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五月三日、天気は晴れ。今日が早く来てほしかったような、こないでほしかったような。今日まで感情が乱高下し続けていた。その原因の日が時間の流れと共に、勝手にやってきた。
僕はこの日のために、ユニクロで揃えた清潔感溢れるコーデを何度も鏡の前でチェックした。靴は奮発して一万円くらいのニューバランスの白スニーカー。
超高級ブランドでまとめた服装ではないが、香奈さんが教えてくれた服装に似ているので、ダサくはないはず。
母さんはいきなり洒落こみだした僕の背後に女の子の存在を察していたかどうかわからない。でも、着替えた僕を見てほんのり眉を上げて一言。
「今日の夕飯は赤飯よ」
何かを察したらしい。いつもは的外れなことを言うのに、こんな時だけ超鋭い。恐るべし母センサー。でも、別にお祝いするようなことじゃないから、的外れではあるのだけれど。
バスに揺られて向かうは、田舎民の社交場・平和堂。待ち合わせ場所が近づくにつれ、心臓がドラムロールを刻み出す。
今はまだ五月なのに、脇や背中に汗がにじんで仕方がない。部活の影響か、運動習慣のおかげか、汗は結構掻きやすい体質だった。ときおり石鹸の香りがする制汗シートで脇や首回り、背中を拭いておく。
エチケットは、ほぼ完璧に仕上げたつもりだ。歯も磨いたし、鼻毛も処理済み。こ、コンドームは……持ってない。いや、たぶん必要ない。そんな日じゃない。
一階の南入口から中に入れば、すぐ右隣がケータリングコーナーがある。サーティーワンアイスクリームのポッピングな見た目のお店に若者が並んでおり、左側の花屋さんからいいにおいが漂ってくる。
日曜日のショッピングモールは非常に人が多い。まあ、遊ぶ場所が多くないため、必然的に固定の場所に集中してしまう田舎あるあるだ。
何か手土産でも持ってきた方がよかったかな。でも、あまり仰々しすぎても星野さんが困ってしまいかねない。
――香奈さん曰く、今日は星野さんと会って、ちょっと映画を見てお茶して、外を見て回るくらいらしい。うん、ちょっとデートみたいだ。
いやいや、ちがうちがう、そんなわけがない。きっと香奈さんが「面白いやついるから暇つぶしにどう?」とか適当なことを言ったに違いない。星野さんもきっと、同情とか義理とかで来るんだ、たぶん。
星野さんと会話らしい会話すらしたことない男に、こんなゴールデンタイムをくれるって、普通じゃないよな。いったい、香奈さんは何と言って星野さんに興味を持たせたのか未だに謎だ。
もう、いろいろ考えすぎてお腹が痛くなっていた。だが、今は逆にお腹が空いてきた。
緊張を通り越してしまった先は冷静に行きつくようだ。人間って不思議。
あまりにも体がガチガチで、まるで初期型の二足歩行ロボットみたいな動き方になってる。変な歩き方していないだろうか。
少しずつ、でも着実に進み、殺人ロボットかと思うほどゆっくりとケータリングコーナーを見回す。星野さんの姿を見つけるため、人々を見つめる。
サーティーワンの前を通ってひんやりと涼しい風が肌を撫でた。星野さんは見当たらない。
柱に取り付けられた時計は午前一二時五五分を示していた。まだ、待ち合わせの一時になっていない。遅刻だけはしたくなかったので、ほっと一息……。
そんな時、肩をトントンと叩かれる。叩かれた方向に振り返りたくなる習性でもあるのかと思うほど、僕の体は反射的に触れられた右肩側から振り返る。人差し指が頬に押し当てられた。
「ふっ、引っかかった」
星野さんが笑いながら背後に立っていた。
「どわあっ!」
あまりにもいきなり現れたため、僕は多くの人がいる中で、大声を上げた。驚かされるのに慣れていない。だから、お化け屋敷も苦手、と言うか、一度も入った覚えがない。
「ほ、星野さん、こ、こんにちは、え、えっと、神村優です。始めまして……、じゃないか」
もう、てんぱっている。この日まで、ずっとイメージトレーニングしていたつもりなのに、そんなもの何の意味もなさなかった。
「こんなところで立ち話もなんだし、座ろ」
グーサインを横に振り、左側にあるテーブル席に視線を誘導してくる。二人席にとりあえず腰かけた。
星野さんの姿が目の前にある。黒色の長髪、整った目鼻立ち、表情はうっすらとしていて落ちついた印象。
白に近いクリーム色のワンピースに黒いレギンス、焦げ茶色っぽいローファーを履いていた。制服や体操服姿しか知らなかったが、私服が可愛い……。
いつも猫背気味だったけれど、今日は背がシャキッと伸びていた。だからか、ワンピースでも胸もとの膨らみがわかってしまう。
午後一時三〇分ごろから映画が始まるが、まだ時間があった。すでにネット上で予約しているので急ぐ必要もない。ただ、そうなると間が持つか心配だった。
「こ、珈琲でも飲む? そ、それか、アイスでも食べる?」
「今はアイスの気分」
僕が席を立つと、彼女も立ち上がる。一緒に並び、ショウケースの中にあるアイスを覗きながら何を買うか悩んでいた。
「クッキーアンドクリームとポッピングシャワーのダブルで」
「バニラとチョコのダブルをお願いします」
紙パックに入れられた丸いアイスを受け取り、席に戻る。小さなスプーンでアイスを口に含んでも、緊張からか甘味がしない。
「きょ、今日は会ってくれてありがとうございます……。その、でもなんで僕と」
「……何となく?」
星野さんは緊張とか特にしているわけではなく、ごく自然にアイスを食べていた。どうやら、気まぐれで今回の話を聞いてくれたようだ。
僕のことが気になっているのではないかという淡い期待は、はなから信じていない。
でも、今は無関心でも興味を持ってもらえる可能性はゼロじゃないはずだ。
「神村くんって呼ぶか、それとも優くんって呼ぶか、どっちがいい?」
「ゆ、優くん……って」
僕はあまりに魅惑的な響きに驚いてしまっただけなのだが、その反応を見ていた星野さんは「じゃあ、優くんって呼ぶね」とうっすら微笑んだ。
――か、可愛すぎるっ!
だが、星野さんが僕の知っている彼女と印象が違うというか、中学の頃はもっと近づくなオーラを感じたのに今はそれがない。
高校生になって雰囲気が変わったのだろうか。環境の変化で、性格が変わることもある。彼女の心を溶かすような何かが高校生活で起こったのかもしれない。
――だ、誰だ。星野さんをこんなかわいい笑顔ができる女の子にさせた奴は。く、悔しすぎる。相手が女の子ならいいけれど、男だったら……。うわぁ~んっ。
僕が無言で、心の中の自分と悶えていると、星野さんはちょっと笑いだした。
「優くん、顔が怖いよー。何か怒っているの?」




