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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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10/24

早朝の訪問者

 小和と行哉と三人で、河原町にご飯を食べにいった翌日。

 颯太は、部屋に鳴り響くインターホンの音で目が覚めた。眠たい目をこすりながら、枕元に置いてあったスマホを見ると、七時にセットしている目覚ましのアラームが鳴る少し前だった。

 さらに行哉からのメッセージや着信履歴が画面に表示されていた。

 それらのことから、インターホンを鳴らしているのは誰かというのは、寝起きで働かない頭でも分かる。

 颯太は部屋着のまま、ビニール傘が立てかけられている玄関に行き、鍵を開けた。颯太が扉を開ける前に、向こう側から扉が開けられ、やはりというかそこには行哉が立っていた。


「よっす、颯太。おはよう」


 行哉は挨拶しながら、まるで自分の部屋に入るかのように遠慮なく入ってきた。


「あっ、傘ありがとな。助かった」


 そう言い、ビニール傘の隣に昨日貸した折り畳み傘を立てかける。傘からは雨水が滴り落ちてくるので、ここに来るのにも差してきたのだろうことがうかがえた。


「それはいいけどさ、こんな朝早くになんだよ? 待ち合わせは十時だったはずだろ?」


 昨日ご飯を食べながら、写真の使用許可を三人で行こうという話になり、十時に颯太の部屋に集合という話になっていた。


「いやあ、家に帰ったら、確実に寝過ごすなって思って真っ直ぐ来たんだよ」

「お前、朝帰りかよ。そういえば、たしかに昨日と同じ服……てか、酒くさっ」


 颯太の脇を通り抜ける行哉から、酒の臭いが漂っていた。

 普段の行哉は匂いのケアには気を遣っていて、ほのかに香水のいい香りを漂わせているのだが、今はひどいものだった。


「そんなに臭い?」

「うん、かなり。酒と煙草の臭いがきつい」

「まじでか? シャワーは浴びたんだけどな」

「なら、一回家に帰って、シャワー浴びて着替えて来いよ」


 行哉は北大路駅からほど近いところに住んでいるので、往復してくるだけの時間的な余裕は大いにあった。


「さっきも言ったけど、帰ったら絶対に寝過ごす自信あるから。それでいいなら帰るし、そのときは小和さんに事情を説明してくれよ」

「わかった、わかった。じゃあ、俺の部屋のシャワー使っていいから、その臭いをまずはなんとかしろ」

「ありがと。あとシャツ貸して?」


 悪びれることなく言う行哉に、颯太は洗って畳んでいたタオルとシャツを渡した。

 それを受け取ると、行哉はバスルームに向かった。

 颯太は手早く着替え、いつもなら食パンで朝ご飯をすませるところだが、行哉もいるので近くのコンビニに何か買いに行くことにした。

 バスルームの扉越しに行哉に「コンビニに朝ご飯買いに行くけど、お前はどうする?」と声を掛けると、行哉はシャワーをいったん止めて、「俺のも何か適当に買っといて。飲み物はブラックのコーヒーで頼む」と答え、シャワーをまた浴び始める音が響き始めた。

 颯太は雨の中、ひとりコンビニへと向かった。

 行哉は颯太が帰ってくる前に、頭をタオルで拭きながらバスルームから出てきた。部屋の真ん中あたりにあるローテーブルの前に座り、テーブルの上にあるものに目を向けた。

 ところどころ付箋ふせんが貼られたカメラと写真の専門誌。付箋が貼られているのは、撮影のテクニックや編集のコツなどが書かれたページだった。

 スタンドに置いたタブレット、ワイヤレスのマウスとキーボード。昨日帰ってきた後に、写真の編集や整理をしたのかもしれない。

 テーブルの上を見るだけでも、颯太の勤勉さや真面目なことが分かる。そういうところを行哉は尊敬していて、単純に颯太の撮る写真のファンでもあった。

 行哉は雑誌を手に取り、パラパラと見ていく。文字を見ていると眠気に襲われそうになるが、そこにコンビニのレジ袋を手に戻ってきた。


「おかえり、颯太」

「おう。色々買ってきたわ」


 そう言いながらテーブルの上をざっと整理し、スペースを作った。

 そこに数種類のサンドイッチやパン、おにぎりを置いていく。


「好きなの選んでいいから。余れば、行哉が持って帰ってもいいし、俺があとで食べるから気にすんな」

「サンキュー。じゃあ、サンドイッチもらうわ」


 そう言って、行哉はたまごサンドに手を伸ばした。

 それを見て颯太は、自分用に蒸しパンを確保した。それから、レジ袋から行哉に頼まれていたブラックコーヒーを渡し、それとは別に水とプレーンのヨーグルトも行哉に手渡した。


