大事な時間
写真の鑑賞会をしてから、颯太と行哉、小和の三人と蒼依は急速に仲良くなっていった。
蒼依は颯太には、三十分でも一時間でもいいからできるだけ会いたいとお願いをした。
颯太はそれを快諾して、時間を見つけては蒼依に会いに行くようになった。
講義が終わった夕方。
バイトの前後。
今までなら写真部の部室に入り浸ってたいたであろう、昼休みをまたぐ講義のない空いた時間。
そうやって、颯太と蒼依は同じ時間を積み上げていった。
「あっ、颯太! いらっしゃい」
「蒼依、また来たよ。てか、庭からお邪魔するの慣れないんだけど」
颯太は傘をたたみ、縁側に座る蒼依の隣に腰かけた。
事前に行くことを連絡して許可を貰っているとはいえ、颯太は気が引けていた。
そんな颯太を縁側に座って蒼依は待っていた。
颯太が来ると連絡を貰うだけで胸が高鳴り、髪が跳ねていないかなど身だしなみを慌てて確認したり、颯太に出すお菓子があったかなと探した。
フェンス越しに颯太の差す傘が見えだけでも嬉しくて、庭に回って近づいてくる足音に少し緊張した。
颯太に向ける感情が何なのか、蒼依は気付いていた。
「いいの。颯太とはこうやって縁側に座って、紫陽花を見ながら話したいから」
颯太の顔をすぐ隣から覗き込んだ。その蒼依の表情は嬉しさに満ちていて、満開の花のように綺麗だった。
「ねえ、蒼依。いいかな?」
颯太は鞄からデジカメを取りだしながら尋ねた。
「もちろん。私もさっき庭に入ってくる颯太を撮ったし」
「そういえば、シャッター音が聞こえてたような……」
颯太は写真を撮られることが好きではなかったが、蒼依に撮られるのは全く不快に感じなかった。
写真展に撮る写真を勝手に撮ったという負い目が颯太に最初こそあったけれど、今ではお互いに写真を撮り合うことが普通になりつつあった。
颯太はたたんだばかりの傘を差し、蒼依の正面からカメラを構えた。
縁側に座り、颯太にだけ向けられる最高の笑顔。
颯太はカメラ越しに見とれながら、シャッターを押した。
「蒼依、そのまま真っ直ぐ向いてて」
そう注文を出しながら、今度は横から蒼依を撮ることにした。
横後でも口角が上がっているのが分かる蒼依を、その奥に見える赤い紫陽花を背景に写真に収めた。
「やっぱり蒼依と紫陽花はよく合うね」
颯太は撮ったばかりの写真をカメラのモニターで確認しながら、戻ってきて座り直した。
「私にも見せて?」
蒼依が颯太に身体を寄せ、肩が触れる距離でモニターに表示されている写真を見つめる。
「颯太が撮るとさ、なんか私、美人過ぎない?」
「それ自分で言う?」
「だって、鏡で見る自分と全然違って見えるから」
蒼依は照れているのを隠さないまま、自分の肩を颯太に当てる。
「でも、縁側で撮った写真だったら、この前撮ったやつの方が好きだな。ほら、家の中から私の後ろ姿越しに庭を撮ったやつ」
「ああ、俺もあれ好き。蒼依の表情が分からないから、見る人が色々と想像できていいんだよね」
「颯太には、私はどう見えた?」
颯太はタブレットを鞄から取り出して、蒼依のいう写真を画面に表示させる。
今と同じ場所に座っている蒼依を庭の紫陽花が写るように撮った写真。
蒼依の長い黒髪と線の細さゆえに、今にも消えてしまいそうな儚さや憂いというものを感じる。
それはきっと雨という要素が、どこか物悲しさや暗いものを想起させるから。
しかし颯太には、まるで違って見えていた。
「雨の日を楽しみにしてる感じかな」
蒼依の顔がわずかに上を向いていて、空を見上げているようにも見える。
それゆえに蒼依自体は明るい存在として、写真の中心にいるように感じることもできる。
それにそもそも颯太は写真を撮ったときの、蒼依の表情を知っている。
