表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中学の卒業式に告白した人が高校で隣の席だったらイチャイチャできるのか  作者: コヨコヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/57

51

 一本投げたからといって、乱取りは終わらない。でも先輩が柔道着を着直している間、香奈さんの方を見た。

 壁際で正座している。ふと、目が合った。柔道場の熱気のせいか、彼女の頬はほのかに赤くなっているように見える。

 すぐに前を向き直し、先輩に軽く会釈してから、柔道着の袖と襟を狙いあう。

 僕が背負い投げや、一本背負いなどを使うとわかったからか、無理に距離を詰めようとせず、警戒している。組み合ってしまったら力が弱い僕はすぐに投げられる。だから、掴んだ瞬間がねらい目。まあ、相手もわかっているから難しいんだけど……。


 僕が背負い投げのモーションに入ると、先輩は対策して状態を後ろにそらした。その瞬間、右脚を彼の脛近くに下ろす。曲げた右脚を伸ばす勢いを利用し、体を捻って投げる。体落としという技だ。


「や、やっぱ、はえええっ!」


 僕がまた一本を取ると、香奈さんが口角を上げながら無意識に小さく手を叩いた。そんな仕草、初めて見た……。

 三分間に三年生に一度も投げられず、二回一本をとった。その様子を見ていた、他の部員たちが目の色を変えて、挑んでくる。皆、血気盛ん過ぎる。


 色々な相手と練習するのが強くなる近道らしい。積極的にお願いに来るということは、みんな強くなりたいってことか。凄い向上心だ。こっちまで、熱くなってしまう。


 僕は男子女子関係なく乱取りし、投げて投げて投げて投げる。投げられそうになっても堪えるか躱し、また投げる。僕の攻撃速度についてこられない者は投げられた。


 踏み込むたび、踏ん張るたび、畳がきしむ。周りから誰かが投げられたり、声を張り上げたり、うるさいはずなのに練習に集中しているからか気にならない。


 九回目の乱取りが終わった。ブザーの音が遠ざかっていくように間延びして聞こえる。

 僕はまだ蒼真先生と一度も乱取りしていない。せっかく香奈さんが見てくれているんだから、彼と戦わないという選択肢はなかった。

 蒼真先生のところに行こうとすると、目の前に巨大な壁が立ちはだかる。


「神村、相手してもらおうか」


 もう、他の高校生が子供に見える大きさの西山先生が不気味な笑みを浮かべた。雰囲気が鬼や弁慶を彷彿とさせる……。

 彼の体重は一二〇キログラム近く。僕の体重の二倍以上。太っているように見えて、お相撲さんと同じく全身筋肉の塊だ。今でこそ教師で落ち着いているが、噂によると若いころはオリンピック選手一歩手前まで行ったらしい。

 彼の前に立っているだけで、威圧感で押しつぶされそうになった。

 勝てるわけがない、そう思っているはずなのに逃げようとは思わなかった。むしろ、どうやって勝つか考えている。


 三〇秒のインターバルはすぐに過ぎ、ブザーが鳴る。一〇回目が始まる。


「「よろしくお願いします」」


 互いに礼してから、足を動かす。

 僕は軽く左右にステップを踏み、西山先生の全体像を見つめる。森の妖精トトロが超圧縮してヒグマと融合したような姿。ここまでの練習を見て来たからか、僕に対して油断も隙もない。普段はつぶらな瞳が、今は猛獣のような鋭さで僕を睨んだ。


 まず、柔道の戦いで有利になる奥襟は掴めない。加えて、僕のような力のない者のちょっとやそっとの揺さぶりで重心が動いてくれる体重差でもない。西山先生に道着を掴まれたら終わりだ。おそらく、彼はリンゴを片手で捻り潰せるだろう。握力八〇キログラムは超えている。


 ――守っていたら駄目だ。動いて、技をかけて、無理やりでも重心をずらすしかない。


 西山先生は優しくないので、柔道着も真面に持たせてくれなかった。袖を掴んだと思えば、弾かれ、襟を掴みにかかれば後ろに引かれる。強引につかみに行ったら……。


「つっ!」


 逆に西山先生に柔道着を掴まれた。前に出た右足が払われる。足払いという小技だ。上半身と下半身の使い方が完璧すぎて僕はドアノブのように回転し、投げられる。本当の試合なら一本ではないが技ありのポイントはとられるだろう。


「どうした、もう疲れたか」


 すでに二七分間全力で乱取りしているため、疲れは全身に重くのしかかっていた。まだ、三〇分間ランニングしている方が楽だ。

 常に足腰や上半身に力が入り、休める時間がない。そんな時に目の前からクマに襲われたら発狂ものだ。でも、今、すぐそこで香奈さんが見ている……。手を握り合わせ、視線を向けてくれている。

 投げられることは恥ずかしいことではない。そこから逃げるか、また立ち向かうかで大きく変わる。

 香奈さんの前で情けないところは見せられない。見せたくない。


 僕はすぐに立ち上がり、西山先生の右袖を片手ではなく両手で掴む。片手ではすぐに振り切られてしまうが、この形なら彼の攻撃を防げる。でも、この状態を続けていても勝てない。

右袖を深く落とし、相手の左襟に狙いを定め、一瞬で手を伸ばしつかみ取る。その勢いのまま、背負い投げの体勢に入った。だが……。


 ――お、おっもい。


 一二〇キログラムの人が足腰に力を入れ、重心を落としている。おそらく、体重以上に重く感じている。

 形は完璧に入っているのに、全然前に倒れない。


「もっと引っ張れ。腹に力を入れろっ!」


 西山先生は指導する余力がある。おそらく、投げ切るための粘り強さを指摘している。


 僕が元の体勢に戻ると「もう一回っ!」と叫ばれた。


「おっらあああ˝っ……」


 また、背負い投げの体勢に入り、突っ立っている西山先生を投げるため全身に力を入れる。ただ、力任せに引っ張っても絶対に投げられない。力の流れをつかむ必要があった。

 西山先生にいわれるがまま、また巨岩のような彼の体を引っ張って引っ張って、全身の毛穴から汗が全部出てしまいそうになるほど全身をびしゃびしゃにしながら、元の体勢に戻る。


 三度目、もう体に力が真面に入らない。


「おらああああああああ˝っ」


 声だけは大きく出しながら背負い投げの体勢に入る。中腰から膝を伸ばし、体をひねる。すると、一二〇キログラムある西山先生の体が浮いた。体重に引きずられるように、僕の体も彼に巻き込まれながら倒れ込む。

 でかい物体が畳にたたきつけられると、砲弾が放たれたのかと思うほど大きな音が響く。


「そうだ、それでいい」


 西山先生は何事もなかったかのように立ち上がる。十中八九、飛んでくれたわけだがそれでも僕のような小さな男が巨大な男を投げたという達成感は今までにないもので、息がたえだえにも拘らず、口角が持ち上がってしまう。

 タイマーを見ると、あと一分残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