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星野さんはぬいぐるみを抱くと、視線を一度下げた後、ゆっくり上を向き、感謝してくれた。尊過ぎて鼻血が出そうだ。
プリクラ機にも入り、手慣れていないながらもデコレーションで楽しむ。女子たちが嵌る理由が何となくわかる気がする。加工があまりに極端で、笑いそうになったけれど。
「はははっ、目が凄く大きいっ。これじゃあ加工がない現実の星野さんの方がずっと可愛いよ」
「……っ~!」
星野さんは声にならない音を喉から鳴らす。プリクラ機から出てきた写真で顔を隠した。表情は見えないが、両耳が真っ赤になっており、何かしらに羞恥心を得ているようだった。
「えっと、今から本町通を歩いて、新田珈琲に行こう。そのまま、氣比神宮にお参り……」
僕たちは六階からエスカレーターで一階まで下りた。すぐ近くの東入口から幅の広い歩道に出る。グッと伸びて深呼吸。体に力が入っていたからか、肩が凝っているような気がした。
このまま、北上するように歩いていれば、目的地がある。
商店街通りだけれど、人はまばら。敦賀駅がすぐ近くにあるため、観光客らしき人達がちらほら。近年、東海道新幹線が金沢から敦賀までのびた。東京から一本で敦賀に来られるが、逆もしかり。敦賀から東京に一直線で行けてしまうのは、人口減少が進むだけな気もする。
僕はこの街が嫌いじゃなかった。キラキラしている都会というわけでもなければ、超絶ド田舎という訳でもない。
東京、大阪、愛知に近すぎず遠すぎず、京都と石川(金沢)に挟まれているのに古都じゃない。それでも、ここは日本中どころか世界に繋がっている。そんな話を父親から聞かされていた。どう繋がっているのかは知らないけれど。
歩いている間、映画の話で大いに盛り上がった。高校生になってドラえもんを熱く語り合うのも、変な感じだ。
でも、語れる映画はいい映画だと、星野さんは言う。どうやら、つまらない映画は語る部分がないらしい。
氣比神宮に向かている間にある、新田珈琲というお店の前にやってきた。珈琲の抽出競技で夫婦そろって日本チャンピオンになった経験のある凄いお店。創業一九四〇年。第二次世界大戦の終戦が一九四五年なのを考えると、老舗と言ってもいいのではなかろうか。
喫茶店ではなく、珈琲豆専門店。店内での飲食は出来ないが、飲料は売られている。店内に入れば、喫茶店以上に珈琲の香りが……。映画による軽い眠気が一瞬でかき消される。
アイスカフェラテを購入し、店内から出る。
「ん~、私にはコーヒーの違いがわかんないなー。全部美味しく感じちゃう」
「なんでも、上の方に行けばそうだと思うよ。プロ以外からしたら、美味しいか不味いしか判断のしようがないから」
高校生が珈琲を飲む理由など、大人っぽいから何となく、と言った理由が大きいんじゃなかろうか。
ブラックコーヒーとか飲めるけど、ジュースがあって、わざわざそっちを選ぶ気にまだなれない。
大人はジュースがあっても珈琲の方を選ぶ者が多そう。もしかするとあれも大人ぶっているだけなのかも……。
まあ、一つ言えるのは高校生でブラックコーヒーが大好きと言っている奴はだいたい嘘だ。偏見かな?
八百メートルほど歩いたころ、敦賀市民なら誰もが知っている氣比神宮が見えてきた。おそらく、敦賀に住んでいて知らない人間はいない。
創立は神話時代、少なくとも奈良時代(八世紀前、続日本記に七一七年と表記されている)。もう、よくわかんないくらい古い。
日本で一番古い木造建築と言われる法隆寺が推定六〇七年と考えるとまあまあ古い。なんか、法隆寺と比べると格が落ちるなぁ。
日本三大鳥居の一つで、でっかい赤色の鳥居が構えている。日本三大鳥居ってなんだよって話だけどさ。
「いつ来ても、デカイね」
「うん……。敦賀祭り(氣比神宮例祭)に来るたび、あれ、こんなに大きかったっけって思う」
「じゃあ、とりあえずお参りしていこう。ここって、何の御利益があるんだろう?」
「たしか、開運招福、厄除け・災難除け、交通安全・航海安全、縁結び、学業成就とか」
「盛に盛っていますなー」
「それだけ凄い神社ってことだよ。神前式(日本独自の結婚式)も出来るからね」
「えー、なになにー、優くん。私とそういうことしたいってことー?」
肘で体を突かれる。余計なことを言ってしまったと今更、羞恥心にかられる。
「さ、さあ、お参りに行きましょう」
僕は星野さんの話をはぐらかし、このまま大鳥居を潜る。森の中に作られたような静かな雰囲気が漂い、気持ちが落ち着く。
敦賀市民であれば、正月と夏に二度は訪れる場所だ。それ以外で来ても御利益を得られる。
本殿の賽銭箱に五円玉を入れ、神楽鈴に繋がった鈴緒を握って揺らす。たらいに缶を入れて振るっているような音が響く。
正月の時は大混雑するから一時的に取られてしまうため、もしかしたら鳴らした覚えがない人も多いかも。
「ねえ、なにをお願いしたのーって、定番の質問してみる」
「言わない方がいいって言うけど、あんまり関係ないらしいから、言っちゃおうかな」
「……や、やっぱりいい」
星野さんは遠慮して聞いてこなかった。
星野さんが幸せになれますようにってお願いしたけれど、伊奢沙別命(いざさわけのみこと、神様)は聞いてくれただろうか。
正月にもお守りを買っているのでわざわざ買い足さず、おみくじだけひくことに。
「正月でもないのにおみくじを引くって、ちょっと罪悪感があるよねー」
「お参りするだけで、大吉の伊勢神宮とは強さが違うからね……」
「どこの神社も、そこには勝てないよ。そもそも、強さとか関係ないよ」
おみくじを二百円で購入し、運勢を占う。小吉という何とも言えない結果。
――待ち人・来る、ぞんがい近し。縁談・多くて困ることあり、静かに心を定めなさい。恋愛・一線を越えるな。
僕は良くも悪くもないおみくじを読み込んだあと、星野さんの方に視線を向ける。
「大吉だった。私が大吉を引くなんて、珍しいー」
読み込み、小さくたたんでから財布に入れている。持ち帰りたくなるほどいい運勢だったようだ。なにが書いてあるか見て見たかったけれど、ちょっと遠慮しちゃうな。
祭り時でもない今の時期、氣比神宮にいても大して時間を潰せない。いつもならすぐ別の場所に行きたいと思うが、今日はそう思わなかった。もっと、この場所にいたい。二人切りになれるなど、もうないかもしれないのだから。
僕たちは本殿がある広場を出て、左側方向にある亀の池に歩いていく。亀の池というのにいるのは鯉ばかり。座れるベンチがあり、二人で腰掛ける。天井が着いた吹き抜けの休憩場で、噴水のように水が吹き出ているスプリンクラーを見ていた。
風情豊かで、気持ちが落ち着く。




