春の風物詩
春。
今年は暖かい日が続き、入学式が行われるころには桜が咲き乱れていた。
京都市に住んでいると、四季がはっきりと街や景色の色合いに現れるので颯太は好きだった。
夏は遠くに望む山々まで緑に包まれ、祇園祭や五山の送り火などイベントに事欠かない。
秋になると紅葉に染まり、時代祭や名月をめでる観月祭が多くの神社で開かれている。
冬は雪の白と冬枯れした木々や草の枯草色に染まり、東寺や北野天満宮での縁日市をはじめ古くから残る慣習や行事を体感できる。
颯太は大学生になって三度目の春を、賀茂川沿いに咲く桜を撮り歩きながら感じていた。
大学での春の風物詩といえば、新入生の勧誘合戦だった。
サークルや部活が一番人通りが多い学内のメインストリート沿いにブースを設営し、看板を立てたりビラ配りをしたり、簡単な実演をしたりして、少しでも新入生の気を引こうとアピールする。
颯太の所属する写真部も、そのなかで新入生の勧誘に精を出していた。
学内での声掛けやビラ配り、他にも写真部らしい撮影体験を兼ねた賀茂川散策のイベント。
そのなかで一番効果があったのは、行哉が声を掛けたり、写真部のブースにいることだった。整った顔に長身でモデル顔負けのスタイル、新入生を遠ざけないようにと行哉にしては落ち着いた部類の明るいホワイトアッシュの髪――どうしたって目立つ存在に、男女問わず人を集めていた。
新歓コンパには多くの新入生が集まり、行哉ははじめとした目立つ存在に興味を持って集まった多数と、本当にカメラや写真に興味を持つ少数という例年通りの比率になった。
行哉と楽しむことを中心に活動している部員たちが、新入生を楽しませるために積極的に声を掛けたり、話し相手になっていた。話題は写真よりも、大学での上手く立ち回るコツや趣味をはじめとした個人的な雑談で盛り上がっていた。
コンパで最も人が集まっている中心には行哉がいて、行哉の周りには常に人がいるせいで煙草を吸いに行く暇もひと息つく間すらなかった。
そんな大変そうな行哉を横目に、颯太はあぶれてしまっている写真が好きそうな新入生に声を掛けていく。
それはかつて小和にしてもらったのと同じように。
「どう? 楽しんでる?」
颯太に声を掛けられた新入生の男子は、怪訝そうな目を向けてきた。
「いえ、あまり……」
その返事も含め、颯太は二年前の自分を見ているようで苦笑してしまう。
「そっか。なんとなく気持ちは分かるよ。写真部なのに写真の話してないじゃんとか、そういう話できる空気には見えないとか、そんな感じ? 俺が新入生だったころそういう風に見えてたし」
「そうなんですか? まあ、先輩の言った通りのことをまさに思ってました」
「うん、俺もそういう風に思ってたよ。正直言うとさ、今もこういう場は苦手なんだよね、俺」
颯太の意外な言葉に、新入生は意外そうな表情で颯太の顔をまじまじと見つめる。
「もし写真の話がしたいってなら付き合うよ。そのために俺は今日来たんだし」
颯太は真面目そうで清潔感がある見た目をしているが、それはいわゆる量産型といわれる無難なファッションをしているからで、行哉をはじめとする今この場で盛り上がっている面々と比べると圧倒的に地味だった。
そんな颯太が相手だからこそ、写真やカメラについて話してみようかなと思わせることができた。
「先輩はどんな写真を撮るんですか?」
「風景写真がメインだけど、けっこうなんでも撮るよ。よかったら、写真見てみる? こういうのは実際に見たほうが早いだろうし」
「分かりました。自分も見てもらっていいですか?」
「もちろん。じゃあ、見せ合おうか」
颯太はできるだけ笑顔で頷いて見せた。それから鞄からタブレットを出して、新入生のタブレットと交換し、写真を見せあった。
新入生が見せてくれた写真は綺麗な風景写真が多く、颯太はかつての自分と近いものを感じていた。
写真を見れば、撮っている人間の好みや癖というものも見えてくる。
何を撮るか、構図や見せ方、編集。
そこには撮影者のこだわりや技量というものまではっきりと表れるので、誤魔化しがきかない。
「あの先輩って、去年の夏に烏丸御池で写真の展示してませんでした?」
