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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第2章 君がいない季節

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無邪気に笑い合える関係

 九月の終わりごろ。長い夏休みも終わり、後期の講義が始まった。

 大学内にはどこか浮ついた空気が漂っていた。

 それは夏休み気分が抜けきれていないというだけでなく、部活やサークルをしている学生を中心におよそ一ヶ月後に迫った学祭がくさいへと意識が向いていたからだった。

 颯太の所属する写真部は、学祭で写真の展示会と模擬店をすることになっていた。

 展示会は例年、部員ひとりにつきパネル一枚が割り当てられ、テーマを決めることなくそれぞれが自由に写真の展示をする。

 そのなかで颯太は、割り当てられたパネルとは別に、蒼依と紫陽花の写真も展示することになっていた。

 それは夏休みの間にあった他大学との合同写真展を見に来た部員が展示されていた写真を見たり、SNSや地方のニュース記事として取り上げられていたのを見て、もう一度展示するべきだという声が多くあがったからだった。

 颯太にとって特別な蒼依の写真は、他の人にとっても思い入れのある写真になったのかもしれないと思うとどこか嬉しくもあった。

 蒼依の写真を撮り、その後蒼依と仲良くなってから、ずいぶんと颯太の世界は変わったと自身でも感じていた。

 もし蒼依と出会っていなければ、今も空や風景写真ばかり撮っていたかもしれない。

 それが今では、目に映る景色全てが写真の題材に見えていて、どういう構図でどこに焦点を当てて切り取ったら面白いだろうかとずっと考えていた。

 そうやって何枚もの写真を撮ってきて、颯太の中で納得できる写真は空をはじめ自身が綺麗だと思える景色の中にあることが多いけれど、面白いと思える写真や自分以外の誰かに刺さる写真はジャンルに縛られなくなった。

 視野と世界が広がったからこそ、颯太は展示会にどの写真を展示しようかと頭を悩ませていた。



「そんなの綾崎さんに送ってる写真から、いいと思うのピックアップすればよくね?」

「私も同感。蒼依には、その日撮れた一番いい写真を送ってるって、前に言ってたじゃん。何を迷ってるの?」


 本気で悩んで相談したにもかかわらず、行哉と小和にはすげなく返された。


「蒼依に写真送るようになって、もうだいたい三ヶ月かな? 単純計算で九十枚近く送ってて、送ってなくてもいいと思う写真もたくさんあるしで、そこから選ぶってなると、まじで大変なんだよ」


 颯太が頭を抱えるが、行哉と小和は小さくため息を吐くだけだった。


「颯太くん、夏の合同の写真展のときは、どうやって選んだの?」

「あのときはたしか――蒼依と紫陽花の写真が固定だったから、あれにあわせて『水』をテーマにいいと思う写真をチョイスして、行哉や他の人とどれがいいか意見聞きながら最終的に十枚くらいに絞って、最後は自分の直感です」

「あのときもけっこうな枚数あったよな。他の人に見せる前の一次選別に付き合わされて、大変だったな、まじで」

「行哉にはまじで感謝してる」


 颯太は深々と行哉に頭を下げ、行哉は当時のことを思い出したのか苦笑していた。


「で、今度は楠見さんも巻き込もうってこと?」

「できれば――」

「仕方ないわね。学祭で私たち三年生は引退だし、最後の仕事が颯太くんの世話ってのは、まあ私らしいのかな」


 小和はため息を吐きながらも口元に笑みを浮かべていて、まんざらでもない感じだった。


「じゃあ、颯太。俺と楠見さんに今度ご飯奢ってくれな。夏にたんまりバイトしたんだろ?」

「いいね、それ。颯太くんもようやく二十歳になったんだし、お酒飲みに行こうよ」


 颯太の意志とは関係なく話が進んでいくが、嫌な気はしなかった。


「分かった。今度、バイト先の人におすすめの店聞いとくよ」


 颯太はつい数分まで悩み苦しんでいたのに、今は少し楽しみになっていた。



 *



 颯太が学祭の写真展に展示する写真は、蒼依と紫陽花の写真が全体的に暗い色調なので明るい色合いのものをあえて選んだ。

 瀬戸内海のどこまでも青い空と海が一目見て綺麗で、近くに見える島の緑と遠くでぼんやりと空と同化しかけている島の対比が楽しい写真。

 綾部市で撮った古い家が建ち並び、その背景にどこまでも高い夏の空と濃い緑の山が見える写真。

 そのほかにも、空や海が映る綺麗な風景写真を選んでいた。

 選び終わってみれば、蒼依と出会う前と似たようなラインナップだけれど、今年は妥協やそれしかないから選んだのではなく、ちゃんと理由があった。

 それは蒼依と紫陽花の写真との兼ね合いだけでなく、両隣にパネルを置くことになった行哉と小和との関係が主な理由だった。

 行哉はモノトーンやモノクロ調のセレクトカラーで色を入れた写真を選び、颯太と色合いや明暗で対比させ、お互いを引き立たせあっていた。

 小和は街中で撮った明るく温かい人物写真を選び、あえて人が写っていない写真を選んだ颯太とは違う性質の明るい雰囲気を楽しめる写真が並んでいた。


「いい展示になったね」


 学祭の前日、三人の並んだパネルを見ながら小和が呟いた。


「だな。颯太が相談したから、結果的に三人で合わせようってなったし、面白い感じになったよな」

「うん。それ言いだした行哉のセンスさまさまだよ。ただ助けてもらうつもりだったけど、三人でひとつのパネル作ったみたいで楽しかった。けど、こんなことしてよかったのかな?」

