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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第2章 君がいない季節

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雪が降る年の瀬に

 盛況だった学祭を終えると、写真部では代替わりがあった。

 三年生が引退し、新部長には行哉が就任した。

 行哉は今までのように気分でミーティングに出席するかを決めたり、ミーティング後の活動の時間に颯太と一緒にふらりと撮影に行ったり、一足先に帰ったりするようなことができなくなることを嘆いていたが、颯太にも同じ境遇を付き合わせることでその溜飲を下げていた。

 そうやって行哉に振り回された颯太は、他の部員との距離が自然と縮まっていった。

 元々写真展をきっかけに颯太を見る目が変わり、その颯太も蒼依との出会いをきっかけに部員とのかかわり方を改め始めていたところだった。

 少し前までは近づくことも嫌がっていたミーティング後に部室に人が集まっているところにも、颯太は顔を出すようになり、写真の話をしたい部員や颯太自身と話したい部員と会話をするようになった。

 撮影のコツやカメラの扱い方などのレクチャーをしたり、颯太と一緒に撮影したいという部員と一緒に、空きコマやミーティング後、休みの日に撮影に行くこともあった。

 それは颯太が最初に望んだ写真部の形だった。


 短くも色鮮やかな紅葉に染まる時期は、部としても個人としても撮影に駆け回った。

 上賀茂神社かみがもじんじゃは、常緑樹の緑と紅葉こうようあかのコントラストが綺麗で、落ち葉が地面を紅く染めていたり、ならの小川や鳥居、社殿しゃでんなど、どう切り取って画面映えするもので溢れていた。

 太田神社おおたじんじゃは上賀茂神社に比べると規模感は小さいものの、参道入り口の鳥居にかかる紅葉の迫力と、絵の強さは引けを取らないものだった。

 北山通きたやまどおりの歩道沿いや車道の分離帯に植えられた木々、賀茂川沿いでは桜並木が赤や黄色に色付くので、ただ歩いているだけでも目が楽しかった。

 京都には数多くの有名な紅葉スポットがあり、有名でなくとも少し足を伸ばせば紅葉を楽しめる場所は見つかるので、その日の気分で色んなところをカメラ片手に歩いて回った。



 *



 短い秋は過ぎ去り、冬の寒さが辛くなり始める十二月中旬。


「そういえば、二人は年末年始はどうするの?」


 颯太の家に集まり鍋を食べながら、行哉は颯太と小和に尋ねた。


「私は地元の仲いい友達と集まろうって話してるから、年越しも正月も地元かな」

「俺も帰る予定。お酒飲める年齢になったし、同窓会でもしようって連絡来たしな」

「ああ、俺も同窓会の招待来てるって親に言われたな。欠席で返信したけど」

「欠席って。中原くん、何か行きたくない理由あるの?」

「たしかに、行哉はなんだかんだそういうのに出席してるイメージあるわ」


 行哉は二人がそこまで食いつくとは思っておらず、口に入れていた白菜をビールで流し込んだ。


「深い理由は特にないよ。会場がホテルで堅苦しい場に飲みに行きたくないだけ。仲いいやつとは、同窓会とか関係なく集まって飲みに行ってるしさ」

「中原くんは実家近いものね。気軽に会えるなら、同窓会のありがたみはないか」

「てかさ、ホテルで髪が青色のやついたら、浮きまくって悪目立ちしそうだよな」


 颯太が、行哉のシルバーとブルーが混ざるアイスブルーの明るい髪に目をやりながら口にする。


「たしかに。中原くんだから似合ってるけど、もし知り合いじゃなかったら、あんまり近寄ろうとは思わない髪色だものね」


 小和も行哉の髪を見つめながら、くすりと笑みをこぼした。

 行哉はからかわれながらも、実際に自分でも同意見なので一緒になって笑った。


「そうなると、京都に残るのは俺だけか。なら、実家に帰ろっかな。で、姉さんに言って、もう少し二人が絡みやすいような色に変えてもらおうかな」

「そう言いながら、次は緑とかになってそうだな」

「それでもし中原くんが黒髪とかになってたら、逆に心配しちゃうかも」

「二人とも言いたい放題過ぎ」


 三人の笑い声が重なり合った。

 同じ鍋を囲みながら、くだらないことで笑い合い、共通の話題の写真の話で盛り上がる。

 いつまでも続きそうなその時間も鍋を食べ終わると、颯太は使った取り皿や箸、鍋などを洗い始め、小和はテーブルを布巾で拭いてそのまま颯太撮った写真をタブレットで見始めた。行哉はベッドに横になり、颯太が買っていた写真の専門誌をパラパラとめくりながら、時折スマホに届くメッセージに返信したりしていた。

