四人だけの鑑賞会
写真展で慌ただしかった週末が嘘だったかのように、平穏な日常が戻ってきた。
ただ颯太の写真の話題は大学の中では噂という形で続いていて、たまに写真部のSNSに問い合わせるようなDMが届いたり、部員に詳細を尋ねる人がいることでその余波が感じられた。
そして写真展のあった翌週の水曜日の午後。
颯太と行哉、小和の三人は、蒼依の家にやってきていた。
「これ、西賀茂にある洋菓子店のロールケーキです」
「ありがとう。そこまで気を遣わなくてもよかったのに」
「そうですか? では、写真展に協力していただいたお礼だと思ってください」
「そういうことなら。あとで切ってあなたたちにも出すわ」
「ありがとうございます」
小和がロールケーキの入った箱を玄関先で渡しながら、挨拶を交わした。
それから家の中へと招き入れられ、蒼依が待つリビングに通された。
「いらっしゃい。よかったらソファーに座って」
蒼依にそう促されるも、ソファーは四人が横並びで座るには狭く、行哉がひとり先にソファー近くの床に座った。
それを見て颯太も床に座り、小和と蒼依は二人に「ありがと」とお礼を言いながらソファーに腰をうずめた。
「まさかこんなに早く、あの時の約束を果たす日が来るとはね」
小和が話を切り出した。
今日の集まりは写真展のときに、蒼依と約束をした颯太たちの写真を見たいというお願いを叶えるためだった。
四人はメッセージアプリのグループチャットでやり取りを重ねていた。
そのなかで蒼依からできるだけ早くがいいという要望が出ていて、それを聞く形で駆け足気味で予定が決まった。
「本当に私のワガママに付き合ってくれてありがとう。みんなは予定とか大丈夫だったの?」
「俺と行哉は、水曜日は講義が三時間目までしか入れてないから、全然平気」
「だな。それに断れない予定もなかったし、今日でよかったと思ってる」
颯太と行哉が順に答え、視線は自然と小和へと集まった。
「私はバイトあったけど、シフト代わってもらったから」
「よかったの? てか、楠見さんって何のバイトをしてるの?」
蒼依が申し訳なさそうな表情をしているが、言葉と目は好奇心が隠せていなかった。
そんな蒼依を見て、小和は小さく笑う。
「本当に大丈夫だから。バイトのシフトを交換してもらっただけだし。私は大学の図書館でバイトしてるよ。あと、私のことは小和でいいよ」
「私のことも蒼依でいいよ、小和ちゃん」
「分かった、蒼依。さっそくだけど、写真見よっか。話は写真見ながらでもできるしさ」
「そうだね」
小和と蒼依は、顔を見合わせて微笑みあった。
蒼依の笑みには硬さが、小和の笑みには遠慮が見え隠れしていた。
「それでどういう感じにやっていこうか?」
小和のそんな言葉に、蒼依は首を傾げていた。蒼依の中では、三人が持ち寄った写真を見せてもらうとしか考えていなかった。
「あっ、それに関してはいい考えがあるよ」
「本当に? どうするつもりなの、中原くん?」
「今日は二人もタブレットだよね? だったらモニターかテレビに出力すれば、大画面でみんなで見れると思って、USB接続のケーブル持ってきた」
そう言いながら行哉は、鞄からケーブルを取り出して見せた。
それから蒼依に許可を取り、行哉はリビングにあったテレビと自身のタブレットをケーブルで繋ぎ、テレビにタブレットの画面を表示させた。
「じゃあ、このまま俺からでいいかな?」
「中原くんからでいいと思うよ。じゃあ、二番目は私でいいかな? 颯太くんの後は荷が重いし」
「言い方ひどくないですか、小和さん?」
「今日のメインは颯太なんだから、ラストで当然だよな」
「二人して変にハードルを上げんな!」
三人の小気味いい会話に、蒼依は本当に楽しそうに声を上げて笑い始めた。
そんな蒼依につられて、三人も一緒になって笑った。
一気に空気は柔らかくなり、和やかな雰囲気のまま蒼依のための写真の鑑賞会が始まった――。
まずは行哉の写真。
最初は挨拶代わりに、写真展に展示されていた蒼依も見た覚えがある写真から。
それ以降は、行哉が自身でセレクトした写真が並ぶ。
編集で色合いを変えたり、写っているものの輪郭を際立たせたり、背景をあえてぼかしていたりとコントラストや色彩のバランス感覚に優れた写真の数々。
ただ今回は人物や風景の写真は少なめで、颯太や小和とは重ならない自身の強みが出るセンス溢れる写真が多かった。
行哉の写真を見ながら、蒼依は感嘆の息や声が思わず漏れていた。
「中原くんの写真は、なんというかオシャレだね。どれもカッコよくて、そういうのを見つける感度が高いのかな? 本当にすごかった」
次に小和の写真。
街角で見かけたなんでもない光景や一瞬を切り取った写真が次々映し出される。
例えば、ランドセルを背負った子供が走り去る後ろ姿。
散歩中の犬と戯れる数人の子供。
老夫婦が腕を組んで歩いている姿。
写真の許可をもらいに蒼依の家を尋ねに行く道中で撮った、陰干ししている小さな長靴の写真。
