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中学の卒業式に告白した人が高校で隣の席だったらイチャイチャできるのか  作者: コヨコヨ


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 もう、休憩したい。そういう感情になると、逆に歯を食いしばる。ここで楽したらまた、楽するようになる。それは練習の効率を落としてしまう。


 僕は無理やりにでも立ち上がり、構えている西山先生に果敢に攻めた。力も体重も体格もないけれど、体力と速度、粘り強さならある。

 僕が怠けず攻めると、西山先生は不気味に笑っていた。何がそんなに面白いのかわからない。こっちは血反吐が出そうなくらいきつくてきつくて仕方がないのに……。

 相手の右袖をつかむ。これだけでは、崩せない。左襟を掴めば、すかさず背負い投げのモーションに入る。当たり前に防がれるとわかっているから、タイ落としに変えた。背負い投げと耐え方が異なるため、西山先生の体勢が少し崩れる。

 素早く戻り、一度下に引っ張って相手が身を起こそうとしたタイミングで背負い投げのモーションを起こす。だが、僕は右足ではなく、左足を前に出した。

 持っていた右袖を高く引っ張り上げ、空いた腹に腰を入れ込む。袖釣り込み腰という技だ。


「やああああああああああああ˝っ!」


 てこの原理の様に、弱い力で大きな物を動かせるのが柔道のすごいところ。

 実際、僕もうまくいくとは思っていなかった。ただ、気づいたときには西山先生をぶん投げていた。

 相手が飛んでくれたのか、うまく投げられたのか、どちらかわからない。

 でも、西山先生が目を丸くしているように見えた。軽く放心状態になっており、ぱーっと花が咲くような笑みになる。すっごく気味が悪い……。


 香奈さんは見ていてくれただろうか。軽く、視線を彼女に向ける。

 彼女は両手で口をふさぎ、声を出さないように我慢しているようだった。その後、握りこぶしを作り、太鼓をたたくように何度も振るっている。どういう心境なのだろうか。


 タイマーが大きく長く鳴り、三十分の乱取りが終了した。でも、これは一セット目。あと、もう一セットある。また、同じ回数、本気で技をかけあわなければならない。


「「ありがとうございました」」


 僕と西山先生は互いに頭を下げて、礼する。礼に始まり礼に終わるのが武道だ。

 彼の大きな手が振りかぶられると、僕の背中に力強くあたった。肺が口から飛び出そうなくらい痛い。背筋が曲がっていたのかもしれないし、ただはたきたかっただけかもしれない。

 西山先生は僕に何も言わず「五分休憩しろ」とだけ皆に伝えた。


「はぁ、はぁ……、手、手が……」


 体に力を入れすぎて、手がぷるぷるぷると、貧乏ゆすりみたいに震えた。

 水を飲むよりも先に、僕は香奈さんのもとに向かう。彼女は正座したまま動かず、僕が近づいても逃げようとしない。


「香奈さん、この前はごめん。あと、ゴールデンウィーク後に話しかけに行けなくてごめん。いろいろ考えちゃって、どうしたらいいかわからなくなってた。もっと早く、話して気持ちを理解し合えばよかったのに……」

「わ、私もこの前はビンタしてごめん。まさか、自分がこんなに嫉妬深いやつだとは知らなくて……、謝らなきゃと思っていても維持張ってばかりで……」


 僕と香奈さんが話し合っていると、誰かが近づいてくる。


「今は部活中だ。おしゃべりなら終わってからにしろ」


 声をかけてきたのは、蒼真先生だった。他の生徒に負けないくらい練習熱心で、今どきの先生にしては珍しすぎるくらい部活に真剣に取り組んでいる。汗で重そうになった柔道着がその証拠だ。


「蒼真先生、次の乱取り稽古、ずっと僕と組んでください」

「なに……?」


 蒼真先生は目を細め、僕をにらみつけてくる。彼は強い。彼に当たっていった生徒は年齢関係なく一度は投げ飛ばされていた。

 強い相手とはなるべく当たりたくないと思うのが普通だ。部活の終盤で、皆体力がなくなってきてヘロヘロの状態。人間だれしも疲れたら力を抜いてしまうから、強者を避けようとする。でも、僕は香奈さんの信頼を勝ち取るため、蒼真先生に勝って認めてもらわなければならないのだ。


「この前、僕は蒼真先生にダメ男呼ばわりされました。あの時は何も言い返せませんでしたけど、僕がダメ男じゃないってことを証明して見せます」


 蒼真先生の目を見て、力強く言い切った。場の空気が静まり返っていたけれど、気にしていられない。こっちは、好きな人との今後が掛かっている。


「やる気のあるやつは嫌いじゃない。お前が音を上げるまでとことんつきあってやる」

「僕は音を上げるつもりはありませんよ。次の乱取りで、蒼真先生に勝ってやります」

「できるものならやってみろ」


 蒼真先生から許可をもらい、次の練習の間、ずっと相手してもらえることになった。水をがぶ飲みし、少しでも体力を回復させる。

 すでに午後六時過ぎ。これが最後の練習になる。

 今日がダメなら、明日、明後日……。何度も戦えば、勝てるかもしれない。

 勝っても何かが変わるわけじゃないが、香奈さんの心をつかむために倒さなければならない相手なのは間違いない。


 帯を一度外し、上半身の柔道着だけ着直す。気持ちが帯と同じくらいよく引き締まった。

休憩時間が終わり、皆、乱取り相手と向かい合う。


 西山先生がタイマーをセットしている最中、僕は頬が痛くなるくらい強く叩いた。腕や肩、尻、太ももなど、いたるところを叩く。試合前になると、いつもやっていたことだ。それで気合を入れても結局負けていた。

 どうして、僕は勝ちきれないんだろうと、いつも考えていた。どこかで自分が勝っても、いずれ負ける。なら相手に勝ってもらったほうがいい。あんな男に負けたのかと思われたくなかった。だから、心のどこかで負けてもいいという気持ちがあったのではないかと、今になって思う。


 ――でも、この勝負だけは絶対に負けられないんだ。


「乱取り、二回目、はじめっ」


 西山先生の声と同時、皆、大声を出して気合を入れなおす。

 蒼真先生は僕の目の前で軽く跳ね、体の力を抜く。ずっと練習していたのに、表情に余裕が残っていた。

 下手なヤンキーや不良男子より何倍も威圧感があり、近づいたら危険だと人間としての本能が告げてくる。


 相手は自分より強い雄だ。ここは、逃げるんだと脳が警告してくるがすべて無視。

 好きな人の前で逃走するくらいなら、ここで死ぬ覚悟だ。

 蒼真先生が攻撃を仕掛けてくる前に、こっちから攻めまくる。

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