打ち上げ
「みんな、写真展お疲れさま! 本当に色々あって大変だったけど、たぶん過去イチで話題にもなって盛り上がったものになったんじゃないかな。で、今回の二大問題児は、私が先に締めておきましたので、これ以上は文句やクレームは言わないであげてね。というわけで、乾杯の音頭は加藤くん、お願いね」
小和の挨拶に、ちょっとした笑いと拍手が起こった。
その拍手を、あたかも自身に向けられたものかのように音頭を託された写真部の副部長の加藤がビールの入ったジョッキを手に立ち上がる。
「というわけで、みんな! 写真展おつかれー!! 飲み物はちゃんと持ってる? じゃあ――かんぱーい!!」
その明るく通る声に合わせて、乾杯の声とグラス同士が当たる音が響いた。その音の余韻が消えないまま、話し声が個室のいたるところから聞こえ始めた。
京都上山大学写真部の写真展は、例年になく盛況のうちに幕を閉じた。
その打ち上げに、御園橋にほど近いところにある居酒屋に来ていた。
颯太も打ち上げに参加していた。
普段あまり話す機会のない部員から、撤収作業の間も「打ち上げに、主役が来ないってことはないよね」といった圧を掛けられ、部全体で逃げれない雰囲気を醸成されたうえに、行哉と小和に半ば連行される形で連れてこられたので参加せざるをえなくなった。
颯太は、飲み会のときの自身の指定席とも言える隅の席に目立たないように座っていた。
いつもの部の飲み会で颯太に好んで近づいてくるのは、常に誰かに話しかけられたりして疲れた行哉が煙草を吸いがてら一息つきに来たときか、他の部員たちの間で気を使い過ぎて疲れた小和が腰を落ち着けるときくらいだった。
行哉や小和がいなければ、飲み会の場でぼっち飯を決め込むのが颯太だった。
しかし、今日に限っては様子は違っていた。颯太の周りには人が集まってきていた。
「前からいい写真撮るなとは思ったけど、まじで今回のやばかったな」
「あの写真の子とはどういう関係なんだよ?」
「宮岡先輩、他にはどんな写真撮ってるんですか?」
「宮岡さ、お前のおかげで受付とか対応、大変だったんだからな」
普段は会話をほとんどしない人から話しかけられ続け、颯太は困惑していた。
面白い返しや盛り上がるようなことは言えないけれど、最低限の受け答えをすることができ、写真の話題ならしっかりと会話ができた。
蒼依とのことに関しては、颯太自身にもうまく説明できるような関係性ではなく困っていると、今日は脇を固めるように隣にいた行哉が、「あの人は颯太の知り合いだよ」とそれとなくフォローをしてくれた。
颯太は、写真部という場所を見誤っていたのかもしれないと感じていた。
写真に対する熱意や向き合い方に、違いがあるのは確かだ。
それでも根底には、カメラや写真が好きという颯太と変わらない気持ちがある。そうでなければ、わざわざ写真部に入るわけがない。
そのことに、ようやく颯太は気付けたような気がした。
そして今回の写真展では、颯太の写真を見て心を動かされ、事前にビラを作って配ったり、声掛けをしたりと宣伝に力を入れてくれたのは、普段颯太と関わりが薄い部内でも楽しむことに重点を置いているグループの部員だった。
そうやって、写真展の成功のために奔走している姿を颯太も見ていた。
颯太にとっても、颯太に関わってこなかった側にとっても、お互いに評価や接し方を改めようと思ういい機会になった。
「なあ、悪いけど、颯太借りていい?」
行哉がそう言いいながら立ち上がると、颯太の周りに集まっていた部員たちは、どこか名残惜しそうに離れていった。
「颯太、ちょっと外に行こうぜ」
「なんで?」
「煙草。ここ禁煙だし、店内に喫煙スペースもないんだよ」
行哉が助け舟を出してくれたのだと気付き、二人で店の外へと出た。
外は雨が変わらず降り続いていて、店の入り口から少し離れたところで行哉は煙草に火をつけ、持ってきていた携帯灰皿に軽く灰を落とした。
「ありがと、行哉」
「何が? 煙草吸うのに話し相手がいた方がいいと思って、連れ出しただけだよ」
行哉の分かりにくい優しさが、颯太には心地よかった。
「なあ、颯太。それでどうだった、写真展?」
「いい経験になったな。去年はよくわからないまま、先輩たちに言われた通りにやってただけだったし」
「たしかに。それに比べたら、今年は写真を撮るところから編集まで色々考えたな」
「俺は締め切りに追われる辛さを実感した」
颯太の心からの声に、行哉は咳こみながら笑った。
「去年の颯太は、たしか――地元の海と空の写真だったよな?」
「そうそう。瀬戸内海の島とかを撮ったやつで、逆光で波がすごいキラキラしてるやつ。てか、行哉も海と空の写真だったじゃん」
「よく覚えてるな。颯太が自然の綺麗さを写した写真だったら、俺のは神戸ポートタワーを入れた街並みがメインだし、同じ要素があっても真逆な感じの写真だったけどな」