小和が木の上に登って撮った、子供たちが見上げている写真。
それらの写真を見ながら、蒼依はずっと口角が自然と上がっていて、たまに小さく笑っていた。
「小和ちゃんの写真は、なんか見てるだけで幸せ。つい笑顔になる優しくて温かい写真ばっかりだし、すっごい好きだなあ。あの子どもが見上げてるやつ、どうやって撮ったの? 私、あれが一番好きかも」
蒼依は、行哉と小和の写真を見終わった後に感想を口にした。
蒼依の反応を見たり、感想を聞いて、行哉と小和は思うところがあった。
「楠見さん――」
「ええ、中原くん。何が言いたいか分かるわ」
そう言って、二人は颯太と蒼依を交互に見やった。
「なんだよ、二人とも」
颯太は視線の意味が分からず、怪訝そうな目で二人を見返した。蒼依は小首を傾げながら「変なこと言ったかなあ」と、不安げな表情を浮かべていた。
「颯太くん、さっきの蒼依の感想聞いて、何か思うところがあるんじゃない?」
「思うところ? 特には何も。ただ、やっぱりそう思うよね、くらい?」
「颯太、自覚なしかよ。綾崎さん、写真を見た感想や反応、お前と全く一緒なんだよな」
「そうそう。今日も二人とも同じ顔して写真見てたし、同じタイミングで息が漏れたり、笑ったり、驚いたり――」
指摘をされても、颯太も蒼依も自覚はなかった。
蒼依は一緒だと言われ嬉しそうな笑みを浮かべながら颯太を見つめ、颯太は照れたのか黙ったまま視線を逸らしていた。
周りから見れば、分かりやすすぎるほどにお互いの好意が丸見えで。
颯太の写真を見る前に一度小休止を挟み、コーヒーを飲みながら持ってきたロールケーキを食べた。
そうして、颯太の写真を見ることになった。
画面に表示されるのは、空を中心にした写真の数々。
それは、小和や行哉がよく知っている颯太の強みや好みがよく表れている写真だった。
それが途中から、趣向が突然変わる。
綺麗な空を中心に据えた写真や風景写真に強いこだわりを持っていたはずの颯太が見せる新しい世界観の写真。
それは全て蒼依と紫陽花のあの写真を撮って以降に撮影した写真だった。
そこに写っていたのは、日常や街角のちょっとした風景や見落としたり見過ごしてしまいそうなもの。
派手さはなく、目立つようなものを撮っているわけでも、今まで撮ってきた空のように誰が見ても分かる綺麗な写真というわけでもない。
それは颯太の目で見ている世界を、カメラで切り取っただけのもの。
それだけなのに颯太が見つけて写真に収めたものは、隠れた魅力を引きだされているのか不思議と存在感を放っていて、写真の中では立派な主役だった。
ありふれているかもしれないけれど、特別なもの――。
「すごい――」
蒼依はただひとこと、そんな言葉しか出てこなかった。
小和と行哉も同様で、今日颯太がみせた写真は見せてもらったことのある写真も混じっていたはずなのに、編集された状態であらためて見せられると言葉を失ってしまっていた。
行哉と小和は、技術的なことから颯太の写真について触れることもできたが、それは無粋でしかないと思い、感想すらも言葉にできずにいた。
颯太は感想がもらえずとも、三人の表情がよかったと雄弁に語っていて、満足感を噛みしめていた。
「蒼依さん、どうだった?」
「すごいよかった!」
蒼依の目はキラキラと輝いていて、颯太には吸い込まれそうなほどに綺麗なものに見えた。
颯太は蒼依のことを写真に撮りたい衝動にかられた。同時に、人物を撮りたいと普通に思っている自分自身に驚いていた。
「なんだかみんなの写真を見てると、私も写真を撮りたくなった」
「撮りなよ、蒼依」
「でも、私カメラは――」
「カメラにこだわらなくていいと思うよ。今はスマホでも気軽に高画質な写真撮れるし、自分が撮りたいと思えるものを撮りたいように撮ったらいいんだよ。蒼依さんがどんな写真を撮るのか見てみたいし」
颯太が楽しそうに口にすると、小和も行哉も賛同するように頷いて見せた。
「じゃあ、颯太くんはあの写真を撮ったとき、私を撮りたいと思ったんだ」
「うん、そうだよ。あのときの蒼依さんは紫陽花や雨も全部含めて綺麗だったから。もし撮れてなかったら、きっと一生後悔してたと思うよ」
颯太は口を滑らせるが、写真のことで嘘はつけないので、言葉にした後も恥ずかしがる素振りすらみせなかった。
蒼依はあまりにも真っ直ぐに言われ過ぎて、耳まで真っ赤にしながら照れてしまっていた。
「じゃあ……最初の一枚はみんなを撮りたい。撮っていいかな?」
蒼依がそう言いながらスマホを取り出した。
「俺も蒼依さんを撮っていい?」
「あっ、私も蒼依を撮りたい」
「写真を撮る俺らを、綾崎さんに撮ってもらう?」
行哉の言葉が決定打になった。それぞれがデジカメやスマホのカメラを構えた。
「3、2、1、はい!」
全員の声が重なり、それぞれのシャッター音が響き、そのすぐ後には笑い声が重なり合った――。