「それはいいんじゃない? そもそもひとりでパネル作れそうにない子は二人でひとつのパネルでもいいってルールだし、私たちは三人で三枚ワンセットのパネルを作ったって考えれば問題ないでしょ。これを見て、来年以降も誰かやってくれたらおもしろいけど」


 小和はそう言いながら部屋の中を見渡した。

 元は大人数向けの広い講義室で、テーブルと椅子を移動させて作った展示会場。

 まだパネルの前で首を傾げている部員や小和たちのように雑談している部員。団子を出すことにした模擬店のグループは、前日の準備やテントの設営を終えて、一足遅れて自身のパネルの仕上げをしていた。


「この展示、蒼依にも見せたかったなあ」

「私たち三人分だけなら、蒼依が目が覚めた後でも直接見せてあげられるよ」

「そうだね。そのときは小和さんと行哉にお願いしようかな。今日はこのパネルの写真を撮って送ろうかな。二人ともいいよね?」


 颯太が尋ねると二人は頷いてみせる。

 それを見て颯太は自分の鞄にカメラを取りに行き、並んだ三人のパネルを写真に収めた。

 その写真をカメラのモニターで確認していると、


「なあ、宮岡。ちょっといいか? ライトの当たり方の確認してくれ」


 と、脚立に登りライトの角度を調整していた部員が颯太に声を掛けた。颯太はカメラを手に持ったまま蒼依と紫陽花の写真を展示しているスペースに行き、色合いや光の当たり方を念入りに確認しながら、微調整の指示を出し始めた。

 そんな颯太を、小和と行哉は並んで見つめていた。


「小和さんは平気なんですか?」

「何が?」

「颯太が綾崎さんに入れ込んで、毎日写真送ったりしてること」

「正直言うとおもしろくはないわ。でも、蒼依が心配だって気持ちや目が覚めるまで待ってるという気持ちは私も同じだし、今ふたりの間に割って入ろうとする方がダメじゃない?」

「大人な対応ですね。諦めたのかと思ってました」

「諦めてはないよ。でも、相手が蒼依ならいいかなとも思うんだよね。けど、それはそれで私は悩んだり、傷ついたりするんだろうね」


 颯太の真剣な表情を見つめながら、小和は心の内を吐露する。

 物音や話し声が響く部屋の中では、二人が小声でする会話は誰にも届かない。


「じゃあ、俺にしません?」

「嫌よ。それに中原くんには、あのモデルさんがいるでしょ?」


 小和は冗談だと思って笑みを浮かべ、行哉もそれに合わせて作り笑いを浮かべた。

 小和が言うモデルとは、梅雨ごろに居酒屋のキャンセルができた席を融通してくれた亜矢あやのことだった。

 行哉は亜矢とたびたびデートをしていて、他大学との合同写真展にも一人の客として訪れていた。

 また亜矢はSNSでフォロワーが多く、梅雨に行われた部の写真展も含めSNSで宣伝してくれており、颯太や小和はあまり話題には出さないが、感謝している相手だった。


「本当に颯太が羨ましいよ――」


 その声は隣にいる小和にも届かなかった。


「何か言った?」

「明日からの学祭が楽しみだな、って言っただけですよ」

「本当にね。今年はほぼ颯太くんのおかげだけど、写真部の注目度すごいから、忙しくなるかもね」


 誇らしげに胸を張る小和の横顔を、行哉はただ見つめることしかできなかった。

 そこに颯太が戻ってきて「何の話してたの?」といつもの調子で会話に戻ってきた。


「颯太に今度はどういう名目で奢らせてやろうか、って話してたんだよ」


 行哉はとっさに作り話をすると、颯太は苦笑いを浮かべた。


「二人には感謝してるけど、意味もなく奢るのは嫌だな。また飲みに行ったりはしたいけど」

「じゃあ、学祭の打ち上げ、三人だけでもやろうよ」

「楠見さんが言い出したんですから、店は楠見さんが探してくださいよ?」

「今度はちゃんと予約してくださいね、小和さん」

「颯太くん、しつこい! でも、まあ、いいお店探しとくよ」


 三人は周囲の目を気にすることなく楽しそうな笑い声をあげた。

 こうやって無邪気に笑い合える関係は希少で、それがいつまで続くのかということは誰にも分からないけれど、今だけはそれが永遠だと信じれた。

 きっと学祭で浮かれた気分が、特別なものをより特別に見せていたからかもしれない――。

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