別の新入生の男子からふいに声を掛けられて、颯太は顔を上げた。
「うん、してたよ」
「やっぱり。その写真展、自分も行ったんですよ。先輩に似た人を見かけた気がずっとしてたんです。あの目立つ先輩はすぐ気付いたんですけど」
「ああ、そういうことね。あれは、他の大学の写真部と合同で毎年やってる写真展で、うちの大学からは俺とあの目立つやつの二人が参加したんだよ。来てくれてありがとね」
「はい。あの写真展の宣伝が画像付きでSNSで流れてきて、その宣伝に使われていた写真に惹かれて、写真好きの高校の友達と一緒に見に行ったんです」
新入生は半年も前のことを楽しそうに話すので、颯太は驚きつつも口元には自然と笑みがこぼれていた。
もしかすると写真展に颯太が関わっていなければ、一生関わることも話すこともなかったかもしれない。
それが写真をきっかけにこうして縁が繋がった。
そのことが颯太はなんだか嬉しかった。
「先輩も写真、展示してたんですよね?」
「もちろんしてたよ」
「どんな写真を展示してたんですか? もしかしたら覚えてるかも」
隣で写真を見ていた新入生の男子も、会話が聞こえて気になったのか手が止まっていた。
「ごめん、俺のタブレットいったん返してもらってもいい?」
「えっ? はい、どうぞ」
颯太はタブレットを受け取ると、今回のために用意していたフォルダをタップする。そのフォルダの中にはさらに二つのフォルダがあり、そのうちの一つをタップした。
そしてフォルダ内に入れておいた写真を表示させ、写真展を見たという新入生にタブレットを手渡した。
「俺が写真展に出したのは、それだよ」
タブレットを受け取り、写真を見て一瞬驚いたように固まる。それから写真を見ていき、最後の一枚で手を止める。
「あの写真、紫陽花と女性の写真、先輩のだったんですか?」
「そうだよ。あっ、ついでにあそこの銀髪の目立つやつが展示した写真も見てみる? まじですごいよ」
颯太はタブレットを返してもらい、もうひとつのフォルダに入っている行哉から預かっていた写真のデータを表示させる。
「あっ、これも覚えてます。まじでかっこいいって思ったやつです。俺、先輩のさっきの写真のポストカード買おうとして売り切れだったから、こっちのやつ買いました」
「まじで? あれすぐ売り切れたみたいだったし、なんかごめんね」
最初に話しかけた新入生も行哉の写真を見て、感心しているみたいだった。
それからもう一度、颯太の写真を見たいというので、写真展に出した写真や今日のためにまとめた写真を表示させると、写真に興味があって今日来てくれていた新入生が集まり、タブレットを囲むようにして写真を見始めた。
「写真に興味があるなら、うちの部はおススメだよ。センスや技術的なことはあの派手な銀髪の部長が頭一つ抜けてるし、他の部員も程度の差はあるけど、みんな写真好きだからね。部全体でも、数人だけで集まってみたいな感じでも撮影によく行ってるし、悪くない場所だと思うよ」
楽しみたい人たちは、行哉たちを目印に入ってくる。
颯太が勧誘すべきは、昔の颯太と同じような写真に対して真面目で、写真部という場所に何かを求めている人たちだ。
そういう人はきっと颯太でしか、すくい上げられない。
実際に颯太の写真を見て目の色が変わったし、行哉の写真を見て行哉の見る目が変わっていた。
颯太にとって写真部という場所は、かけがえのない場所になっていた。
小和に見つけてもらい、行哉と知り合うきっかけになった場所。
蒼依と出会ったのも、写真部の活動がきっかけだった。
それからは颯太の世界は広がっていく一方で、最初は仲良くすることはないと思っていた一部の部員たちとも打ち解けて、写真のことやそれ以外のことも話すようになった。
さらには他大学の写真部の人とも情報交換をしたり、撮った写真のやり取りをしたりと写真を中心に人の輪も広がっていった。
颯太は恵まれていたし、幸運だった。
新入生にとっても、写真部という場所が自身の世界を広げるきっかけになればいいな、と颯太は願わずにはいられなかった。
*
蒼依の母から、目を覚ました蒼依が会いたがっていると連絡が来たのは、紫陽花の装飾花の蕾が開きだした、五月の半ばのことだった――。




