40
遅刻ギリギリに登校。シャワーを浴びる暇もなく、汗まみれの状態。きっと放っておいたら汗臭くなるだろう。
カッターシャツを脱ぎ、汗びしょびしょのシャツも脱ぐ。やけになって筋トレしすぎて着替える時間もなかったから学校で着替える羽目に。替えのシャツと汗拭き用のタオルをリュックから取り出した。
息が上がって苦しい。汗が止まらず、濡れた体をタオルで拭く。脇はまだつるつるで、毛は生えていない。髭も生えていない。いつになったら男性ホルモンが仕事し始めるんだろうか。
そうなれば、筋肉も付きやすくなるのに……。
「か、神村くん、こっち向いてー」
隣から嵐山さんの声が聞こえてくる。名前を呼ばれたので、視線をそちらに向けると携帯電話を構えている彼女がいた。
「ねぇねぇ、その体を撮ってもイーイ? いいよねぇ~?」
鼻息を荒げ、今にも写真を撮ってきそう。男の上裸など撮ってどうするんだと思いながらも、僕はすぐにシャツを着た。インターネットは怖いので、なるべく撮られないに越したことはない。
「神村くんの宣材写真を撮って、王子様系アイドルとして売り出そうよー。きっと上手くいくよー」
「それ、歩が写真を撮りたいだけだろ」
背後で机に突っ伏していた楽間さんが即座に突っ込む。
「そんなことないよ。いや、本当に神村くんなら大手の事務所に入れちゃう気がするもん。私がマネージャーになって、沢山の王様系アイドルを間近で見て……、じゅるり……」
「欲望が口から出ているんだが。部活がきついからって現実逃避してんじゃねえよ」
「むぅう……、書道部の愛理ちゃんに言われたくないよ。走らず、先生からガミガミ怒られず、
ただ文字を書いているだけでいいなんて、楽でいいね。あぁーあ、私も楽な部活に入っていればよかった。一ヶ月前の私がバカだったよー」
「うるせえなぁ……。そんなに楽がしたきゃ、帰宅部にでも入れや。まあ、お前みたいなやつ、どんな部活に入っても文句しか言わねえんだろうな」
「はぁ?」
今日の喧嘩はいつもより寒気がすごい。いつものわちゃわちゃした言い合いではなく、ナイフとナイフを持った刺し合いのようだ。
生理なのかな? 僕にはそれがどれだけきついかわからないけれど、イライラするらしい。
以前は止められたけれど、今、手を出したら僕も火傷しそう。なんなら、両者のナイフの先が僕に向けられる可能性もある。
何とか仲直りしてもらおうと考えている間に、西山先生が教室に入って来て、出席を取り始めた。
昼休みになったが、未だに嵐山さんと楽間さんの仲がギクシャクした。自然に治癒されるのだろうか。
いつもは、二人で昼食を取る仲なのに、嵐山さんが別の女子グループのところに行き、楽間さんも別のグループに入った。
左前の空間に僕がぽつんと残る。まあ、いずれ一人になることは予想していた。一人になったからって死ぬわけじゃない。
僕は群れていないと生きていけない女子ではなく、男子なのだ。むしろ、あのギクシャクした間に挟まれるよりは、一人で食事した方が幾分か気楽だった。
昼休みが一五分ほどになったころ、携帯電話がピロリン、ピロリンと連続で鳴った。
液晶画面に映るのは嵐山さんと楽間さんからのメッセージ。
『外廊下に来てほしい』
『図書室に来い』
二人同時にそんなことお願いされても困る。
とりあえず、近い外廊下に出て、日の光と風を浴びながら嵐山さんのもとに向かった。楽間さんに少し遅れるとメッセージを送っておく。
外廊下の手すりを持ち、妙に項垂れながらツインテールを揺らしている嵐山さんを発見。
「神村くん、いきなりごめんね」
「いや、別にいいけど……。どうかしたの?」
「あはは……、今朝、私と愛理ちゃんの言い合い聞いてたでしょ。あれ、どっちが悪いと思う?」
「え、あぁ……、そ、それは……」
嵐山さんをフォローするべきなのか、楽間さんを軽く庇うべきなのか。正解がわからない。ただ、嘘を言うのも違う。覚えていないかなと躱すのも違う気がする。
嵐山さんは部活についての鬱憤をぼやいた。楽間さんはそんな彼女の弱さをぶった切った。
一件楽間さんが悪いように見えるけれど、怒りを爆発させたのは嵐山さんの方。おそらく、いつもなら笑って気にしなかったところが癪に触ってしまったのだろう。
「どっちも悪いし、でもどっちも悪くない……かな」
頬を掻き、揺れるツインテールの穂先を見る。
「どうしてそう思うの。酷いことを言ったのは愛理ちゃんだよ。まあ、私も書道部が楽でいいなとか言っちゃってたけどさ……」
「嵐山さんがなんで怒っているのか僕にはわからなかった。いきなり切れられてもどうしたらいいかわからないよ」
「はぁ、……そうだよね」
嵐山さんはわかっていたとでも言わんばかりに、大きなため息をつく。山と住宅地が見える外廊下。三つの校舎を繋ぐ外の廊下で二階に位置する。
校舎の天井には入れないが、外廊下に出れば外の空気が吸えて、ちょっと気分がすっきりする。そんな場所で彼女は今朝の喧嘩について考えていたようだ。
「私、B型なの」
「B型……。へ、へぇ……」
――だからなんですか?
「神村くんはO型でしょ」
「な、なんでわかったんですか?」
「雰囲気とか、一緒にいて疲れないし、私にあんまり嫌悪感とか抱いてなさそうだから。まあ、勘もあるけど」
「えっと、なんで血液型の話を?」
「私、典型的なB型で、よく頭に血が上っちゃうの。興味ないことはとことん興味ない。他の人が興味ない所に興味が出ちゃうとか……。まあ、要するに自己中なんだよね」
嵐山さんはツインテールの穂先を弄りながら突っ伏し、足を見下ろす。
「愛理ちゃんはBよりのO型かな。って、まあ血液型は別に関係ないんだけどさ、そういうの信じちゃうタイプなんだよね。だから、私は愛理ちゃんと仲がいいって思ってた。でも、図星を突かれて、かちんってきちゃって……。B型は図星を突かれると怒るの。ほんとプライドまで高くって嫌になるよ。おおらかなO型が良かったなー、って思っても仕方ないんだけど」
こちらを向いて、ちょっと泣きそうな顔で口を開く。
「どうしたら、仲直りできるかな?」
きっと誤ればいいことくらい嵐山さんもわかっているはずだ。でも、それができないから困っているわけで、女子友達ではなく、なぜか僕に頼ってきた。まあ、僕が喧嘩中近くにいたからという理由が大きいか。