 それぞれが違うことをして会話がなくても、ゆったりと流れる時間を同じ空間で過ごすというだけで居心地のよさを感じていた。

 ふいに行哉が身体を起こし、窓の外に目を向けた。


「なんか冷えると思ったら、雪降ってるじゃん」


 夜の闇が下りた世界に、白い雪が静かに舞っていた。

 小和も窓の外に目を向け、部屋から漏れる灯に照らされた雪を見つめながら、ひとつ息を吐いた。


「本当だ。どうしよう。私、傘持ってきてない」

「俺もっすよ。なあ、颯太。今日泊まってもいい?」

「別にいいけど」


 颯太はそう言いながら、洗い物を中断して戻ってきた。

 そして部屋の中にいるリラックスしている二人を見て、何となく写真に収めたくなった。

 同窓会で会う友達に、いま仲良くしているのはこういう人たちだと、自慢しがてら紹介したくなった。

 短いシャッター音が響き、行哉だけがポーズをとっていた。


「なんでいま、写真撮ったかな?」


 小和は振り返って、不機嫌そうな表情で颯太を見つめる。


「なんかいいなって思ったんです。すいません」


 小和は呆れたように大きなため息を吐き、行哉はケラケラと楽しそうな笑い声をあげた。


「颯太。せっかくだし、みんなで撮ろうぜ。鍋の集まりなのにテーブルの上、酒しかないけどな」

「写真だけだと何の集まりだって思いそうだな。小和さん、いいですか?」

「いいよ。その代わり、その写真、私たちにも共有してよ?」


 颯太は帰省のときに使っているスーツケースを押し入れから引っ張り出し、その上にいつも使っているカメラリュックを置き、そこにカメラをセットした。

 ピントと明るさの調整をし、セルフタイマーを起動させ、颯太はベッドに腰かける行哉と窓のそばに立つ小和の間に移動した。

 三人だけで写真に写るのは初めてのことで、少しだけ気恥ずかしかったが悪い気はしなかった。


「それで小和さんはどうします?」

「私は家近いし、帰るよ」

「颯太、楠見さんを送って来いよ。傘持ってないって言ってたしさ」


 行哉の提案を聞いて、小和は颯太に気付かれないように行哉を睨みつけた。行哉はそれを無視して、颯太がどんな反応をするか待っていた。


「そうだね。小和さんが嫌じゃなければ、送りますよ」

「嫌……じゃないけど」

「じゃあ、決まりですね。行哉、留守番頼むな」


 行哉はそれに手を挙げて応えた。

 小和と颯太は並んで部屋の外へと出ていった。

 そして同じ傘の下で、白い息を吐きながら歩き出した。


「こうして歩くの……なんか久しぶりな気がしますね」


 颯太は少しだけ緊張していた。小和のことを仲のいい友達だと思っていても、肩が触れるほど近い距離だと意識せざるをえなかった。


「そうだね。あのときは蒼依の写真の許可をどうしようって、颯太くん悩んでたっけ」

「そんなこともありましたね。あれからもう半年経つとか、早いですよね」

「ほんとにね」


 賀茂川沿いの歩道を、今日のことを話しながらゆっくりと歩く。

 鍋がおいしかったこと。行哉が買ってきた酒の量が多くて笑ったこと。

 それ以外にも、鍋を食べながら話したことを思いだした順に振り返って笑い合った。

 西賀茂橋にしがもばしまでやってきて、颯太は足を止めた。


「どうかした、颯太くん?」


 小和も颯太にあわせて立ち止まった。


「写真、撮っていいですか?」


 オレンジ色の街灯に照らされた西賀茂橋とそこに降る雪。

 橋の向こうには、閑静な住宅街へと続く道が伸びていて、街灯の光が点々と落ちていた。


「いいよ。てか、こうなるかもと思って、カメラ持ってきてたんでしょ?」


 小和は仕方ないとばかりに笑みをこぼしながら、颯太の手から傘をそっと抜き取った。

 傘の下で颯太は写真を撮り始め、そんな颯太を特等席で小和は見つめていた。


「小和さん、橋の真ん中辺りまで歩いてくれません? その姿撮りたいです」

「私がモデルでいいの?」

「いいに決まってるじゃないですか。小和さんは女性としても魅力的なんですから」


 颯太は写真に夢中になっていて、自分が何を言ったかきっと分かっていない。

 小和は顔が火照ほてるのを自覚しつつ、颯太が正気に戻る前に傘を差したまま西賀茂橋を渡り始めた。

 颯太はその後ろ姿を写真に撮ると、小和の元へと駆け寄り、傘の下で撮ったばかりの写真をカメラのモニターで確認し始めた。

 モニターを小和も隣から覗き見ると、そこに映っていたのは、傘を差したシルエットが綺麗な女性の姿で、小和はそれが自分だとは思えなかった。

 颯太がこれだと思って撮る写真に写るということは、こういう気持ちになるのだということを小和は身をもって体感していた。

 颯太の目にどう自分が映っているのだろうという好奇心と、そこに込められた颯太の気持ちを想像して、勝手に期待してしまう。

 しかしそれが届かないものだという現実を知っているので、小和は胸の奥が痛んだ。


「どうですか、小和さん? けっこういい感じに撮れたと思うんですよ」

「うん、すごくいいと思う。その写真、あとで私にもちょうだい」

「もちろんです」


 それからまた同じ傘の下で並んで歩き始める。

 肩が触れるほどの距離にいるはずの颯太が、小和にはとても遠く感じて寂しさを感じた。

 それでも少しでも長く颯太と一緒にいたいと思い、歩く速度を落とす自分の浅ましさに嫌気が差していた。



 そうして、蒼依と出会った年が終わりを迎えようとしていた――。

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