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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第3章 君と過ごす二度目の梅雨

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32/43

秘密

「信じられないかもしれないけれど、私は人でありながら植物のような存在なの。見えない何かで家の庭にある紫陽花と繋がっていて、命を共有しているのよ。私は紫陽花の花が咲く梅雨にしか活動ができないの。そういう奇病なんだって思ってくれたらいいよ」


 そう打ち明けられても、颯太たちは理解できなかった。

 蒼依や蒼依の母の景子の様子から、嘘を言っている風でも冗談を言っているわけではないということは分かっても、どう受け止めていいか分からなかった。


「やっぱりそんな反応になるよね。私も逆の立場ならきっと同じように何も言えなくなってると思うし」


 蒼依は寂しそうに目を伏せ、そんな蒼依の肩にそっと景子は手を置いた。


「颯太くんたちの気持ちはよく分かるわ。私もまだ完全に受け入れてるわけじゃないもの。でも、梅雨以外の季節を眠り続けるアオを見て、そういうものだと思うしかなかったから」


 景子の悲痛な思いの込められた言葉を聞いて、蒼依は肩に置かれた景子の手に自分の手をそっと重ねる。

 どこか悲哀を感じる二人の表情と、諦めから生じる重たく仄暗い空気感。

 そんな絶望の中に、親子愛という美しく陰ることのない光が暗闇に囚われないように淡く灯っていた。

 そこに病室の扉をノックする乾いた音が響き、ナースカートを押す女性看護師を引き連れて、男性医師が入ってきた。


「こんにちわ、綾崎さん。それで君たちが綾崎さんのお友達――ってことでいいのかな?」


 そう穏やかな声で話しかけながら、颯太たちを横目で見ながら部屋の奥へと入ってきた。それから蒼依のそばで立ち止まり、蒼依の顔を見つめる。


「綾崎さん、午前中は検査お疲れさま。それで何か変わったことは?」

「特にないです」

「それはよかった。それで本当にいいのかい?」

「ええ、そのために先生に無理をお願いしたんだから」

「本当はご家族以外に話すのはダメなんだけど、綾崎さんの強い希望ということで今回は特別だってことは覚えておいてよ。それと今回のことは他言無用でね。もちろんお友達もね」


 男性医師は深いため息をついて、一緒に来た扉の近くに立つ女性看護師に目配せをすると、ナースカートを押して男性医師の隣まで行き、載せているノートパソコンを操作し始めた。


「はじめまして、私は綾崎蒼依さんの主治医の古川ふるかわ克久かつひさといいます」


 そう言いながら胸から下げている名札を指先でつまんで颯太たちに見せた。


「それで綾崎さんからは、どれくらい話を聞かせてもらったかな?」

「梅雨の時期以外は眠っている奇病で、紫陽花と繋がってるとか……」


 颯太が代表して、古川の質問に答えた。


「本当に端的に言うとそういうことなんだ。私も紫陽花と繋がっているという綾崎さんの話は信じきれてないけれど、そうじゃないと信じられないことがあるのも確かなんだよ」


 古川は看護師にノートパソコンの画面を自分の方に向けてもらいながら、説明を始めた。


「それじゃあ、まずは最初から話をしようか。綾崎さんが四年前の六月に家の前で事故に遭ったというのは知っているかな?」


 颯太たち三人は、顔を見合わせる。

 その事実を知っているけれど、それは蒼依の家の向かいに住む人から聞き、それらしい記事をネットで調べたからだった。

 ここは隠さない方がいいだろうと、言葉に出さずに確認して頷き合った。


「はい、知っています」


 颯太が答えると、蒼依と景子は驚いた表情で颯太たちに目を向けた。


「いつから知ってたの、颯太?」

「実は最初から。最初に写真の許可をもらいに行ったときに、蒼依が住んでいる家なのか分からないから、その確認をするためにたまたま会った近所の人に聞いたんだ。そのときに口を滑らしたのか事故のことを話してくれたんだよ」

「そうだったんだ」


 蒼依が納得したように頷くと、そのやり取りを見守っていた古川が話を再開させる。


「事故のことを知っているのなら、話が早いね。あのとき綾崎さんは、事故で頭を強く打ち、さらには内臓にも損傷があって、出血もひどくてね。緊急で手術をして、一命をとりとめることはできたけれど、そのままおよそ一年ほど目を覚まさなかったんだ。診断としては、遷延性意識障害せんえんせいいしきしょうがい――わかりやすく言うと、植物状態だね。意識が戻らない可能性が高いと思いながら詳しく調べてみれば、どうにもおかしいところがあると気付いたんだ」


 古川は話を区切り、ノートパソコンのマウスパッドでスライドして、確認するように画面をじっと見つめる。


「綾崎さんの血液検査をした際に、おかしな点があったんだ。最初は、検査のミスかと思いながら、複数回にわたって成分分析も合わせてしてみたのだけれど、それで異常があることがはっきりとしてね。例えば、窒素ちっその数値が高いのに尿素の数値は安定していて腎機能にも異常はなかった。それ以外にもビタミンCの血中濃度が異様に高かったり、点滴などで摂取していないはずの栄養素や成分が含まれていたりと、おかしなことばかりだった。普通ではありえないことが起きているのだから、身体の中で何が起こっているのだろうかと病院で経過観察を続けていたら、今ぐらいの時期に突然目を覚ましたんだ。それも不思議なほど後遺症もなく、目が覚めたその瞬間から普通に喋ることも身体も動かすこともできて、起きたその日に日常生活ができるほどだった。それは普通ではありえないんだ」


