51 残された方法
賠償金すら支払われていなかった。それどころか、田中さんのお母さんまで亡くなって……。
私は彼の妹だけじゃない、あの人のお母さんまで死に追いやってしまった。私はあの家族を壊したのだ。この大きな罪を償う方法などあるのだろうか?
絶望的な気持ちに沈みながら、知佳は小さなアパートに帰ってきた。自分の持ち物はほぼ家から運び出したが、狭いクローゼットに入りきらない洋服や小物が、まだ段ボールの中に入ったままだった。
ふと自分の持ち物に目がいく。この小さなバッグも定価は数十万だ。あの段ボールにしまい込んだままの服も装飾品も、売ればお金になる。
必要な最低限のものだけ残して、あとは全て売り払おう。
「あの…これだけですか? 全部本物なんですけど」
山のように積まれたハイブランドのバッグや洋服を前にして、査定金額を見た知佳は茫然として言った。
「状態もいいし、箱もあるし、本物なのは分かるんですけど…どうしてもリユース品なので」
店員は淡々と事実だけを並べた。
「でもアクセサリー類は高めだと思いますよ。今、金は高いですから」
知佳は左手首にしている腕時計に目をやった。
――これは石黒の、本当のお父さんが大学入学祝いに贈ってくれたもの。でもこれも十八金だから……。
時計を外してみると、確かに刻印があった。一瞬だけ、知佳は躊躇った。
「これも一緒にお願いします」
時計を差し出しながら、少しでも躊躇ってしまった自分を恥じた。
――とてもこれくらいでは足りないというのに。
幼い子供ひとり、いや、田中さんの家族を奪った償いには、まるで足りていない。売却代金の受け取り手続きをしながらも、知佳の心は少しも軽くならなかった。
数日後、口座に振り込まれた売却代金を確認した知佳は、石黒家の顧問弁護士の事務所に向かった。
最寄り駅に着くと、駅からは人が溢れ、バス停には長蛇の列ができていた。
――学生の帰宅時間にぶつかったからかしら。それにしては……
駅の中へ向かおうとしたとき、近くを歩いていた二人組の会話が耳に入った。
「線路にも信号ってあるじゃん、あれの故障だって」
「だからバスが混んでるのかぁ」
その会話で、駅前の混雑の理由を理解し、知佳もバスの列に並ぶことにした。急ぎではないが、復旧をじっと待っているのも性に合わない。
バスに乗るのはずいぶんと久しぶりな気がする。見るともなしにぼんやりと窓外を見ていると、小学生の集団が横断歩道を渡っているのが目に入った。
真っすぐ前方を向いて手をあげながら渡っている子供もいれば、引率の大人の言うことに耳も貸さず、ふざけている子供もいる。
ふいに、あのころの記憶が蘇ってきた。知佳ではなく、詩歩としての記憶。
バスの中から見た光景、卵をぶつけられた男の少し丸まった背中。
――そうだった。私にはまだ、たったひとつだけ残された方法があった。




