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「え、いや、そんなことは。ただ、その、星野さんが、中学の頃よりずっと可愛く笑うようになっていたから……」
僕は正直すぎる感情を言葉にした。
「高校生活で、すごくいい影響受けてるんだろうなって思った。星野さんを変えちゃうくらい影響を与えた相手がいるって思うと、ちょっと、悔しくて……」
正直、自分で何を言っているかわからなかった。でも口は止まらなかった。ただ、怒っていないということを伝えられれば良かっただけなのに。
――や、やってしまった。これ、絶対あとで、クっ! ってなっちゃうやつだよ。
「……ぷっ」
星野さんは口に手を当てながら、大笑いするのを必死にこらえているように見えた。加えて、耳がほんのりと赤らんでいる。
「そ、そうだね……。確かに、誰かさんのせいで中学の時より大分変っているかも」
誰かさんとは誰ですか? と口にする前に、彼女は左手に付けられた可愛らしい小さな腕時計を見やる。
「あ、もう映画が始まっちゃうよ」
「そ、そうですね」
僕と星野さんは南入口から入って左側にあるエレベーターで映画館のある六階まで移動する。上矢印のボタンを押すと、上層から下層に降りてくるのがランプの点灯でわかった。
待っているさい、星野さんが左側に立っていた。肩が当たりそうなくらいの距離。距離感が物凄く近い。手を握ろうと思えば握れそうだが、ちゃんと話したのは今日が初めての相手に、そんなの不可能。
「ねえ、優くん、握ってもらいたいものがあるから、ちょっと手を出して」
そう言われ、僕は左手を広げた状態で何のためらいもなく持ち上げる。すると、星野さんの右手の指が指の間にするりと入り込んでくる。
手の平同士がくっつくと、施錠したのかと思うほどしっかり固定された。これは、見るからに恋人繋ぎと言うやつでは……。
あったかい、柔らかい、小さい、スベスベ、つるつる、頭の中が彼女の手の情報によって一瞬で容量不足に陥った。
ネット回線が悪いのかと思うほど、思考がクルクルと回り続けて一向に状況が理解できない。
エレベーターが一階にやってくるとチーンと甲高いベルの音を鳴らしながら扉が開く。人が全員降りれば、僕はすぐに開閉ボタンや階層ボタンのある右側により、人の入りを促す。少しぎゅうぎゅうになり、星野さんを角際に寄せて僕が人の壁となって守るように立つ。
靴のおかげか、僕のほうがちょっと視線が高かった。
「星野さん、大丈夫ですか」
視線を背け、頬をやんわり赤らめていた彼女は「う、うん……」と小声でつぶやき、頷いた。
六階まで来るころには人が減り、大分余裕ができている。ただ、余裕があるのは空間だけであって、僕は依然として左手の触感に戸惑いまくっていた。
いつ放してくれるんだろうと思いながら、彼女の方を見ても、放す気配がない。
六階で降りる。左手側に静かで薄暗く暖色の光が差し込んでいる映画館、右側の方に白い光がちかちかと輝くゲームセンターがある。音ゲーやメダルゲームの騒々しい音が子供心を掻き立ててきた。
「えっと、ドラえもんでよかったの……。女子高生なら、コナンの方が人気なんじゃ」
「私はどっちも好きだけど、優くんとなら、ドラえもんの方がいいかなって思って」
「それ、僕が子供っぽいって思われているってことですかね……」
「ドラえもんは大人も楽しめるいい作品だよ。どれだけ子供っぽい作品でも、年齢的には子どもが作っているわけじゃない。立派な大人が作り出しているの。制作者たちが子供たちにどんな思いを伝えたいのか、それを読み取ることが本当の映画鑑賞ってもんだよ」
今日で一番星野さんっぽい雰囲気を感じた。ただ、それと同時にどこか、香奈さんの雰囲気も感じた。
ただ名前が同じだけで、見た目が全然違うのだからまったくの別人のはず。髪の長さや化粧も違う。なのに、どこか似ている。
「どうかしたの?」
「あ、い、いや……、何でもないです」
僕たちは映画館に入り、携帯電話と自動券売機を連動させ、入場券を手に入れる。キャラメルポップコーンとコカ・コーラを二人分購入したころ、入場誘導のアナウンスがかかった。
入場券についたキューアールコードを機械にかざし、店員さんから入場特典を受け取る。通常よりずっと薄い漫画だ。今回の映画に出てくる道具やその道具が活躍する話が乗っている。
アニメは子供のころから見ていたけれど、何気にドラえもんの漫画を読むのは初めてかもしれない。
シネマ六に入り、指定されたF一〇、F一一の席に座る。映画を見る時はだいたい中央辺りを取るのが僕の好み。
春映画なので、すでに二カ月近く経っており日曜日と言えど、人の数は結構少なかった。
生憎、僕と彼女の両端が開いており、人の存在が気にならずに映画に没頭できる……と思っていたのだけれど、肘置きの上で彼女と手を繋いでいた。左腕が当たったと思ったらいつの間にか、指先が絡み合っていて……。安定する。
「ねえ、みてみて、凄くない?」
星野さんは、胸の上にコーラが入った紙パックを乗せ、こぼさないよう背もたれに寄りかかりながらストローで飲んでいた。
僕は頭の片隅で、コーラが零れてしまった情景を思い浮かべる。電話越しに香奈さんからそんな状況が聞かされていたからか、咄嗟に右手で彼女の紙パックを支えていた。
「凄いけど、こぼしたら危ないよ」
「……そ、そうだね」
彼女は紙パックを飲み物ホルダーに置いた。膝上に置かれたトレイに乗っているポップコーンを摘まみながらポリポリ食べている。
その横顔を見ると、楽しんでいるように見えた。いつも無表情だったのに、この状況に楽しんでくれていると思うと、コカ・コーラがより一層甘く、炭酸が強めに感じた。
携帯電話をマナーモードに設定し、ポケットに突っ込む。




