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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第2章 君がいない季節

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異変

 蒼依あおいが突然姿を消し、連絡も取れなくなった。

 その異変に気付いたのは、夏休み前の写真部最後のミーティングの日のことだった。


颯太そうたくん、中原なかはらくん。ちょっといいかな?」


 ミーティングが終わった教室で、小和こよりが二人に声を掛けた。


「なんですか、小和さん?」

「二人に夏にやる合同写真展に写真を出してほしいって話が来てるのよ。特に颯太くんには、うちの写真展で展示した蒼依の写真を出してほしいって」


 毎年夏休みに、京都市内にある大学の写真部合同で写真展を開いている。

 そこに展示する写真は、それぞれの部で選抜された部員の写真であることが通例だった。ただまれに、今回の颯太や行哉ゆきやのように、写真や人を指定することがあった。

 それは評価されていると同義で、写真展のメインになる可能性があると判断されているということでもあった。


「俺はいいっすよ、楠見くすみさん」

「俺もです。ただ蒼依の写真を、ってことなら再度許可を取りに行かないとですよね」


 行哉の前向きな言葉とは逆に、颯太は歯切れが悪かった。


「そうね。もう一度許可を取ったほうがいいね。颯太くん、蒼依に連絡してもらっていい?」

「わかりましたけど、最近連絡取れないんですよ。既読も付かないし」

「どういうこと? 颯太くん、よく蒼依に会いに行ってなかった?」

「ここ最近は会えてないです。試験の勉強やレポートとか、バイトで余裕なくて」


 颯太がそう答えると、行哉と小和はスマホを取りだした。


「俺ら四人で作ったグループのメッセージの既読も、しばらくはついてないかもですね。二日前に颯太と楠見さんがやりとりしてるやつ、既読の人数足りないし」

「ああ、てっきり中原くんが見てないのかと思った」

「小和さん、行哉はこういうところはかなり義理堅いですよ」

「うるさい、颯太」


 行哉は眉をひそめながら、隣に座っている颯太の肩をはたいた。

 小和は二人のやり取りを見て笑みを浮かべ、視線はすぐに自分のスマホへと向けられる。


「駄目ね。いま通話かけてみたけど繋がらない。昨日送ったメッセージにも、既読付いてないし」

「颯太、綾崎さんに嫌われるようなことしたんじゃないか?」


 行哉と小和の視線が颯太に集まった。


「そんなことないよ。最後に会ったときも笑顔で別れたし、試験終わったらいっぱい会おうって約束してたんだからさ」


 颯太が嘘を言っているようにも思えず、行哉と小和も困ったような表情を浮かべる。


「蒼依のお母さんに、話聞いてみない? 何か知ってるだろうし」

「颯太、早く通話かけてみろって」

「無茶言うなよ。俺は蒼依のお母さんの連絡先知らないって」

「はぁ……私が連絡するよ。連絡先知ってるし。てか、なんで颯太くんは知らないのよ」


 小和はため息を吐きながらも、蒼依の母の景子けいこに電話を掛けた。


「あっ、いきなり電話してすいません。少し聞きたいことがあるのですが」

「何かしら?」

「蒼依さんのことで――」

「何が聞きたいかは、だいたい分かっています。それで近くに颯太くんはいる?」

「はい。蒼依さんのことを話していて、私しか蒼依のお母さんの連絡先を知らなかったので、こうして私が掛けているだけなので」

「そういうことね。これから時間があるなら、うちに来られるかしら?」


 小和はスマホを耳から離し、颯太と行哉に「これから蒼依の家に行くけど、二人もいいよね?」と小声で尋ね、二人は頷いて見せた。


「分かりました。これから以前伺わせてもらった三人で、そちらに伺わせていただきます」

「ええ、待ってるわ」


 通話を終え、小和は険しい表情を浮かべる。


「蒼依のお母さん、なんだかいつもと雰囲気違う気がした。蒼依に何かあったのかも」

「とにかく話を聞かないことには分からなくないですか? もし何かあったのなら颯太には、連絡してくれると思うんだよね。連絡先知らなくても今の逆で、楠見さん経由でとか」