 古川は蒼依をジッと見つめる。蒼依は小さく笑みを浮かべながら見つめ返し、


「先生、驚きすぎて、幽霊か化物でも見るような目で私を見てましたよね?」

「仕方ないでしょ。一年寝たきりだった人が、健康な人と同じように動けるなんて普通はありえないんだから。驚きすぎて、腰を抜かしそうになったくらいだ」


 古川は苦笑しながら、颯太たちの様子を見ていた。

 颯太たちは当然ながら、あまりピンときていない、理解できないという様子だったが、それでも真剣に話を聞く姿勢と態度は保っていた。

 そのことに古川は感心していた。


「話を戻そうか。そんな奇跡的な回復をしたのだから、同じような意識障害を持つ患者も劇的に回復するヒントがあるかもしれないと、綾崎さんに研究に協力して欲しいとお願いしたんだ。それで色々と話を聞いているなかで、妙なことを言い出したんだ。それが綾崎さんの家の紫陽花と見えない何かで繋がってるという話なんだ。それは綾崎さんの口から言ってもらった方がいいだろうね。頼めるかな?」

「私も感覚的なことだから、うまく説明はできませんよ。そうだな……手の先に見えない何かが繋がってる感じかな。感覚的な話をするなら、自分の身体で肩から腕が伸びて、その先に手があるのと同じ感じ。それで目には見えないけれど血管が張り巡らされていて血が巡っているけれど、そういうことを意識することも考えることもないでしょ?」


 蒼依は自身の腕に触れたりしながら説明するが、分かりそうで分からない例えに颯太たちは困惑してしまう。

 そんな颯太たちの反応が見えていないのか、蒼依は言葉を続ける。


「眠っている間はね、ずっと夢を見ている感じなんだよ。そこで違う何かになって、まるで外にいるかのように太陽や風、雨、他にも暑さや寒さも感じているし、渇きや潤いも感じてる。そのなかで自分のものではない記憶が流れ込んでくることもあるの。水や栄養を与えてくれたり、何か話しかけてきたり、手入れをしてくれる、そんな温かな存在を感じてる。そこにぼんやりと私やお母さんの姿が見えた気がして――」


 蒼依の目は話しながら、次第に焦点が合わなくなっていくようだった。

 景子が「アオ――」と呼びかけると、蒼依は顔を上げて少し恥ずかしそうにはにかんだ。


「綾崎さんの言葉を私たちも完全に信じているわけではないよ。だけど、綾崎さんの家の紫陽花を調べてみて、あながち嘘ではないのかもしれないと思ったんだ。それは紫陽花の方にも異変やおかしなことが起こってたからなんだ。紫陽花の異変については私より綾崎さんのお母さんに話してもらおうかな」

「分かりました。ねえ、颯太くん。幼いころに見た紫陽花の花の色は何色だった?」

「青空に映える綺麗な青色で――」


 颯太は即答しながら、今まで気にしてこなかった明確な違いを突きつけられる。

 颯太が子供のころに蒼依と会ったときに見た紫陽花は“青色”で、大学生になって再会したときに見た紫陽花は“赤色”だった。


「でも、たしか紫陽花って、土の成分か何かで色を変えるからおかしくはないですよね?」


 そう自分に言い聞かせるようにしながら颯太は、紫陽花の写真を撮った後に調べた紫陽花の特徴を思い出しながら景子に尋ねた。


「ええ、そうよ。だけどね、アオが事故に遭った年に咲いていた紫陽花の色は青なのよ。颯太くんたちが知ってる赤い色の花をつけ始めたのは、事故の翌年からなの。それに装飾花がそれまでよりも数が多く大きな花をつけるようになったわ。だから、事故のことを知っている人はね、血の色みたいだ、人の血を吸って大きくなったんだ、って気味悪がってたのよ。私もその一人で、せめてなんとか青色の花に戻そうと土壌を酸性にするための肥料を使ったけど効果がなかったのよ」

「それに紫陽花の方も詳しく調べてみると、眠っている綾崎さんに点滴で入れていた栄養輸液製剤の成分が出てきたんだ。そんな説明のつかないことが起きたら、そうかもしれないと思うしかないと思わない?」


 古川が景子の話に補足するように、不思議な点を指摘する。


「それにね――人間の血液はアルカリ性なんだよ」


 古川の言葉が静かに響いた。

 まるでそれが、蒼依の家の紫陽花が赤く染まる理由だ、と言っているようだった。


 重たい沈黙が下りた病室の中で、古川は颯太たちの様子をジッと観察し、しばらくして蒼依に目を向けた。


「綾崎さん、伝えるべき情報は伝えたと思うのだけど、本当によかったの?」

「はい。私やお母さんが伝えるよりも、ちゃんと話を聞いて受け止めてもらえると思ったので。ここからは私たちの問題――というか、気持ち次第なんだと思います。先生、無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます」

「いいんだよ。綾崎さんには、こちらの研究に協力してもらってるんだから」


 そう言うと古川は看護師を連れて、病室から出ていった。


「颯太、小和ちゃん、中原くん。私にはさっき聞いてもらったような、にわかには信じられないような秘密があります。気持ち悪いと思われるのは当然だと思ってる。それに私は梅雨が終われば、きっとまた眠りにつきます。そんな私とずっと仲良くして欲しいとは、私からは言えないです。だから、離れていくというのであれば止めません」


 蒼依は苦しさを押し込めたような表情でそう話し、次の言葉を言う前にひとつ息を吐いた。


「だけど私は、颯太と……みんなと一緒にいたい――」


 蒼依の目からは、堪えることができなかった涙が一筋流れた。

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