない。それどころか、未来も――」


 蒼依が颯太といられるのは、梅雨の間だけで長くとも二ヶ月ほどしかない。

 それ以外の時間は、蒼依からは颯太に何もしてあげられない。

 そんな日々に悩み苦しむのは、普通の人間である颯太の方で、そういう日々を強いてしまう蒼依もまた別の苦しみを感じることになり、お互いに不幸になる未来が容易に想像できる。


 颯太もそのことは分かったうえで伝えた想いだった。

 それでも蒼依の話を聞いて、どうしても気になるところがあった。


“自分が生きていた時間を写真という形で残してくれるのが嬉しかった”

“家族以外の誰の記憶にも残らずに消えていくものだと思っていた”


 蒼依の言葉の端々には、死の気配が混じっていた。


「ねえ、蒼依――」


 颯太は蒼依の真意をどう尋ねたらいいのか分からず、口ごもってしまう。

 しかしそれだけで、蒼依には伝わってしまう。

 蒼依に悟られまいと我慢しても苦しさで少し歪んだ表情や、名前を呼ぶその声が不安でわずかに震えていたことを、蒼依は敏感に感じ取った。


「紫陽花は、数年ごとに古い枝を新しい枝に変えながら花をつけるの。植え替えや剪定せんていをしながら、毎年綺麗な花を咲かせるように手を加えるのだけど、古い枝を残し続けることはできないの。世代交代をとどこおらせると、全てがダメになってしまうのは人と同じ」


 静かな声で蒼依は淡々と伏し目がちになりながら口にする。颯太の顔を真っ直ぐに見れないのは、反応を見るのが怖かったからだ。

 それから覚悟決めるようにひとつ息を吐き出した。


「これはお母さんも知ってることなんだけどね……。私はきっとあと数年しか生きられないと思うの――」


 蒼依はおそるおそる顔を上げ、颯太の様子を見つめる。

 颯太は苦しそうな表情を浮かべていたが、少しして覚悟を決めたのか真っ直ぐに蒼依の目を見つめる。


「それなら、なおさら蒼依のそばにいたいよ。蒼依と出会えただけで、もう十分に幸せなんだ。きっと蒼依がいなくなった後も蒼依のために写真を撮るし、絶対に忘れないためにたくさん蒼依の写真を撮りたいんだ」

「写真バカ……」

「本当にね。今日も蒼依のお母さんが蒼依の肩に手を置いたときに、思わず写真に撮りたいと思ったし」


 颯太の告白に、蒼依はつい噴き出してしまう。


「ねえ、本当に私でいいの?」

「蒼依がいいんだよ」

「ありがとう……颯太」


 蒼依と颯太は、晴れて恋人になった――。

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