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放課後、ホームルームが終わった後、僕は荷物を背負う。廊下に掛けてあったエナメルバックを持って柔道場に向かう。
柔道部に友達はいない。中学のころ、高校の練習に混ぜてもらった時に話した程度。当時の三年生はいないから、今の三年生と二年生は一応、見た覚えがあるはずだ。最後に会ったのは去年の八月前だから覚えていてもらえているかわからないけれど……。
筋トレは続けてきたが、柔道をやるのはもう八カ月ぶりか。出来るか不安……。まあ、駄目でもともとだ。今日、勝てないなら、次の日、それでだめならまた次の日……。
一度きりの試合じゃないんだ。何度でも勝負できる。それに蒼真先生が負けても何のデメリットもない。
階段を降りて、一階の扉から外に出た。コンクリートの舗装がされており、靴を履いていなくてもスリッパで移動できる。
新体育館の東口が見える。すぐ近くにある通路を右に曲がれば剣道部やバスケ部の部室。その奥に柔道場がある。体育の時は簡単に来れたのに、いざ今から部活すると思うと、気が張った。試合に出る時と同じ感じ……。
すでに入口は開いている。扉を潜り、下駄箱にスリッパを入れる。
部活動体験とはいえ、部活は部活。何事も一発目が肝心だ。
「よろしくお願いしますっ!」
畳を踏む前に、お腹から声を出して挨拶した。もう半分、叫んだようなもんだ。頭を上げて、辺りを見ると、なぜかものすごく広く感じた。魚眼レンズで覗いているみたいな、変な感覚。でも、思わずにやけてしまう。
「おいおい、なんか威勢がいいやつが来たぞー。って、お前、粟中の神村じゃねーか。なんだよー、ここに来てたなら、来いよーっ」
どうやら僕は先輩に名前を覚えられていたっぽい。肩を組まれ、背中をバシバシ叩かれて、男子更衣室に連れていかれる。
中学で三年間も柔道をやっていて、初段(黒帯)を持っているなら、普通に練習させられるだろう。試合形式の練習が始まるまでの練習で、感覚を取り戻さないと。
僕はエナメルバックから柔道着を取り出し、パンイチになって着こむ。
「へぇー、やけに仕上がってんじゃんよ」
三年、二年の先輩に体を突かれる。陽翔くんが言っていた通り、下っ端だから仕方ない。
同級生の人達は、練習試合や試合で顔見知り故、当たり前のように僕のことを知っていた。
なんなら、二年生の先輩に粟野中学校の先輩もいたので、非常にアットホーム。逆になんで、僕が部活に来ないのかずっと謎だったらしい。色々あるんですよ……。
「えー、今日は神村が部活動体験として練習に参加する。初心者ではないから、優しくする必要はない」
西山先生が神棚の下で正座し、柔道場で並び正座している部員に伝えた。もう、担任の顔ではなく、顧問の顔になっていた。
その隣に、蒼真先生がいる。当たり前のように黒帯である。
男子ばかりかといえばそうでもなく、三分の一が女子だった。そういうと剣道部よりは多いのかな? というか、マネージャーが六名くらいいるんですが。柔道部ってモテるの? いや、おそらく蒼真先生狙いだろう。
部長さんが声かけすると、準備体操からの体育の柔道講習でもやった準備運動をこなす。もう、体を解すだけでも疲労が溜まる。
寝技、寝技の乱取り(寝技だけで戦う練習)、
僕の体型が女子に近いということで、練習相手が女子に……。今では、体育でも男女が別なのに寝技を掛け合ってもいいんですか!
「いたたたたたっ」
まだ習っていない関節技を掛けられ、普通に一本とられる。僕の体重が軽いから、寝技は決めにくく、苦手分野だった。
でも、女子からしたら男子が相手なわけで、他の力が強い男子だと相手になりにくいが、僕だとちょうどいい力加減らしい。それって、遠回しに力がないと言われているのでは?
寝技が終われば、打ち込み(技を掛けるが投げない)、投げ込み(技をかけて投げる)、という具合に練習が続く。
すでに、部活が始まって一時間近く経っていたが、香奈さんの姿はない……。彼女の姿がないからといって、練習に手は抜けない。だらだらした姿を見せれば、蒼真先生の口から香奈さんに伝わりかねなかった。
「よし、乱取りをやるぞ」
西山先生が言うと、タイマーがセットされる。三分間、インターバル三〇秒。十セット。
「周りに気を付けて、接触しそうになれば距離をとるように」
大きな返事が柔道場にこだまする。ここまでの練習だけで、熱気が凄まじい。水分補給しても、汗があふれ出て仕方がない。
もう、柔道着がびしゃびしゃ……。乾いている時の二倍はあるだろう。絞ったら汗が出てくるかもしれない。でも、それは僕だけじゃなかった。周りの者も、全員汗だく。そりゃあ、柔道場が臭いと言われても仕方ない。努力の証ってやつだ。
僕は蒼真先生のところに行こうとしたけれど、彼はすでに取られていた。別の人と一回目を戦うことに。でも、すでに勘は取り戻した。日頃の筋トレで、体力も付いている。おそらく、当時より調子がいい。
「じゃあ始めるぞっ!」
西山先生がタイマーのボタンを押すと、よく響くアラーム音が鳴り、「しゃぁあっ!」と威嚇でもするのかと思うほど、全員声を荒げる。
もちろん僕も「お願いします」と言ってから叫んだ。
そんな中、柔道場の木製の引き戸が開けられる。こそこそと、入り込んでくるのは非常に見覚えのある女子。ただ、そちらを見ている余裕はない。
目の前から十センチ近く背が高く、体重も二十キロは違う三年生の先輩が奥襟(首の後ろ)を取ろうと、力技で腕を出してくる。
僕は軽い。でも、その分、動きが軽やかだ。先輩の右袖を左手で掴み、手首を絞って落とす。
「うぉっ……、見かけによらず、握力あるじゃねえか」
相手の方が力は強い。無理やり払われれば、せっかくの隙は無駄になる。出来れば襟を掴みたかったが、背丈に差があるため十分空間は開いていた。
「おっらああああああっ!」
先輩の右脇を右ひじで挟み、体を捻る。一本背負いという技だ。前に重心が出ていた先輩は大きな円を描き、畳に背中から叩きつけられる。
「はっ……、はええ……」




