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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第2章 君がいない季節

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待っていることの証明

 颯太と行哉、小和の三人は、珍しく無言でただ歩いていた。

 蒼依が入院し、いつ目が覚めるか分からない状況だと聞かされたショックが尾を引いていた。

 上賀茂神社までやってきたところで、足を止めた。

 それぞれの帰路につくわけでも、何かを話すわけでもなく、ただ向き合って言葉を探しながら視線を彷徨さまよわせた。


「これから、まだ時間ある?」


 颯太がそう絞り出すように行哉と小和に尋ねた。二人は颯太に頷いて見せた。


「なんかすごい頭混乱しててさ、いま一人になるとおかしくなりそうで」


 颯太が目を伏せながら、弱気な本心を二人に見せる。


「話を聞いてることしかできなかった俺でもかなり戸惑ったし、颯太にしてみれば相当ショッキングだよな」

「そうよね。このまま颯太くんを帰すのはちょっと心配だと思ってたんだよね」


 行哉と小和の優しさが弱っている颯太に染み入っていく。


「とりあえず、何か食べながらこれからのことを考えようよ」


 小和が先輩らしく、ここで立ち止まっているよりは幾分もマシな提案をした。


「そうですね。話をするなら、店はゆっくりできないですよね? テイクアウトか何かして一番近い颯太の家で食べません?」

「うん、私は賛成。颯太くんもそれでいい?」


 颯太が頷くと、行哉と小和は目配せして頷き合った。



 *



 颯太の部屋に着くと、物で溢れるテーブルを小和がざっと片づけた。

 タブレットを置くためのスタンドや、ワイヤレスのキーボードとマウス。

 レポート課題のための資料やコピーの束、試験勉強のために広げっぱなしになっているノート。

 飲みかけのペットボトルの水。

 それらの代わりにテーブルには、御園橋みそのばしからほど近い場所にある中華料理のチェーン店でテイクアウトした料理と、颯太の部屋に向かう道中にあるコンビニで買った飲み物が並んだ。

 どんなにショックを受けていても、お腹は空く。中華料理の匂いを前にしては、それを誤魔化すことはできなかった。

 颯太が食べ始めたのを見て、行哉と小和も食べ始めた。

 気心の知れた人たちに囲まれ、お腹も膨れてきたことで、颯太は落ち着きを取り戻しつつあった。


「蒼依は……なんで俺たちに入院のことを教えてくれなかったんだろう?」


 颯太がポツリと胸の内にある疑問を口にする。


「話したくない事情や話せない理由があったとか?」

「それもあるかもだけど、颯太と綾崎あやさきさんがどんなに仲良くなっても、まだ知り合ってひと月も経ってないからな。厳しいことを言ってるかもだけど、思ったより信頼されてないってこともあるんじゃないかな?」


 下手な励ましの言葉ではなく、前向きにとらえた妥当な理由と冷たく聞こえる現実的な正論が返ってきた。

 颯太も二人の言うことには思い当たっていた。あらためて言葉にされることで、自分だけが考えていたことではないと、頭と心にかかるもやを晴らしていく。


「もしくは、そのどっちともってことだよな」


 そう自分で口にしながら、颯太は蒼依のことをほとんど何も知らないことに気付いた。

 蒼依の母の景子にしてみれば、颯太たちは娘が最近仲良くし始めた人たちで、颯太はそのなかでもお気に入りというだけ。

 蒼依が目覚めるまで待てないのなら二度と関わらないでほしい、という言葉は、娘を介さない状態では景子が颯太たちが信用していないと言っているようなものだった。


「二人に聞きたいんだけどさ、蒼依の目が覚めるまで待っていた、ってどうやったら証明できるのかな?」


 颯太の疑問に、小和も行哉も即答できなかった。


「難しいな。綾崎さんの目が覚めたって連絡をもらって駆け付けたとして、本当に待っていたかは分からないもんな。どんなに毎日心配して、早く目が覚めてほしいと願っていようが、薄情にも連絡が来るまで覚えてなかったとしても、その見分けはつかないし」

「でもさ、さすがに駆け付けた颯太くんの表情や態度で、本当に蒼依のことを思っていたかどうかは分かるんじゃない?」

「それはそうだけど、問題は目が覚めたことを教えてもらえる保証すらないことなんだよな。綾崎さんにも綾崎さんのお母さんにも、颯太がちゃんと待っていた、って証明ができないんだから」

