どう映っているのだろう
颯太と蒼依は、再会の余韻の中にいた。
その余韻を崩したのは、誰かのスマホが着信を知らせる音だった。
「ごめん、私だ」
小和はそう言いいながら、スマホを手に少し離れたところに行き、険しい表情で話し始めた。
話し終えると、小和は険しい表情のまま戻ってきた。
「ごめんなさい。会場の方でトラブルがあったみたい。今から行かないと」
「何があったんですか? 楠見さん」
行哉が尋ねると、小和は大きくひとつ息を吐いた。
「蒼依さんが来ていることが噂になって、受付にあれは誰なんだとか、今はどこにいるのかとか、大変なことになってるみたい」
「面倒なことになってますね」
「中原くん、あなたも面倒ごとの種を持ち込んだの忘れた? だから、こうして別の場所に隔離してたんだけど?」
「それは、まあ――俺も予想外だったから、投稿はすぐに消したじゃないですか?」
小和は深いため息を吐きながら、首を小さく振った。
「というわけで、蒼依さん。もしかすると、あなたにも迷惑をかけるかもしれません。写真の人だということで知らない人に声を掛けられるとか。先に謝っておきます。申し訳ありません」
小和は深々と頭を下げた。それを見て、深刻さに気付いた颯太も頭を下げた。
「頭を上げてください。大丈夫ですって。ねっ、お母さん?」
「気をつけるに越したことはないけど、何かあったら警察に相談をします」
蒼依の母は冷静にそう答え、「幸か不幸か、警察に知り合いもおりますし」と小声で続けた。
「そう言っていただきありがとうございます。あまり力になれないかもしれませんが、私たちにできることがあればなんでもいってください。あと、こういう状況ですので早めにお帰りになった方がいいかもしれません」
「そうね。アオ、帰りましょうか?」
小和と蒼依の母は、蒼依に目を向ける。蒼依は「分かった」と頷き、小和と颯太を順に見つめる。
「ねえ、私からひとつお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
小和は緊張から、肩に力が入った。
「颯太くんの撮った写真をもっと見たいな。あっ! もちろんお二人の写真もよければ」
蒼依は小さく笑みを浮かべながら、そう口にした。
小和は緊張していた分、そのお願いを聞いてつい噴き出してしまった。
「それならいくらでも。いいよね、颯太くん?」
「えっ? まあ、全然いいですよ」
蒼依は嬉しそうに笑い、その表情を見てその場にいた全員が口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ、写真はまた別の日にゆっくりと。でも、場所はどうしようか」
「私の家でもいいよね。ねえ、お母さん?」
「アオがいいなら、いいよ」
「やった。ねえ、それでいいかな?」
「私たちはお邪魔する立場だし、そちらがいいなら」
そうテンポよく話は進み、「細かい日時とかは、後でみんなで話しましょうか」と小和が言うと「じゃあさ、グループ作った方がよくない?」と行哉が提案し、四人だけのメッセージアプリのグループをその場で作った。
「颯太くんは二人を見送りに行ってね。それが終わったら、会場の方に来て」
「分かりました」
小和と行哉は、蒼依と蒼依の母を今いる棟の入り口で見送った。
ライトブルーの傘が目立つからと指摘された蒼依が颯太の大きな傘に入って、並んで歩いていく姿が遠くなっていくのを見ていた。
「楠見さん、よかったんですか?」
「何が?」
「あの二人の後押しをするようなことをして。颯太のことは諦めたんですか?」
「諦めてなんかないよ」
小和は即答する。しかし表情は、言葉とは裏腹に弱気になっていた。
「あの二人を会わせない、なんて選択肢はそもそもないよね? それは写真部の部長としても、一人の人間としても」
「それはそうですね」
「うん。それで会わせて、あんなことになるなんて思わないじゃない?」
「それもそうっすね」
行哉は相槌を繰り返すことしかできなかった。
「でもね、二人を会わせたことに後悔はないよ。会わせてよかったとも思ってる」
小和は小さく笑みを浮かべながらそう言っていた。
それは強がっているわけではなく本心からそう言っているのだろうと、隣から小和の横顔を見ながら行哉は思っていた。
しかし行哉は、言葉にはしないが同意はしかねていた。
二人がお互いに認知したときの表情や雰囲気――それは恋を予感させるものだった。
行哉はそういう表情をする女性を多く見てきた。
また颯太がそういう表情をするのを初めて見た。
小和の目には二人はどう映ったのだろう、と行哉は思うが、小和の表情からは心の中まで推し測ることはできなかった。
その小和の目がふいに行哉に向けられる。
「そういえば、ずっと気になっていたんだけど――」
小和に見つめられ、行哉は息をのんだ。
「なんであのとき、紫陽花の写真もプリントして持って行こうと思ったの? 結果的にあれがあったから許可がでたようなものだから、ファインプレーになったけど」
行哉は「あぁ――」と小さく呟き、当時のことを思い返す。
「正直に言うと、まじで深い意味はないっすよ。ただ颯太が――あの写真を撮った人間が女性を隠し撮りするようなヤツじゃない、ってのを伝えるためですかね。それに最初の会話のきっかけにも使えそうだし、相手の緊張や肩の力を抜くのにもちょうどいいかなって。それに、あの紫陽花の写真自体もすごくいい写真だったから、あの紫陽花を相手方が大切にしてるほどに、与える印象もよくなるだろうって打算もあったくらいで――」
「めっちゃ意味あるじゃん! 中原くん、こわっ」
小和は少し引いたような表情をしたが、すぐに表情を崩してくすくすと笑っていた。
その隣で行哉も一緒になって笑いつつ、報われない恋をする小和が不憫で見ているのが辛かった――。
*
「今日は来てくれて、ありがとうございました」
バス乗り場の屋根の下で、颯太はあらためてお礼を言った。
「ううん。こちらこそ、いい写真を見れてよかった。それに颯太くんと会えたから」
蒼依はニコッと笑みを浮かべた。
すぐに上賀茂神社に向かうシャトルバスがやってきて、乗客を乗せ始めた。
蒼依は手を振り、蒼依の母の景子は小さく頭を下げてバスに乗り込んでいった。
発車の直前まで蒼依は窓から颯太のことを見つめ、颯太も同じように見つめ返していた。
扉が閉まり、颯太を置いてバスは発車した。
京都上山大学のある山を下り始めると、蒼依は隣に座る母の景子にぽつりぽつりとこぼすように話しかけた。
「ねえ、お母さんは写真展に展示されてた颯太くんの写真どう思った?」
「写真のことはよくわからないけど、とてもいい写真だなって。事前にもらった写真よりも迫力あるなって思ったかな」
「うん、私もそう思った。ねえ、私ってあんなに綺麗なの?」
景子はクスクスと肩を揺らした。
「ええ。アオはいつもはかわいいけど、写真の中のアオはとても綺麗だったね」
蒼依は笑われたことは特に気にしていないようで、窓の外をぼんやりと見つめていた。
「あんな風に自分が生きていた瞬間を綺麗に残してくれたんだから、颯太くんは本当にすごいね」
景子は今度は笑わず、隣で寂しげに「そうね」と相槌を打った。
「颯太くんの目には、私はどう映っているんだろう?」
ちょっとした好奇心と耳が熱くなるような淡い期待、しっとりとした不安が蒼依の心の中で混じり合っていた。
「それにしても、あの題名……本当に私そのものだった――」