「そうか? すっげー爽やかでセンスある写真だと思ったけどなあ。てか、一年生の展示パネルで行哉と俺の写真を並べるか、並べないかで軽く揉めたっけ」
「あった! 他のヤツらはどっちでもいいって感じだったけど、今でも俺は並べない方がいいと思ってるけどな」
「俺は並べた方が違いが鮮明になって面白かっただろうなって、今でも思ってるよ。まあ、結局は他の一年生が行哉の肩を持って、行哉の言い分が通ったけどさ」
そんな思い出話をしながら、当時のことを思い出して笑い合った。
颯太は行哉の写真を認めていたからこそ、並べたいと思った。
行哉も颯太の写真の良さを認めていた。だからこそ自分の写真との差が明確に表れてしまうので、並べたくないと思った。
並び立ちたいと思った颯太と、自身のプライドを守ろうとした行哉。
それが今は無二の親友として、今年の写真展では横並びに展示し、今も雨の中で傘を差して並んで立っている。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか、颯太」
行哉は携帯灰皿に吸殻を入れ、大きく深呼吸をして梅雨の湿度の高い空気を吸い込んだ。
「だな。俺も外の空気吸えて、気分転換できたよ」
颯太はホッと息を吐きながら答えた。
それから連れ立って、居酒屋の店内へと戻っていく。
座敷個室に戻ってくると、颯太が座っていた席の隣に小和が座って、一人で酒を飲みながら料理に箸をつけていた。
それを見て行哉は、店員にビールのおかわりを注文し、あえて一番賑わっているエリアに合流しに行った。そしてすぐに、行哉を中心に話の輪が出来上がった。
それを横目にすごいなと思いつつ、颯太が自分の元いた席に戻ると、
「おかえり、颯太くん」
そう小和に迎えられた。
楽しそうな喧騒が響く個室の中で、今は誰も颯太たちのことを気に留めていなかった。
それは行哉が進行形で注目を集め、小和が「颯太と話したいから」と軽く人払いをしていたからだった。
「颯太くん、打ち上げは楽しんでる?」
「分かんないです。でも、悪くはないなって」
颯太は個室の中を見回しながらそう答えた。
「それならよかった。一年前とは違う答えが返ってきて」
「一年前? 去年の写真展の打ち上げは、俺は参加してないですよね?」
「そうじゃないよ。新歓のときのことだよ。あのときもこうやって隅っこの方にいたからね、颯太くんは」
「ああ、たしかにそうでした。あのとき小和さんに話しかけられなかったら、写真部に入ってなかっただろうし、こうしている今も、蒼依さんと会うことも全部なかっただろうな。まじで感謝してます、小和さん」
颯太はそう素直に小和にお礼を言った。
颯太の自然な笑みを隣から見つめながら、小和の内心は複雑だった。
変化の途上にある颯太を喜ぶべきなのだろうけど、颯太の世界が広がることは同時に小和と距離が離れるていくように感じられたからだった。
「小和さん?」
反応がないことを心配して、颯太が名前を呼んだ。
この一年で呼ばれ慣れたその響きは、小和のほのかな恋心を抱く胸をくすぐり、少しだけ痛みを残した。
「ごめん、少しだけぼーっとしてた」
「小和さんは、働きすぎなんですって」
「誰かがトラブルを持ち込まなければ、そんなに疲れることはなかったと思うんだけどなー」
「それは行哉に文句を言ってください」
「私は颯太くんに言ったんだよ。まあ、それと引き換えに颯太くんの最高の写真を、写真展でたくさんの人に見てもらえたからいいんだけど」
小和が微笑むと、颯太が照れたような表情を浮かべるので、それが小和の胸を締め付ける。
「そうだ、小和さん。小和さんの最近の写真見せてくださいよ。俺ばっかり見せて、小和さんのは見せてもらってない気がするんですけど」
「それは颯太くんが見せて、って言わないからだよ」
そう返事をされると、颯太は何も言い返せなかった。
そんな颯太に、小和は自身の鞄からタブレットを取り出して手渡した。
「颯太くんの写真も見せて」
「もちろんいいですよ」
颯太も近くに置いてあった鞄からタブレットを取り出して、小和に渡した。
「そういえば、最初もこんな感じでお互いの写真見せあったよね」
「そうでしたね。あのとき見た小和さんの写真、いまだに覚えてますよ。あの木の上から撮ったやつ」
「颯太くんさ、写真のことになると記憶力いいのなんなの?」
「好きな写真だけですよ。ちゃんと覚えてるのは」
あまりにもはっきりと言い切るので、小和は照れてしまった。
そんな小和には気付かない颯太は、タブレットの写真に目を落としながら、口元には自然と笑みが浮かんでいた。
小和も颯太の隣で、颯太が最近撮った写真を見ながら、出会ったときのことを思い出していた。
はじまりは、一年前の春。写真部の新歓コンパだった。
颯太の本質は、当時から変わっていない。
写真が好きで、写真に真面目で、人付き合いが得意ではない男の子。
思い返せばそのときから、小和の恋の種は芽吹いていた――。




