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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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11/20

居心地がいい場所

 うとうととしていた颯太を起こしたのは、またしても部屋に鳴り響くインターホンの音だった。

 それと同時にテーブルの上に置いていたスマホが着信を告げるために振動をはじめ、一気に覚醒した。

 スマホを手に取ると、時間は十時少し前。着信は小和からだった。

 思わず姿勢を正して、着信に応じた。


「はい、もしもし」

「颯太くん? さっきから部屋の前でインターホン鳴らしてるんだけどさ」

「……すいません。鍵なら開いてます」

「そう? わかった」


 その言葉と同時に玄関の扉は開き、颯太はバタバタと玄関まで小和を迎えにいった。

 小和は昨日とは違いいつもの着飾らない動きやすい服装をしていて、その見慣れた姿に颯太は安心する。

 ただ昨日の今日なので、少しだけ気まずさと緊張もあった。

 小和は傘を立てかけ、スニーカーを脱ぎながら、


「中原くん、もう来てるの?」


 と、行哉の靴があるのに気づいて尋ねてきた。


「はい。朝早くに……というか、朝帰りのままここに来て、今は寝てます」


 小和は表情を一瞬だけ歪めるも、「お邪魔します」とひとこと言ってから部屋に上がった。

 颯太は先に部屋の奥へと行き、ぐっすり眠っている行哉を起こすために身体を強く揺さぶった。


「なんだよ、颯太」


 行哉はゆっくりと体を起こしながら、不機嫌そうな声を上げる。


「おはよう、中原くん」


 小和はわざとらしい笑顔で行哉に挨拶をした。行哉は小和が目に入った瞬間、飛び起きた。


「おはようございます、楠見さん。……って、なんすか?」


 小和はじっと行哉を見ていた。正確に言うのなら様子をうかがっていた。

 小和は持っていたスマホをいじりだし、すぐに行哉のスマホに通知が行く。


『余計なことしてないよね?』


 その短いメッセージの中に、小和が口止めをしたいのだということと、颯太に昨日のことを聞いてないか探りを入れてきたのだということを、行哉は正しく理解した。


『何も。てか、なんでチャンスを逃しちゃったんですか?』


 その返信の中に、行哉が颯太から話を聞いたということだけが小和に伝わった。


『うるさい』


 その返事と同時に、小和がキッと行哉を睨んだ。

 小和はすぐにいつもの表情に戻り、ローテーブルの上を綺麗にしている颯太に手を貸した。

 そんな二人の姿を、行哉は頭をかきながら見つめた。

 行哉にとっては、眩しすぎるほどに純粋で青春の甘酸っぱさに満ちていて、それはもう自分にはないものなので羨ましさを感じていた。

 ふと、昨日二人と別れてからの自分を振り返った。

 日付が変わる頃にバイト終わりの亜矢と合流して、そのまま一緒に飲んで朝までラブホテルにいた。今日の午後からの予定も亜矢とのデートで、それらが昨日の件に関する亜矢への対価だった。

