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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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20/23

はじまりときっかけ

 新歓コンパの片隅で、颯太と小和は写真を見せあっていた。


「この写真が一番好きだな」


 颯太は小和が撮った一枚の写真を見つめながら、心からの言葉を口にした。

 それは数人の子供が見上げているところを上から撮った写真で、木の枝や葉が写り込んでいた。

 子供たちの表情がよくて、何を見上げているのだろうと想像させられる写真だった。


「あの、先輩。この写真、木の上から撮ったように見えるんですけど、どうやって撮ったんですか?」


 自撮り棒やカメ棒のようなものを使ったか、脚立などを使って実際に高いところから撮ったのだろうと颯太は考えていた。そのうえで子供たちの表情を、どう引き出したのだろうと気になっていた。


「実際に木に登って撮ったんだよ」

「じゃあ、脚立か何かを使ったんですね」

「いや、身体一つで登ったんだよ。カメラはボディバッグに入れてたから、登るのに邪魔にならなかったし」


 颯太は心底驚いていた。

 言葉通りに受け取るならば、女子大生が服が汚れたり、擦り傷をはじめ怪我をするかもしれないことを気にせずに、木に登ったのだという。

 にわかには信じられないことで、颯太は口を開けたまま固まってしまった。

 そんな颯太の反応が面白くて、小和は楽しそうな笑みを浮かべた。


「ほら、この子が持っているブーメラン。公園で投げて遊んでたら、風にのって飛び過ぎたみたいで、枝に引っかかって取れなくなって困ってたのよ」


 小和はそのときのことを説明し始めた。

 小和が指差した男の子の手には、三枚翼のブーメランが握られていた。


「それで木に登ったんですか? アグレッシブ過ぎません?」

「そうかな? 写真撮るときはけっこう歩くから、動きやすい服装でスニーカーだったのよ。まあ、普段から楽だから、そういう服を着てるんだけどね」


 少しだけ気恥ずかしそうに笑う小和の今日の服装は、とてもラフなものだった。

 無地のトレーナーにフードの付いたゆったりめのブルソン、細身のデニムに足元にはスニーカー。

 着飾るのではなく、動きやすさを重視したようなコーデだった。

 それもあって、颯太は最初から変に意識や緊張することもなく小和と話すことができた。


「だから、私が木に登ってブーメランを取ってあげて、そのついでになんかいいなって思ったから、そのまま写真を撮ったの。驚いていたり、諦めかけていたものが戻ってきて安堵していたり、私をすごいって感じの目で見てきたり――みんな、表情豊かでしょ? 今日は持ってきてないけど、このすぐ後に撮った写真では、みんな笑顔でピースサインしたりしてポーズとってくれたの。そっちはそっちで私は大好きな写真なんだよね」


 小和は写真を撮ったときのことを話しながら、自身も自然に口角が上がっていた。


「話を聞いてから見ると、なんだかもっといい写真に見えてきました。この子たちの視線の先には先輩がいたから、こんなにいい表情をしているんですね」

「私じゃなくても同じような写真は撮れたんじゃないかな?」

「そうですか? まあ、俺では絶対に撮れないですよ。同じように木に登って、ブーメランを取った直後に撮ったしても、こんな風に表情を引き出せる気がしないですし」

「それは言い過ぎじゃない?」

「そんなことないですよ。これ以外の写真もそうですけど、全体的に撮った人の優しさや温かさみたいなのを感じる写真ばかりじゃないですか」


 小和は、颯太の言葉を噛みしめていた。

 撮った写真を今までも褒められることはあった。

 例えば、撮った直後に被写体になった人に話しかけて、写真を見せた時。それはお世辞とそのときの空気感込みの底上げされた評価だと感じていた。

 他にも写真に詳しくない友達に見せたときにも、お世辞なのか分からない誉め言葉を言われた。

 小和の写真は写真部の中では、“雰囲気がいい写真”“なんとなくいい写真”という曖昧な評価で、写真に対して真面目な上級生からは“いい写真だけど、構図や光の加減が惜しい”という厳しい評価を受けていた。