「なあ、水とヨーグルトは頼んでなくね?」

「ああ、それは二日酔い対策。バイト先に酒好きな人がいてさ、二日酔いには朝シャワーと乳製品、あとは大量の水分がいいって言ってるの思い出したから、買ってきた」

「酒飲まないくせに、変なことだけ知ってるのな」


 行哉はプラスティックのスプーンをくわえ、ヨーグルトのふたを開けながらクスクスと笑う。


「そういう行哉は酒好きなのに、こういうこと知らないんだな」


 颯太は自分用に買ったカフェラテのペットボトルのキャップを開けながら、言い返しながら笑った。

 行哉はヨーグルトを食べ終え、コーヒーをひと口飲み、


「それで颯太。昨日あの後、楠見さんとどうなった?」


 そう尋ねると、颯太は口に入っていたパンを噴き出しそうになった。

 分かりやすく動揺している姿に、行哉はにやけ顔を浮かべる。

 行哉にしてみれば、昨日の小和の気合いの入り方を知っているので、告白くらいはしたものと勝手に思っていた。

 しかし、朝早くに颯太の家に来てみれば、颯太が自分の部屋に一人でいたので、小和と一夜を共にするといった大きな進展がなかったことには気付いている。


「どうって、何もないよ。行哉に言われたように、小和さんを家まで送ったくらいだよ」

「送っただけか?」

「そうだよ。送ったお礼にバス停近くのコンビニでコーヒーを奢ってもらって、小和さんの部屋で一緒に飲んだくらいだよ。飲み終わったら、すぐ帰ったし」


 行哉は聞きながら、呆れてため息が出そうになっていた。

 土壇場でヘタレた小和と、普通なら手を出してもおかしくないシチュエーションで何もしない颯太。

 しかし、それが二人らしいとも思った。

 それでも動揺したということは、小さくとも何かはあったということだろうことだけは察していた。

 行哉はそれ以上は踏み込まないようにして、そこからはいつもの何気ない話をしながら朝ご飯を食べた。

 昨日、三人で食べたご飯のこと。講義で出された課題の話。

 そして、写真の話。

 朝ごはんを食べ終えると同時に行哉は、


「なあ、ちょっと寝ていい? 楠見さんが来たら起こして」


 そう言いながら床に横になった。


「お前さ、最初からそのつもりだっただろ?」

「バレた? ここで寝れば、寝坊の心配もないからな」

「まあ、いいけどさ。寝るならベッド使っていいよ」

「ありがと」


 行哉はうように、ベッドに上がり、すぐに寝息を立て始めた。

 颯太はため息を吐きながら、テーブルの上を片付けた。

 そして、タブレットの前に座り直し、スリープを解除した。画面には、開きっぱなしになっていた写真編集ソフトが表示される。

 颯太はここ数日、自分の家にいるときはあの紫陽花と女性の写真の編集をしていた。

 編集の方向性に悩んでいて、いくつかのパターンで編集をしてみていた。

 素材のインパクトを活かして最低限の修正だけをしたもの。

 背景をぼかしたり、色彩を強調してみたりしたもの。

 モノクロやセピアなど、全体の色調を変えてみたもの。

 颯太はそれらを行哉と小和に見せて、相談をするつもりだった。写真の使用許可を取れたと仮定したうえで、火曜日の写真部のミーティングの後にと思っていたが、急遽その絶好のタイミングが今日やってきた。

 だから、昨日も遅くまで編集をしていた。

 いま画面に表示されているのは、セピア調の写真。

 色がなくとも紫陽花と女性の美しさが表現できるのではと思い、試しにやってみたものだった。

 寝て起きて冷静な頭と目で見れば、これはないと颯太は思うけれど、この見せ方がいいという人もいるかもしれない。

 絶対の正解がないから難しい。

 だけど、颯太の中には理想はあった。

 だから、写真を通して伝えたいものを表現しきれない葛藤や、どう編集しても感じる物足りなさに悩んでいた。

 この写真を撮る直前の一瞬の感動が、あの言葉にしきれないほどの美しさが、この写真には写っていない気がしてしまっていた――。


 部屋の外からは雨が降り続ける音が、すぐ近くからは行哉の寝息が聞こえる。

 そんないるだけでも眠気が誘われる空間の中で、颯太は集中して作業をし続けられる自信がなくて、気まぐれに紫陽花と夕焼けの写真を編集することにした。

 しかし、ほどよく腹が膨れたこともあり、まぶたは次第に重たくなっていき、気付かないうちにまどろみの中へと落ちていった――。


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