 本当なら颯太や小和とは一緒にいることすら不自然なほどに、違う価値観で生きているという自覚が行哉にはあった。

 それでも繕わない自分でいられるのはここだけで、居心地がいい場所で、離れることができないでいた。


「そうだ。二人に写真のことで相談があるんだけど」


 颯太がそう切り出して、タブレットの画面を操作し始めた。

 小和は颯太のすぐ横に座り、行哉はベッドに腰かけて会話に参加した。

 客観的な視点で指摘と、忖度そんたくなしの感想を言ってくれる小和。

 写真編集の技術や知識、センスがこの中で頭一つ抜けている行哉。

 颯太は二人に今回の写真の編集の方向性を相談した。

 異なる編集をした紫陽花と女性の写真を、二人に見てもらった。

 その結果、颯太を含めて、どれがいいかという見解は議論もなく一致していた。

 素材のよさを生かすために、手を加え過ぎない方がいい――。

 颯太は、進むべき道がはっきりと見えた気がした。


 颯太の相談が終わると、まだ話を続けている颯太と小和を横目に、行哉は窓の外を見た。


「なあ、雨、小降りになってない?」

「まじで?」


 空が明るくなったように感じて口にした言葉に、颯太が食いついた。

 颯太は立ち上がって、窓を少し開ける。

 聞こえてくる雨音は小さくなっており、目に見えて雨足は弱くなっていた。


「本当だ。このまま止んでくれないかな?」

「ねえ、雨が弱まっているし、今から行こうか?」


 颯太の横に立って、同じように空を見上げながら小和がそう提案した。それに二人は頷いてみせ、出掛ける用意を始めた。


「颯太くん、写真は?」

「タブレットに移しているのを見せればいいかなって」

「ちゃんとプリントしたものがあった方がいいと思うよ。先にコンビニに寄ってプリントしようよ」

「分かりました」


 颯太は小和に、USBかSDカードからプリントできると聞き、USBにデータを移し始める。


「颯太。紫陽花の方の写真もプリントしよう」


 行哉が言い出したことに、颯太も小和も首を傾げた。写真の使用許可が必要と考えているのは女性が映った写真だけで、意図が見えないからだった。


「何のために?」

「まあ、必要ないかもしれないけど、保険くらいに考えといてくれ」


 颯太は口には出さないが、納得できないと顔に書いてあった。それでも行哉が言うのならと、紫陽花と夕焼けの写真のデータもUSBに移した。

 それから三人揃って、颯太の部屋を出た。

 空はだいぶ明るくなっていて、先ほど見た時よりもさらに小降りになっていた。


「まじでタイミングいいな。ツイてる」


 行哉が最初に部屋から出ながら空を見てそう呟き、思い出したかのように「あっ、昨日のビニ傘もらっていくな」と立てかけていたビニール傘に手を伸ばした。

 そのあとに颯太と小和が続き、それぞれの立てかけていた傘を手にしていた。残ったのは、行哉が差してきた颯太の折り畳み傘だけになった。


「このまま止んでくれたらいいけど。それで颯太くん、写真撮ったのはどの辺り?」


 颯太は鍵を閉めると、先に外に出て待っていた二人に向き直った。


「上賀茂神社から北山の方に抜ける道を入ったところにある住宅街です」


 そう答えて颯太が歩き始めたのに合わせて、行哉と小和もアパートの廊下を颯太の後ろを付いていく。


「そんな近くに、こんな綺麗な紫陽花が咲いているところがあったんだ」


 小和が表情を明るくして、興味を示していた。


「俺も知らなかった。てか、俺や颯太と違って、楠見さんは住宅街にけっこう写真を撮りに行ってますよね?」


 行哉は一番後ろを歩きながら、すぐ前を歩く小和に向けて疑問を口にする。

 小和が撮る写真は、街角スナップと呼ばれる街の風景や日常の一瞬を切り取るような写真をよく撮っていた。そのなかでも子供や家族連れを撮った写真が多く、そういう写真を撮るために住宅街や路地に撮影に行っていた。


「そうね。颯太くんがさっき言った辺りもたまに行くけど、気付けなかったわ。それに言い訳じゃないけど、西賀茂の方をメインにしているからね」

「たしかに、西賀茂の方が楠見さんの写真のイメージには合いそうですもんね」


 颯太は一番前を歩きながら話を聞いていて、納得していた。

 賀茂川沿いの道路を中心に加茂街道や堀川通ほりかわどおり、颯太が写真を撮った北山に抜ける道などは、颯太たちの通う大学の学生が通学でよく使う道だった。ただでさえ加茂街道や堀川通は交通量が多いのに、時間によっては大学生の乗る原付やバイク、自転車で溢れかえっていた。

 小和が撮りたい写真はそういう喧騒から離れた場所にあるので、学生が少ない地域を撮影場所に選ぶのは当前のことだった。


 そのまま話しながら、三人はまず近くのコンビニへと向かった。

 そこで颯太と小和が写真のプリントをしている間、行哉は朝食のときに颯太に貰った水を飲みながらコンビニの外でひとり煙草を吸っていた。

 それから上賀茂神社沿いの道路を歩き、大鳥居を横目に通り過ぎ、北山に抜ける道へと入った。

 そこを歩きながら、颯太が撮った写真と見比べたり、気になったものを写真に撮った。

 家の塀の上に置かれた動物の陶器の置物がかわいいと、小和はデジタルカメラを向ける。

 それ以外にも、車庫の屋根の下で陰干ししている小さな長靴や、ガーデニングの小さな花を写真に収めていく。

 行哉は、家の軒先にある鉢植えの陰にいた凛とした佇まいの黒猫にスマホのカメラを向ける。

 いつも写真を撮るときに使っている一眼レフがあればと嘆きつつも、普段からサブのカメラとしてスマホでも撮影しているので、スマホを手に被写体を探していた。

 比較的新しい家と古い建物を同じ画角に入れて撮影したり、家があった名残が周囲の家や敷地に残る空き地を撮ったりしていた。行哉が撮る写真は、パッと見で分かるセンスのいいものから、見る人に想像させるようなものが多い。

 颯太は数日前に写真を撮りながら歩いた場所のはずなのに、二人と歩くと全く違う場所にも思えた。

 そんな一人では気付けないことに、人の目やカメラを通して気付ける嬉しい驚きに溢れた楽しい時間だった。


 そして、赤い紫陽花の咲く家が見えてきた――。

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