「そういう余裕もなかったとしたら?」

「それなら家に来いとは言わないでしょ」

「そうよね……」


 小和と行哉の話を聞きながら、颯太は蒼依とのことを思い返していた。

 なにか異変の前兆はなかっただろうかと。

 しかし、いくら考えても思い当たることはなかった。

 思い出すのは、蒼依の笑顔ばかりで。


「おい、颯太。なにボケっとしてんだよ? 行くぞ?」

「ああ、ごめん。すぐ行く」



 *



 蒼依の家に着き、あんなにも存在感を放っていた紫陽花の花がなくなっていることに颯太たちは驚かされた。

 リビングに通され、颯太は癖のように縁側に目を向ける。

 しかし、縁側にもどこにも蒼依の気配はまるでなかった。

 颯太たちはソファーには座らず、あえて床に座ることにした。景子は颯太たちが来るのに合わせて淹れていたコーヒーを出し、自身も床に座った。

 景子は颯太たちを順に見やって、最後にもう一度颯太に目を向ける。

 蒼依との関係が一番深い颯太が話を切り出さないことには、何も始まらない空気だった。


「あの……蒼依は? 急に連絡が取れなくなったんですが」

「アオは梅雨明けから入院しています。そのことをあなたたちに連絡しなかったのは悪いと思っているわ」

「入院……?」


 颯太は言われたことが信じられなかった。

 最後に会ったときも蒼依は元気で、調子が悪い素振りすらなかったからだ。

 衝撃を受けていたのは、颯太だけでなく小和も行哉もそうだった。


「ええ」

「蒼依はどこか悪いんですか?」

「そういうことになるのかしら。今は病院で眠りに続けているわ」

「あの……お見舞いには行ってもいいですか?」

「ごめんなさい。家族以外の面会はできないの」

「そうですか……」


 颯太ががっくりと肩を落とし、それ以上の言葉を絞り出せないようだった。


「あの蒼依は目を覚ますのでしょうか?」


 颯太の聞きたいことを小和が代わりに口にした。


「分からないわ。でも、目を覚ますと信じて待つしかないもの」


 そう答える景子の表情は、とても落ち着いたものだった。

 それは理不尽や不幸といったものを全てを受け入れて、覚悟ができているからこそのものだった。


「それで、あなたたちはどうする?」


 それは試すような問いだった。景子は颯太たちの反応を注視して、見極めようとしていた。

 その重苦しい空気と圧に、小和と行哉は口を閉ざしてしまう。


「待ちますよ。蒼依はもう俺にとっては、いなくては困る人だから――」


 颯太だけがはっきりと自分の想いを口にした。


「いつ目を覚ますか分からないのに?」

「はい」

「お見舞いをすることも、アオがどういう状況かも知ることができなくても?」

「はい、それでも」


 颯太は景子の目を見て、その全てに真っ直ぐに返答した。


「分かったわ。そこまで言うのなら、その言葉が嘘じゃないと示してほしい。でも、もしアオの目が覚めるまで待てなかったとしても、私は颯太くんを責めないわ。ただそのときは二度とアオに関わらないでほしい」


 景子の言葉と表情には、明らかに嫌悪感がにじんでいた。

 今まで景子の優しさと穏やかなところにしか触れてこなかった颯太たちが、初めて向けられたむき出しの感情だった。

 颯太は、覚悟を持って頷く以外になかった。

 そうしなければ、蒼依との未来は完全に閉ざされてしまうから。


「これで話は終わりでいいのかな?」


 さっき見た景子が嘘だったかのように、いつもの穏やかな表情に戻っていた。


「あの、もうひとついいですか?」

「何かしら?」


 景子の視線は話を切り出した小和に向けられた。


「夏に――まだはっきりと日時は決まっていませんが、おそらく八月の下旬ごろに、市内にある大学の写真部が合同で写真展をすることになっています。そこにこの前の写真展で展示した、蒼依と紫陽花の写真を出して欲しいと打診されています。あの写真を、この前よりももっと人目に触れるであろう写真展で使ってもいいですか?」

「はい。颯太くんの撮ったアオの写真なら、アオは許してくれるでしょうから」

「ありがとうございます。写真展の詳細は分かり次第、また連絡させてもらいます」


 小和の感謝の言葉に合わせて、颯太も頭を下げた。


「あの俺からも、ひとついいですか?」


 小和の話が終わると、今度は颯太が景子に話しかけた。


「ええ、もちろん」

「庭の紫陽花は、どうしたんですか?」

「ああ……剪定せんていしたのよ。放っておくと来年綺麗な花が咲かないから」

「そうだったんですね。急になくなっていたので、気になってて」

「アオが大事にしている紫陽花を、気にしてくれてありがとう」


 景子は今日一番優しい表情を浮かべていた。


「それでは長居しても悪いので、私たちはこれくらいで」

「また何かあったら、連絡してちょうだい」

「分かりました」


 颯太は景子と連絡先を交換し、そのまま蒼依の家をあとにした。

 外に出ると、夕方六時ごろだというのに空は明るかった。

 つい先日まで梅雨だったことが信じられないほどに、青い空がどこまでも広がっていた――。

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