 それらのことから、小和の写真に対する自己評価はかなり低かった。

 それを颯太の言葉が上書きした。

 小和にしか撮れない写真。雰囲気というごまかしの言葉ではなく、こう感じるからいいと言語化してもらえた。

 それらは小和が欲していた言葉や評価で、飛び跳ねたいほどに嬉しいものだった。


「それに子供たちがカメラを見て、笑顔なのも分かる気がします」


 颯太は、小和の今にも身悶えしそうな気も知らないでたたみかけてくる。

 すぐ隣から小和のことを真っ直ぐに見つめながら、


「こんな綺麗な人に写真を撮られるなら、撮られる側も嬉しいし、自然に笑顔にもなりますって」


 そう写真だけでなく、小和の容姿のこともストレートに褒めた。

 颯太が写真に関係することで思ってもないことを言えるようには思えず、さらには女性の扱いに慣れているようにも見えない。

 同じことを颯太以外に――例えば、この新歓コンパの中心にいる中原行哉に言われたのなら、素直に受け止めることができず、言葉の裏にある真意を測っていただろう。

 というのも、小和は容姿を褒められるという経験があまりなかったからだった。

 親をはじめ親戚や友達など周囲からは、“もっと女の子らしい格好をしたら”と、よく言われてきた。

 そして二言目には決まって、“ちゃんとすればかわいいのに”と。

 ちゃんと女の子らしく着飾った姿ではなく今の自分らしい姿を見て、颯太は綺麗だと褒めてくれた。

 それが小和には、ありのままの自分を肯定してもらったようで、心の底から嬉しかった。


「お世辞でも、恥ずかしいこと言わないでよね」


 素直に“ありがとう”が言えなくて、照れ隠しで語気を強めながら颯太の背中を強めに叩いた。

 深刻な空気にしたくなくて、冗談っぽく思われるために、嬉しさそのままに笑ってみせた。

 颯太は痛がる素振りをしながらも笑みを浮かべていた。

 それからまた、お互いの写真を見ながら写真の話をした――。



 それが、楠見小和が宮岡颯太に恋をした瞬間だったのかもしれない。

 同時に素直になり切れなかったせいで、楠見小和の想いが宮岡颯太に正しく届かず、気の置けない先輩後輩という関係に固定する原点にもなってしまっていた――。



 *


 中原行哉は、小和と颯太がタブレットを手に、おそらく写真の話題で盛り上がっていることに気付いていた。

 その会話に参加したいと思っても、自分の周囲には人が集まり過ぎていて、抜け出すのも困難な状況だった。

 もし仮に多少強引にでも二人のところに行けば、注目を集めることになり、聞き耳も立てられることになるかもしれない。それだと話しずらい状況になるのは必然で。

 だから行哉は我慢していた。

 何も面白くない話や詮索してくるような話題に、適当に相槌を打ったり、返答をしながら、空気を壊さないように愛想笑いを浮かべ続けた。

 それが小和と颯太の平穏を守ることになると思ったから。

 行哉が気になっていたのは、小和だった。


 笑うとかわいい、綺麗な人――。


 それが小和に対する最初の印象だった。

 この場にいる上級生たちが一年間近くにいながら見過ごしてきた、ダイヤの原石のような魅力に気付いてしまった。

 そしてその魅力を引き出したのが、隣に座る控えめに言っても冴えない地味な男だった。

 だから、行哉は颯太にも興味を持った。


 二人と話すためだけに写真部のミーティングに顔を出そうと、中原行哉は決意した。

 その選択をしたことで、行哉は多くのものを手に入れることになった。

 無二の親友。好きなものを好きと言える場所。自分よりもすごいと思える人が身近にいる環境。


 しかし一番欲しかったものだけは、手に入らなかった――。

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