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「まあー、男に強いとか弱いとか、あんまり大したことじゃない。女と一緒で顔だ、顔」
「もう、愛理ちゃん。そこはオブラートに包もうよ。あと、顔だけが全てじゃないからね」
「手越のファンが、顔が全てじゃないとか言うなよ。あんなのが好きなのは、顔にしか興味がない女だろ」
「ちょ、それってどういう意味っ。てごにゃんは顔だけじゃないもん。歌声もダンスも、ユーモアまで持ち合わせていて、全部素敵なんだからっ!」
さっきまで平和だった空間が、急に修羅場モード。二人はその場で取っ組み合い始めた。まさか、昼休みに女子のキャットファイトを目撃するとは……。
男同士の殴り合いとは違い、細い腕同士で互いに力を入れ合い、わちゃわちゃしている。手を出すのも悪いし、言葉で踏みにじるのも悪い。
これ以上は見るに堪えないので、両者の手首をがっしりと掴む。どちらも思っていたよりも僕の力が強いと知ったのか、疑わしそうに握られている腕をじっと見つめた。
「喧嘩は駄目。暴力や強い言葉は、相手を傷つけてしまうから、無暗に使ったらいけません。せっかく友達になったんだから、仲良くしないともったいないよ」
「うぅ~、てごにゃんをバカにする人とは付き合えないっ」
「すぐに暴力を振るう女と仲良くは出来ないな」
プイっと、視線を背ける二人。似ていないようで、よく似ている。惹かれるべくして友達になったのだろう。
同い年なのに、兄として妹の面倒を見るってこんな感じなのかと想像してしまう。きょうだいが多い家庭は大変だ。
どうやって仲直りさせようか考えた。仲直りと懸けましてスカンクのおならと説きます。その心は、どちらも握手が必要でしょう。一人なぞかけして、両者の手を握る。
「握手、握手。はい、喧嘩はおしまい。これで、仲直り」
「なんで、神村くんが私たちと握手しているの?」
「そんなこと言っても仕方ないだろ。ド天然なんだからな」
両者は僕の行動を見て、クスクスと笑いだし、喧嘩の雰囲気がなくなった。
「まあ、そもそも喧嘩なんてしていないけどね」
「ああ、ちょっと戯れていただけだ。本当の喧嘩は、こんなもんじゃないぜ」
女子同士の喧嘩の話が僕の耳を擦る。背筋に怖気が走り、男子の知らない世界で言葉の武器を使った同族同士の殺し合いが勃発しているようだった。男子がいくら体を鍛えたところで、女子に蹂躙される未来が見える。女の子、怖い……。
「男相手に態度を変える女はやめた方がいいよ。自分のことしか考えていないから」
「男はバカだからな。ちょっと優しくされると、そういうやつにころっと引っかかるんだ」
うっ……耳が、痛い……。
それでも。こうして、女子たちの世界にほんの少し混ざれてる今が、ちょっとだけ楽しい。でも、その優しさに甘えていちゃ、ダメだ。
「ねえ、優くん、なにしているの?」
僕が嵐山さんと楽間さんの手を握っていたら、背後から身が凍り付きそうなほど冷たい声が掛けられる。
壊れた人形のように首を回し、声が聞こえた方に視線を向ける。そこに香奈さんが両手を組んで立っていた。
久しぶりに話し掛けられた気がする。ただ、この前のキッスと、先ほどの蒼真先生との関係が脳裏にチラつき、真面に顔が見られない。
丁度、嵐山さんと楽間さんから悪い女の子の話を聞かされていた。
香奈さんにニアピンで、僕も騙されている男なのかと自分を、好きかどうかまだわからない彼女を、疑ってしまう。
恋は盲目とよくいうし、相手の本性を見抜けないなど、よくある話だ。
でも、ついこの前まで星野さんと香奈さんが同一人物とわかっていなかった僕からしたら、素の状態で香奈さんについて見られたはずだ。
その彼女に、悪い所は一切見られなかった。もちろん、ちょっといたずらっ子のところはあるけれど、まだ許せる範囲。
「もう、お昼、食べちゃったんだ。ふぅーん、可愛い女の子と手を繋いで楽しそうに……」
「あ、いや、これは、その……」
僕の悪い癖が出て、頭の中が白くなっていく。言いたいことが色々あり過ぎて、言葉が纏まらない。考えている間に、どんどん意識が遠退いていく。しまいに、なにが言いたいのかわからなくなって、彫刻のように固まってしまうのだ。
「ご飯、食べないといけないから、何かあるならまたあとで」
香奈さんは僕が固まっている間に身を翻し、自分の席に戻ってしまった。僕の性格を考慮してくれたのか、はたまた単に呆れてしまったのか。
後ろ姿を見せながら去っていく彼女を見て、僕は首を横に振った。彼女が去って一度落ち着くと、少し考えが回るようになってくる。
口は禍の元、おしゃべりな父親からよく言われた。彼がおしゃべりだからこそ、人生の教訓として教えられた。「沈黙は金、雄弁は銀」ともよく言ってくる。だが、黙っているだけで金になりえるとは思えない。
「えっと、何がどうなっているのかな?」
「へぇー、優くんねぇ。ちょいと、どういう関係か、聞かせてもらおうじゃないかー」
嵐山さんは首を傾げ、顎に手を当てにやけている楽間さんが前に軽く出てくる。
「い、いや、別に何でもないよ」
「そういうもんは体の中からさっさと吐き出しちまった方が楽になるってもんだぜ。うちが全部受け止めてやるからさぁー、ほら、ほら」
「あ、愛理ちゃん、なんか言い方が厭らしいよぉ……」
「男子に吐かせるなら、こういうのが手っ取り早いだろ。あいつら、バカだからな」
楽間さんも香奈さんと同じくらい男子が苦手なのだろうか。いや、これは苦手というより、バカにしている感じか。って、僕も同じくバカ扱いされている?
「大したことじゃないから、気にしないで」
「そうかぁ、やっぱりうちみたいな包容力のない貧相な体じゃダメかー」
「愛理ちゃん、やっぱり面白がっているよね」
「うち以上に貧相な女じゃもっと駄目だろうなぁー」
「な、なにおお~っ!」
さっき仲直りしたばかりなのに、また喧嘩が始まった。
僕は小さな溜息を一つ。椅子に座って、香奈さんの方を見た。彼女は一人でメロンパンをかじっている。
少々ふくれっ面になりながら、もしゃもしゃと口を動かし、イチゴミルクで流し込んでいく。
食事中に話しかけるのも気が引けた。放課後に話せばいい。そう思って、昼間は彼女の元に行けなかった。
休み時間に声をかけるくらい出来たはずなのに、たった数メートルの距離があまりに遠い。
周りに人がいると、それだけで話しかけづらく、尻ごみしてしまう。
そもそも、僕は彼女に何を言いたいんだろうか。




