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笑顔が見られたと思ったら、今度はこれ以上ないくらい間抜け顔。
「香奈は俺の腹違いの妹だが?」
「……あ、あぁ、な、なるほど」
僕は香奈さんのほうを見る。彼女は怒ったらいいのか、泣いたらいいのか、笑ったらいいのかわからないようで、表情がぐちゃぐちゃになっていた。
柔道部の練習が終わり、最後の柔軟まで終えて、午後七時近く。
もう、帰らないと学校側から、怒られてしまうらしいので、西山先生はプロテインを飲みまくる部員たちを急かし、マネージャーが作った大きなおにぎりを持たせ、帰らせる。
「神村、お前は柔道部に入部するな。するよな。するだろう。するに決まっている。しろ」
両肩に西山先生の大きな手を置かれ、びっくりするくらい熱烈な勧誘を受ける。
今日一日で燃え尽きたというか、明日もこんな練習していたら、過労死しかねないと思い、保留にした。
体操服姿で柔道場を出る。荷物が二倍の重さになったように感じるほど、体が疲れ切った。
距離感が異様に近い香奈さんと駐輪場に向かって歩く。
「もう、なんで私が蒼真先生と付き合ってるとか、誤解しちゃうかな。まさか、神村くんに私が二股掛けている女と思われていたとか、ものすっごく侵害なんだけど」
「うぅうぅ、ご、ごめん。蒼真先生がカッコイイから、香奈さんとお似合いで……。なんなら、男嫌いな香奈さんがザ・イケメン男って感じの蒼真先生と楽しそうに話してたら、もしかしてって思っちゃったんだよ」
「それを言うなら、神村くんだって歩ちゃんと距離近すぎるし、女の子全員に優しいし、私のことが好きならもっといっぱい話掛けてほしかったし……、かまってほしかったの……」
香奈さんの声がどんどん小さくなっていく。
最後のほうはもうほとんど聞き取れなかった。日は沈み、薄暗くともやっぱり赤い頬はよくわかる。前より、目を合わせてもらえない。
「香奈さん、中間テストも終わったから、夜、また電話しない?」
「……か、神村くんがどうしてもっていうなら、仕方なくやってあげなくもないけど」
「ありがとう。その……、女々しいかもしれないけど、香奈さんがいない高校生活はものすごく寂しかったんだ」
「……わたしも」
梅雨が近くなり、空気が湿っている。それでも、夜に吹く陸風はとてもさっぱりしていた。
風がほど良く熱った頬を撫でると、少しくすぐったい。
部活を続けるかどうかはまだわからないけれど、香奈さんの隣にいたら高校生活は退屈しないと思える。なら、無理に決める必要はない。
「じゃあ、また、明日」
「うん、また明日」
香奈さんは車で帰るそうなので、自転車小屋で別れる。
「今回のテストで点が高かった教科の数分、ジュースを奢りだからね。私が全部勝ったら、喫茶店のジャンボパフェを神村くんのおごりで食べに行く」
「ちょ、そんな約束していないでしょ」
「今したっ!」
香奈さんは無邪気に笑って、敦賀市立体育館の方に走った。
まったく、仲直りしたんこれだもの。でも、今回のテスト、多少は自信がある。どれだけ香奈さんの頭がよくとも、学校内のテストなら僕にも勝ち目はあるはずだ。
その日の夜、いつも香奈さんの方から電話を掛けてくれたけれど、今日は僕の方から電話を掛ける。
二コールする前に彼女は電話に出た。
「香奈さん、外、見てる?」
僕は窓際に立ち、暗い空に満月ではないけれど、明るく輝く月を眺めた。
「うん、ベランダで涼んでるよ。もう、クーラーをつけないと暑くて寝られないかも」
「ほんと、最近は暑いよね。にしても今日は、月が綺麗だよね」
「え……」
香奈さんの声が一瞬止まった。なぜ、止まってしまったのか。考えても、何がまずかったのかわからない。
「い、今ならつかめちゃうかもね」
「ははっ、相手は月なんだからつかめないでしょ」
「……そういうところだよ、神村くん」
「え、何が?」
「なんでもなーい。今、私は月しか見えていないけど、ほかの星も見ちゃおうかなー」
「ほかの星も綺麗だからね。でも、僕はどんな星の集まりより、月が一番綺麗だと思うよ」
「……これだから天然沼男は」
何も悪いこと言っていないのに、香奈さんの雰囲気が軽く怒っているように思えた。
三〇分くらいしゃべって満足すると電話を切ってベッドに寝転がる。
次の日、中間テストの結果がほとんど戻ってきた。
テストの順位は大々的に発表されない。自分の各教科の点数と総合点、学年での順位が表記された、こよりのような細い紙が手渡される。
僕の結果に赤点はなく、すべて八〇点以上。九〇点越えの教科も多い。文理進学科は二クラス。六十人ほどの中で僕は一八位。まずまずどころか、好調のスタート。
「う、うぐ、た、耐え、耐えたぁ~!」
嵐山さんは数学で四〇点を取り、赤点をぎりぎり回避した。英語の点は高く、その他は六〇点くらい。部活で時間が取られているにしては、いい結果といえる。
「どれもこれも神村がうちらに無理やり突っ込んで、嫌でもわからせてきた結果だ」
「ま、間違ってないけど、言い方に悪意があるんだけど……」
「今後も、神村くんにお願いしたくなるくらい、すごかったよね。わからされちゃったときは、もう頭の中が弾けちゃうかと思うくらい気持ちよくてさ」
「ああ、確かにあの感覚は気持ちよかった。だが、神村、もうちょっと手加減してくれないと困るぜ。もうあの時は、こっちが無理だって言っても、やめてくれなかったからな」
「えっと、勉強会の話をしているんだよね?」
背後から香奈さんの声が聞こえた。頬を軽く赤らめ、口角がぴくぴくと震えている。
「それ以外に何があるの?」
「健全なお勉強会に決まっているだろう? 小日向さん、何を想像していたんだよー」
嵐山さんと楽間さんは首をかしげながら、無垢な子供のようなきょとんとした顔になる。
「う、ううぅ……」
香奈さんの頬は真っ赤に染まっていき、肩をすくめて僕の裏に隠れる。
「わ、私も神村くんにわからされたかったなー」
「僕より点数が高い香奈さんに何を教えたらいいのって話だけどね」
彼女が見せてきた紙に書かれている数字はさすがとしか言いようがなかった。全教科九〇点越え、総合一位……。
以前は見た目通りって感じだった。でも、今はちょっとあんぽんたんっぽい雰囲気なのに、才女というギャップ。それはそれで良い……。
僕は全教科点数で負けているので、彼女の要望通りカフェに行ってパフェをおごることになる。




