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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第2章 君がいない季節

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一番見てほしい人には見てもらえないのに

 八月。

 大学が夏休みに入ってから、颯太はこれまで以上に写真に傾倒していった。

 バイトに入る日数を増やし、プロの仕事と技術を間近で経験しながら、今まで以上に積極的に撮影や写真のことを尋ねたり、相談をするようになった。

 撮った写真や編集した前後を見せて、感想や意見をもらった。

 それを活かして撮影し、また見せてを繰り返した。

 そうやって撮った写真を、蒼依に送る日々。

 既読も付かないメッセージと写真ばかりが積み上がっていく。

 虚無感を感じることもあるけれど、蒼依に見せたい写真や世界が颯太にはあった。


 この夏は、今まで以上に精力的に撮影をしていた。

 出町柳でまちやなぎ鴨川かもがわデルタと呼ばれる、流れが穏やかな浅瀬が広がる場所で、水遊びを楽しんだり、飛び石を落ちないように渡る夏休み中の子供や親子連れ。

 貴船きふね神社の緑に包まれた参道や、そこに至るまでの川沿いの道。

 行哉と小和の二人と、綾部あやべ市に泊りがけで撮影をしに行ったりもした。日本の原風景というべき景色が残る場所で、自然が豊かな田舎で何もないからこそ美しい夏が広がっていた。

 お盆に合わせて広島県に帰省したときは、波が穏やかでどこまで青い空が広がる瀬戸内海を多く写真に収めた。

 それ以外にも写真部での撮影会や突発の有志での撮影会にも参加して、様々なところに行き、たくさんの写真を撮った。


 ただどんなにいいと思える写真を撮っても、颯太が一番見てほしい人には見てもらえない。

 それなのに颯太が撮った写真は、夏の終わりに多くの人の目に触れることになった。

 それは京都市内の大学の写真部合同の写真展が、烏丸御池からすまおいけのギャラリースペースのある施設で開かれたからだった。

 その写真展で、颯太が撮った蒼依と紫陽花の写真が広告にも使われていた。


「蒼依にも見てもらいたかったな」


 颯太に与えられたスペースは決して広くはないけれど、蒼依と紫陽花の写真を中心に『水』をテーマに写真を選んで展示していた。

 見るだけで涼しく、雨音や川のせせらぎ、水音が聞こえてきそうな写真。


「やっぱり颯太の写真はいいよな。こうやって大きいサイズで見ると空気感がグッと伝わる気がするんだよ」


 隣で颯太の写真が飾られているスペースを見て、行哉が頷いていた。


「うん。自分でもそう思ってた」

「自画自賛かよ。まあ、これだけいいものだと気持ちは分かるけどさ」


 行哉は小さく噴き出して、横目で颯太を見た。

 颯太は真っ直ぐに自分の写真を見ていて、疲れた表情をしているけれど目は輝いていた。


「部の展示以外では初めてだったからさ、ちゃんと蒼依の魅力が伝わってほしくてプリントにもこだわったんだよ。バイト先の人に相談して、印刷用紙から色合いとか細部にまでこだわって、紹介してもらったカメラ屋で印刷してもらったんだ」

「だから、うちの写真展で見たときよりもシンプルに色が綺麗で、写真からの圧が強く感じたのか」


 行哉はもう一度まじまじと颯太の写真を見つめ始めた。

 颯太はその隣で、颯太の写真の隣に展示されている行哉の写真をじっくりと見た。

 行哉の写真は、颯太とは別の方向で写真展の中で頭一つ抜けていた。

 編集まで計算に入れ、見る人が分かりやすく“かっこいい”“オシャレ”“思わず誰かに話したくなる”という感想を抱かせるほどにキャッチーでありながら、センスに満ち溢れた写真が並んでいた。

 颯太にしてみれば、行哉のどう見せるかという観点での撮影や、最大限に魅力を引き出す編集の上手さというものが、いつも羨ましく思っていた。


「なあ、行哉。どうやって編集してるのか、また教えてくれよ」

「いいよ。てか、バイト先で聞けば教えてくれるんじゃないの?」

「もう聞いてるし、けっこうアドバイスも貰ってる。だけど、個人的に行哉の編集のセンスとかが好きだし、行哉なら俺に合わせた言い方をしてくれるって信用があるからさ」

「そりゃ、どうも。あっ、そろそろ開場するみたいだし、持ち場に戻ろうぜ」


 行哉は目立つ外見と人当たりの良さを買われ、期間中は受付を主にすることになっていた。

 颯太はポストカードを販売しているスペースで接客をしたり、自身の写真展示の近くで写真を見た人と話をしたり、自身の写真について話すことが主な仕事だった。

 休憩時間には、近くの公園や周囲を写真を撮りながら歩いた。

 撮った写真を行哉とみていると、一緒に写真展をしている学生から声を掛けられて、写真を見せあったりもした。連絡先も交換し、これからも写真を見せあったり、おススメのフォトスポットを見つけたら情報を共有しようと約束をした。


