写真展前夜
週が明けて、月曜日の昼休み。
颯太は小和と、写真部の部室で待ち合わせをしていた。
部室の前につくと中から光が漏れていて、小和が先に来ているのだろうとノックもせずに扉を開けた。
そうやって、扉を開けた瞬間に颯太の目に入ったのは、部室に置いてある写真部共用のノートパソコンの前に座り、「ふぁあ~っ――」と声を出しながら、口を開けて大きなあくびをしている小和の姿だった。
そんな小和が扉が開いた音に気付いて振り向き、颯太とばっちりと目が合った。
颯太は目が合った気まずさと、腕をあげて大きな伸びをしていたことで小和の胸の膨らみが強調されていて目のやり場に困り、それを誤魔化すために開けた扉をそっと閉めた。
扉を閉めた瞬間に、部屋の中からバタバタとした音が聞こえ、
「ちょっと! 閉めることはないでしょ?」
そう声を荒げながら、小和が内側から勢いよく扉を開けた。何も反応しない颯太に対して小和は、不機嫌そうな目を向けながらも、顔は薄っすらと赤らんでいた。
そして、小和の目がゆっくりと颯太の後ろで声を殺して笑っている行哉に向けられた。
「中原くんは呼んでないのだけど、どうしてここに?」
「さっきの講義、颯太と一緒だったんですよ。で、面白そうなんで付いてきました」
「そう。まあ、いいわ」
小和はまだ納得しきれていないという顔のまま、部室の中に戻り、颯太たちもそれに続いた。
小和はさっきまで座っていたノートパソコンの前に座り直し、颯太と行哉は部室に置かれている長テーブルに横並びに座り、学内のコンビニで買った昼ご飯を食べ始める。
「颯太くん、お昼食べてるところ悪いけど、写真のデータもらえるかな?」
「分かりました」
颯太は食べかけのおにぎりを口に頬張り、鞄の中からUSBを取りだし、それを小和に渡した。小和は受け取ったUSBをノートパソコンに挿して、データを確認し始めた。
「うん、やっぱりいい。それに編集もよくできてる」
小和は画面に表示された紫陽花と女性の写真に、自然と目が奪われていた。
颯太はおにぎりをお茶で流し込んでから、
「昨日バイトから帰ってから、寝るのを忘れて朝まで編集してましたからね」
颯太は誇らしげにそう言う口元には、笑みが隠しきれていなかった。
昨日の夕方ごろに小和は写真を使ってもいいという連絡をもらい、そのことを颯太にメッセージで伝えた。それと一緒に、昼か空いた時間に都合を合わせて写真のデータを受け渡しをしようという話をしていた。
「それでさっきの講義で爆睡して、俺を目覚まし代わりにしたと」
行哉がからかうような言葉を口にして、ペットボトルの水を片手に立ち上がり、パソコンの画面を小和の後ろから覗き込んだ。
「本当だ。俺もかなりいいと思う。昨日、そう編集するか悩んでたのが嘘みたいだな」
そう言う行哉の目は画面にくぎ付けになっていた。
颯太がした編集は、全体的に画面を明るくしつつ、紫陽花と女性に目が行くように露光量やコントラストを調整したシンプルなものだった。ただ細部にまでこだわり、背景や人物、紫陽花や道路など全体のバランスを見ながら、ひとつひとつ細やかに調整をし、妥協が一切ない仕上がりになっていた。
写真を見て最初に目が行くのは、赤い紫陽花とライトブルーの傘を持ち白い服を着た女性。
そこから視野を広げていけば、紫陽花の葉の緑がしっかりと画面を支え、濡れた路面や写り込んでいる周囲の家の塀や壁が、これは日常の一場面なのだと主張していた。
そこから女性に意識を戻してしっかりと見ると、伸ばした腕の肌が白いことや、細身で長い黒髪のせいもあり、どことなく清楚で今にも消え入りそうな繊細な印象を与える。
同時に、白のショート丈のシャツワンピースと黒のレギンス、足元にはレインブーツというコーデが、雨の日にも出歩くエネルギッシュさを感じさせる。
その対比が、女性から受ける印象を大人しく、か弱いものに限定していなかった。
そして、また紫陽花と女性に目を奪われる。
見るほどに、魅入られていくような写真。
小和はひとつ息を吐いて、颯太に向き直る。
「うん、たしかに受け取ったわ。明日のミーティングでは、写真展の話するからサボらないでよね。颯太くんも、中原くんもね」
颯太と行哉はそれに渋い表情を浮かべながら、頷いていた。
翌日のミーティングでは、小和が予告していたように写真展についての話や決め事をした。
例えば、写真の配置の仕方。
写真展は毎年、学内のギャラリースペースで開かれており、入り口から順路に沿って『春』『初夏』『梅雨』と季節順に、エリア分けして写真が展示され、新入生のフリーテーマの写真は別にパネルで展示される。
エリアごとに、メインとなる一枚を大きなサイズで、他は二段で配置する。
そのフォーマットにしたがって、エリアごとに写真を撮ったメンバーでレイアウトを相談して決める。
颯太や小和、行哉のいる『梅雨』の展示エリアは、撮った人の個性や感性、好みが出ている写真が集まっていた。
行哉は、雨の日にキャンパス内でも人の往来が激しい道を、隣接する建物の最上階から見下ろす角度で撮影したものだった。そこに編集が加わり、モノクロの世界で、傘と道路脇の草、車両の進路を限定させるために置かれているプランターに咲く花だけが色を持っていた。
まるで傘の川を思わせ、道路脇の草は土手、プランターは中州のようで、センスの塊のような面白い写真。
小和は、レインウェアを着て長靴を履いた幼い子供が子供用なのに大きく見える傘を差して、隣を歩く母親を見上げる後ろ姿を撮影したものだった。隣を歩く母親の眼差しは子供の方に向いており、またいつでも手を繋げるように、子供がいる側の手を空けて伸ばしかけているようにも見える。
小和が散策中にたまたま出会った、傘デビューの散歩をしている親子連れの優しさと微笑ましさに満ちた写真。
それ以外にも、叡山電鉄のとある駅のホームに咲く紫陽花と電車の写真、嵯峨野トロッコ列車から撮った雨が降り霧が薄っすらかかる保津峡の写真などがあった。
どれもそれぞれに魅力的な写真だったが、『梅雨』エリアのメインに据えられる写真は颯太のものに決まった。
写真展の準備が進んでいき、前日にギャラリースペースに写真を搬入し、キャプションと共に写真を壁に飾っていく。
受付には、印象に残った写真や感想などを尋ねるアンケート用紙を置いた。
準備が終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。
そして、帰る前に写真部の部員全員で、不備がないか確認するついでに観覧することにした。
最初の方のエリアでは、楽しそうに話しながら見ていて、写真を褒め合ったり、付けられている題名にダメ出しをしたりと和気あいあいとした空気だった。
新入生のパネルも、テーマの統一感がないけれど、これがいいと思っているという思いが伝わる写真ばかりだった。
『梅雨』のエリアに来ると全員の表情が変わり、強制的に足を止めさせた。
『梅雨』を担当している部員の写真のクオリティが他のエリアと比べると明らかに一段高く、明らかに空気感が違っていた。
そのなかでひと際存在感を放つ、颯太の紫陽花と女性の写真に誰もが目を奪われ、言葉を失ってしまったのだ。
そんな部員たちの様子を、颯太と行哉と小和の三人は少し離れたところで見ていた。
想像以上の反応のよさに、三人は静かにハイタッチをかわした。
『君は梅雨に咲く』
颯太が撮った写真には、そんな題名が付けられていた――。