今のように笑みを浮かべていた。颯太には、雨で日中でも暗い中でもそこだけ鮮やかに色づいて見えた。
それを一緒に写る紫陽花の美しさで表現しようとした。
撮ったときの意図は蒼依には伝えていない。
蒼依にもそういう風に見えればいいなと撮った、最近では一番いいと思える写真で。
「雨の日を楽しみに――か。そういう見え方のほうが私も好き」
蒼依は至近距離から、眩いばかりの笑みを浮かべる。
この笑顔をいつも見ている颯太にしてみれば、蒼依の写る写真から暗い連想をする方が無理な話だった。
「颯太くん、いらっしゃい」
蒼依の母の景子が顔を出して声を掛けた。
庭からの来訪にも嫌な顔一つするどころか「いつもアオの相手してくれて、ありがとね」と、景子も颯太のことを歓迎してくれる。
「お邪魔してます」
「颯太くん、今日はゆっくりできるのかな?」
「はい。講義終わりで、今日はバイトもないので」
「そう? じゃあ、何か飲み物を持ってこようかしら。何がいい?」
「えっと……飲み物は鞄にペットボトルのお茶があるので大丈夫です」
「颯太、そんなこと言わないでコーヒー飲んでいきなよ。お母さん、クッキーあったよね?」
「ああ、あったね。じゃあ、コーヒー淹れてくるから、颯太くんはゆっくりしててね。アオはテーブル出しといて」
「はーい」
蒼依は立ち上がり、縁側の隅に立てかけていた折り畳み式のローテーブルを広げて座り直した。
「ねえ、颯太。今日も写真見せて」
「うん、もちろん」
颯太はタブレットに写真を表示させる。
この前蒼依と会ってから新たに撮った写真。
それが終われば、蒼依にまだ見せていない古い写真を。
蒼依は写真を目を輝かせながら見つめ、素直な感想を口にしたり、写真を撮った場所などを尋ねた。
そんな楽しんでいる姿を颯太は特等席から見つめていた。
今の颯太にとっては、蒼依と過ごす時間が大事な時間だった。
それはただ楽しいというだけでなく、颯太の写真にもプラスに働いていた。
次はどんな写真を撮って蒼依に見せようかと、写真に対するモチベーションが高くなっていた。また蒼依が写真を見たときの反応や感想を、次の撮影に活かすようにもなった。
そうして颯太の写真は、空以外でも雰囲気や空気感をうまく閉じ込める質感のあるものへと変質していた。
しかしその根底にあるものは、変わっていない。
写真に撮るものは、颯太がいいと思ったり、何かしら撮りたいと感じたものという軸は変わっていない。
そこに蒼依という別の軸が加わった。
蒼依がどんな反応をするだろうかと、見る人のことを強く意識するようになっていた。
写真を見た蒼依は、笑ってくれるだろうか。楽しんでくれるだろうか。驚いてくれるだろうか――。
そんなことを考えていると、写真を撮ることがずっと楽しくなっていた。
また写真展で展示した蒼依と紫陽花の写真の出来栄えや周囲からの評価がよかったことで、人を撮ることに対する苦手意識は薄れていた。
さらに蒼依のことを写真に撮りたいという気持ちを自覚し、その気持ちに素直になって蒼依を撮るようになってからは、苦手どころか人を撮ることもいいものだと思うようになっていた。
蒼依との出会いが颯太を変えた。
その変化は、他のところにも波及し始めていた。
写真部では、写真展を機に今まであまり話すことがなかった部員とも話すようになっていたが、蒼依とよく会うようになってからは、明るくなった、雰囲気が柔らかくなった、と言われるようになった。
バイト先でも人を撮ることに対して前向きになったことで、現場でアシスタントをしながら撮影の一部を任されることもあった。
颯太にとっては全てが上手くいっていて、充実感に満ちた日々だった。
七月になり、梅雨明けはすぐそこにまで迫っていた――。