「なるほど。ようは、颯太くんがちゃんと待っていたという結果ではなく過程を見せないと意味がないってことね?」

「そうっすね。お見舞いに行けるのなら、どれくらいの頻度で行ったかで颯太の本気度が伝わるかもだけど、家族だけだからダメだって言われたし、そもそもどこの病院かを聞く前にシャットアウトって感じだったからなあ」

「そうだよね。じゃあ、毎日のように颯太くんが蒼依にメッセージを送り続けるとか? 反応がなくても続けてる、って誠意の証明にならない」

「楠見さん、それは難しくないですか?」

「なんでよ?」


 小和は不機嫌そうな声で行哉に尋ね返した。


「言葉だけなら何とでも言えるし、文字だけだと気持ちや熱量は伝わらないから。楠見さんのやり方は、綾崎さんが目を覚ますまでひと月程度ならいいと思います。でも、もし目を覚ますのが数ヶ月先だったり、それこそ年単位になったら、最初のころのメッセージの質や熱量をキープできると思いますか?」

「それを言われると、たしかに難しいね。私にはできないかも。もし私が待ってもらう立場だとして、その相手が颯太くんや地元の友達みたいに元から信用していたり付き合いの長い相手なら、メッセージの質や頻度なんて気にしないけれど、颯太くんと蒼依の間にそこまでの信頼関係があるのかってことよね。蒼依のお母さんから見れば、私たちにそれはないって判断されていそうだけど」

「ナチュラルに俺を省かないでくださいよ、楠見さん。まあ楠見さんが言った通り、問題は何をしても上辺だけだと思われかねないってことだよな」


 小和と行哉のやり取りを聞く限りは、手の打ちようがないように感じていた。

 言葉だけでも、気持ちだけでもダメ。

 だからと言って、何もしないのはもっとダメで。

 颯太は蒼依との時間を思い出し、どうすれば目が覚めたときに待っててくれたと思えるだろうと考える。

 蒼依が望むことを、喜ぶこと――。


「写真――。毎日、蒼依に写真とメッセージを送るってのは、どうかな? 写真はできるだけ、その日撮ったものにしてさ」


 颯太にできそうなことはそれくらいしか思いつかなかった。

 颯太は顔を上げて、小和と行哉の反応をうかがった。


「私はいいと思う」

「俺も。颯太らしくていいんじゃないか?」


 小和と行哉が、颯太を後押しする。

 颯太はさっそく、最初の写真とメッセージを蒼依に送ることにした。

 写真は、蒼依に見せると約束していた、最後に会った日に行哉と後輩と撮りに行った写真にした。

 太田神社おおたじんじゃの入り口で、鳥居と青々としたモミジ、空に向かって伸びる雄大な樹を空を画角に入れて撮ったもので、颯太らしさも垣間見えるその日撮ったなかで一番いいと思った写真。

 それともう一枚。

 最後に会った日に、颯太を縁側で待っていた蒼依と景子の二人を撮った写真。

 蒼依は笑顔で、景子は蒼依の隣で遠慮がちに優しく微笑んでいて、ローテーブルには色違いのマグカップが並び、親子の仲の良さがうかがえる写真だった。


『蒼依が入院して、いつ目が覚めるか分からないことを聞きました。

 蒼依が目が覚める日まで、いつまでも待っています。

 その日まで、撮った写真を送ることにします』


 そのメッセージに写真の説明を添えて、送信した――。



 その日から、颯太は今まで以上にカメラと写真に向き合い始めた。

 できるだけ一眼レフカメラを持ち歩き、たくさんの写真を撮った。

 蒼依に見せたいと思ったものだけでなく、何気なく見ている景色やふと目の前に広がる光景を撮影することもあった。

 そうやって何気なく撮った一枚の中にも、その瞬間にしかないものがある。

 もしかするとそれが誰かにとって特別な一瞬かもしれないということを、小和の撮る写真から教えられた。

 見せ方や編集の仕方で意味を持たせることができることを、行哉の写真から学んだ。

 一歩踏み出した先に新しい世界が広がっていることを、蒼依と出会ったことで颯太は身をもって実感していた。



 颯太は自身が見ている世界を、蒼依に届けるために今日も写真を撮る――。

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