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「そうだな……、優が頑張っているのに、俺だけへばるのも情けねえ」
僕たちはラーメンを完食し、ソフトクリームも食べて店内を出た。
「じゃあ、俺、帰るわ。男として潔くしめられてくる」
「また、連絡するよ。陽翔くんも病む前に連絡して」
「ああ、頼りにしてる」
陽翔くんは敦賀駅の方に向った。一度落ち込んでも、立ち直る速さは一級品。何度転んでも起き上がる強さを持っている。だから彼はもっと強くなるだろう。柔道だけではなく、男としても……。
「僕も負けていられないな」
家に帰り、少しだけ勉強した。その後、さっさと寝た。まだ、香奈さんに僕の男気を見せる方法はわからない。でも、その前に僕が彼女を信じなければ、逆立ちの補佐に失敗したように相手が転んでしまう。
日曜日はテスト前最後の追い込み。昨日、勉強できなかった分を取り返すつもりでこなした。
一週間のほとんどがテストに使われる。その間、何かできないか考えるしかない。皆、テストで一杯一杯だ。でも、僕一人で何ができるんだろうか。
☆☆☆☆
日曜日が開け月曜日がやってくる。
「香奈さん、おはよう」
香奈さんは目も合わせてくれなかった。でも、無視されるとわかっていても、彼女に挨拶は忘れない。そうしていれば、溝は大きく広がらないと思った。
「机の中身を空っぽにして、鞄は廊下に出しておくように」
朝のホームルームで西山先生からそう言われ、僕は机の中に手を突っ込む。奥の奥にしわくちゃになった紙が手に触れた。広げると、部活動体験の申込用紙だった。
「……これだ」
ずっとどうしようか考えていたけれど、テスト前に方法が思いついた。テストを終えてからが勝負になるだろう。
ただ、今、他の女子と仲良くしてしまったら、また香奈さんにいけ好かない男と思われてしまいかねない。でも、困っている相手を助けないわけにはいかない。困っている人を見捨てるのは僕のポリシーに反する。
「あぁーんっ、神村くん、ここの問題、答えを見ても理解できないよっ、助けてぇっ!」
「そ、そこ、うちもわからん……」
午前中のテストが終われば、正午に帰宅できる。でも、わからない問題があると嵐山さんや楽間さんに聞かれたら、二人がわかるまで教えた。ただ、勉強会は学校の中だけにとどめておく。
お昼にファミレスや喫茶店に行って勉強会しようとか、カラオケで楽しみながら勉強会しようとか、誘われても断った。
すると、月曜日、火曜日は香奈さんに無視されていたけれど、水曜日は挨拶を返してくれた。
テスト最終日の木曜日、今日から部活が再開される。僕は中学時代に使っていたエナメルバックを家の棚から引っ張り出してきて、ずっと飾られていた柔道着を詰め込む。使い過ぎてくたくたになり、すんなり入ってしまう。
柔道着の重みが少し懐かしくなりながら、高校に向って自転車をこいだ。
「西山先生、ちょっといいですか」
ホームルームが始まる前、僕は体育教官室にいる担任件柔道部顧問の西山先生のもとに足を運んでいた。
「どうした」
「部活に入るかわかりませんけど、部活動体験させてください」
僕はしわくちゃになった部活動体験の申込書を差し出す。当時より、ずっとすんなり差し出せた。
威圧感のある西山先生が間抜けな顔になる。どうやら、僕のお願いが理解できないようだ。
「僕、柔道部にどうしても戦いたい相手がいるんです」
視界の先に、真面目に仕事に取り組んでいる、一番若い先生の姿がある。僕が西山先生と話していると、鋭い視線を一度こちらに向けた。
「はぁ……、わかった。今のお前に何を言っても引かなそうだからな」
「ありがとうございます!」
頭を大きくさげ、体育教官室を出る。すると、同じタイミングで蒼真先生も退出した。
僕より背が高くて、イケメンで、体格が男らしい人。その差は一目瞭然……。狼相手にチワワがにらみつけても、まったく無反応なのと同じように僕の勝手に出ている敵視オーラも感じていなさそう。ただ、新体育館の通路スペースで、彼は僕を見ないまま口を開いた。
「最近、香奈の元気がないんだが、神村、何か知っているか?」
「香奈さんの元気がない? 女子相手にはいつ戻り接しているように見えましたけど」
僕は香奈さんと話せていないから、彼女に元気があるかどうかわからなかった。逆に、蒼真先生は彼女と話す機会があるのか、彼女を気にしている素振りがある。
僕よりずっと前から香奈さんと面識があって、身も心も知り尽くしている人。
雰囲気からして、休みの日とか僕がいない所で話し合っている間柄だ。となると香奈さんからしてみれば、実の父親や僕よりずっと信頼のおける男なのだ。
なら、彼に勝つ、又は認められれば、僕も香奈さんからの信頼を取り戻せるはずだ。
教室に戻り、気を取り直してテストを受ける。全てのテスト科目を終え、普通の授業が行われた。まだ、テスト返しは出来ないようで、多くの者が溜息をついている。早く点数が知りたいのだろう。
僕はテストなど、終わってしまったことはもうどうでもいい。問題は香奈さんに謝って少しでも許してもらえるかどうか。そもそも、話すら聞いてもらえないかもしれない。
昼食の時間帯、香奈さんに謝りに行こうとしたがどこかに消えた。
「ねえ、神村くんと香奈ちゃん、最近、何かあったの?」
「前まで仲良さそうだったのに、いつの間にかギクシャクしているもんな」
嵐山さんと楽間さんから見ても、何となくわかるようだ。
「どうも、香奈さんの地雷を踏み抜いてしまったみたいで」
「えぇ、香奈ちゃんにも地雷ってあるんだー」
「そりゃあ、女なら一つや二つ、三つや四つ、五つ、六つ、七つ、八つ……」
とんでもない地雷の量だった。カンボジアの地雷原みたいだ……。そんな何個も埋まっている女子の地雷原から地雷を一つも踏まずに歩き続けるなど、男からしたらまず不可能。
父親もよく、母親の地雷を踏んで、後処理に追われている。この前は母親が炊飯器で五目御飯を炊いたが、おじやのようになり、ご飯も炊けなくなったのかとお茶らけて言ったら、爆発した。
「仲直りしたいんだけど避けられているみたいで……。だから、二人にお願いがあって」
「聞こうじゃないのっ!」
「しゃーなしな」
昼休みに話せないなら、休み時間にと思っていたが、その時間も教室から出て行ってしまう。とことん話を聞いてもらえない。
ただ、嵐山さんと楽間さんが香奈さんの近くで僕が放課後に柔道部に行くらしいという噂話をこなしてくれた。きっと彼女にも伝わったはずだ。
放課後が近づくにつれて、ソワソワし始めて、僕が視線を向けると無視してくるが、見ないと視線を感じる。
いったい、何を考えているんだろう。本当に猫か何かなのか……。でも、わからないから疑う、というのはやめた。
僕は彼女を信じる。良い人だろうと裏の顔がある人だろうと、好きになってしまったんだ。自分の気持ちに嘘はない。それで痛い目を見ても、自業自得というもの。きっと失敗談を陽翔くんに話せば笑って聞いてくれるだろう。だから、僕も僕の気持ちを信じる。