 今回の写真展の主役は、紛れもなく颯太だった。

 なので写真展が開かれている一週間は、颯太はできるだけ在廊ざいろうしなければならなかった。

 来てくれる人は、最初はほとんどが誰かの身内ばかりだった。

 それ以外には、写真展をしているギャラリースペースが入っている建物の別の施設――例えば、会議室やイベントホール、カルチャースクールの利用者が立ち寄ってくれたり、施設の職員が顔を出してくれる程度だった。

 颯太にしてみれば、この施設で開かれた講演会の撮影にバイトのカメラアシスタントとして何度か来ていたので、顔見知りの職員もいて、そういう人が見に来てくれた。

 それが日が経つにつれ、写真展に来る人は増えていった。

 写真展を見てくれた人が友人や知り合いに勧めたり、SNSで写真展に行ったことを呟いたりしたからだった。SNSには、写真展で撮影ができない代わりに写真展の宣伝用のポスターや告知画像、ポストカードの写真が添付されていた。

 一緒に写真展をしている別の大学の学生がSNSで写真展のことを検索して、画像付きのものが拡散し話題になっていると、盛り上がっていた。


 週の半ばには仕事が休みだったのか、颯太のバイト先の人たちが見に来てくれた。


「ミヤ、見に来たよ。学生主催とはいえ、けっこう人来てるし、いい雰囲気じゃないか」


 事務所の代表でカメラマンの長谷はせが辺りを見て感心してながら声を掛けてきた。


「長谷さん、来てくれたんですね。ありがとうございます。それに清水しみずさんと塚本つかもとさんまで」


 颯太は長谷の後ろにいた二人にもお礼を言った。


「そりゃあ、ミヤくんの晴れ舞台だもの。この前の大学の写真展も行きたかったけど行けなかったからねえ」


 清水は写真の印刷のことで相談し、カメラ屋を紹介してくれた女性だった。


「俺は疲れてたから本当は寝てたかったけど、長谷さんと清水さんに誘われたからな。そもそもミヤがバイト入れないから、仕事がこっちに回ってきて大変なんだからな」


 そう不機嫌そうに口にする塚本は、事務所所属の若いカメラマン男性で、颯太とは歳が近いこともあってバイトを始めたてのころに教育係をしていた。


「ミヤくんにあたらない。本当はどうしても来たかったから、寝てたら起こしてほしいって私たちにお願いしてたじゃん」

「清水さん、それ言われたらミヤにカッコつかないじゃないですか」

「大丈夫よ。散々二日酔いのダサい姿見せてるんだし、今さらミヤくんも気にしないでしょ」


 塚本は言い返せず、清水と長谷はくすりと笑みを浮かべた。


「本当にありがとうございます。ゆっくり見て行ってください」


 三人はじっくりと写真展を見て回り、颯太の写真の前で長い間足を止めていた。

 帰り際にポストカードをいくつか買い、颯太が忙しそうにしているのを見て、感想を伝えるのはまた後日にしようと写真展をあとにした。


 土曜日には蒼依の母の景子が見に来てくれ、蒼依の写真をじっと長い時間見つめていた。

 声を掛けづらい雰囲気に様子をうかがっていると、颯太に会釈だけして、何も言わずに帰っていった。

 蒼依がいなければ、颯太と景子の間には埋まることがない溝があるようで胸が痛んだが、今はそれでも仕方がないのかもしれないと思うしかなかった。


 他にも大学の写真展を見た同じ大学の学生が見に来てくれたり、SNSで颯太の写真が気になったから来たという人もいて、たくさんの人と言葉をかわし、感想を聞かせてもらった。

 颯太が一番言われたのは、


「SNSやってないんですか? もっと写真見たいです」


 そんな嬉しい言葉だった。そのたびに颯太は写真用のアカウントがないと告げると残念そうにされ、心苦しい思いだった。

 写真展は想像以上の反響があり、地元テレビ局や新聞社からも取材を受けることになり、今回の写真展の幹事を担当した大学の写真部の部長と颯太が受け答えをした。


 颯太の思いとは関係なく、颯太本人と颯太の写真の知名度は着実に上がっていた。

 蒼依と紫陽花を撮ったあの写真は、いまや颯太の名刺代わりといえる写真になっていた。

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