49 決別
目の前でいきなり開いたドアに、父は少し面食らっていた。
「な、なんだ、食べる気になったか」
「いいわ、席に着くわ。話しをしましょう」
知佳と父がテーブルに着くと、母は無言で食事を並べ始めた。
知佳は今までずっと家庭内のことに無関心だった。無関心を装ってきた。父が、母そうだったように。だから、こんな風に感情をあらわにした知佳に、二人は戸惑って見えた。
「さて、何から話しましょう? 石黒家には、詩歩は裕磨さんとは血が繋がっていないことになっているそうだけど、そこからいこうかしら?」
「なっ!」
「詩歩、お父さんに向って裕磨さんだなんて!」
ふたりの反応するポイントがずれていて、知佳は苦笑いした。
「私が死んだあとも石黒家に居続けるために、苦労して話を作ったみたいね。でも晴美さんのご両親はそれで納得したのかしら? 会ったことすらない婚約者の子どもを身ごもった娘を見て……」
「な、なんてこと…なんてこと言うの。詩歩、あなた……」
奇妙な生きものでも見るような目で、母は知佳を見ている。
「おまえは…何が言いたいんだ」
不快な怒気をはらんだ声で、父は知佳を睨みつけた。
「こんな話、私だって未だに信じられない。だけど、言わないと分からないでしょうから、はっきり言ってあげるわ! 私は知佳なのよ、生まれ変わったのよ!」
驚きとも、疑いとも言えない、奇妙な表情が二人の顔に現れた。知佳は少し冷静になって付け足した。
「よりにもよって、あなたたちの子どもに生まれてくるなんてね」
「お前はどうかしてる。石黒の家に行って、感化されたんだ。知佳の名前もそこで聞いてきたんだろう」
すんなり、「はい、そうですか」となるとは思っていない。だが二十年前の出来事は、知佳にとってはたった半年前の話なのだ。
「そう……裕磨さんは私にプロポーズするとき、『形式を整えたほうがいいと思う』って言い方をしたわね。変な言い方だと思ったけれど、私も異存はなかったから、結婚したのよ」
次は、まだテーブルの前に立ち尽くしている母に向かって、こう言った。
「晴美さんが田舎に帰ったときに買ってきてくれたお土産。うさぎのキーホルダーだったわね。私、夫の浮気相手からもらったものを、最後まで車のバックミラーにぶら下げてたわ」
これを聞いて、能面のような顔をした母はゆっくり椅子に座った。この人だけは、薄々、気付いていたのかもしれない。
「知佳さん……ほんとうに、知佳さんなのね……」
晴美は懺悔でもするように、膝の上で手を組んでうなだれた。
「あなたは……私の、憧れの上司でした…。尊敬してたんです、ほんとうに」
「晴美、お前まで何を言ってるんだ!」
「だって、認めないわけにいかないじゃない。あなただって動揺してるわ」
「ぷ、プロポーズのときの話くらい、誰かから聞いた可能性だってある……そん…」
父の動揺ははっきり見て取れた。晴美との関係が露見したときと同じだ。
「そう? まだまだあるわ。晴美さんと病院で会った話をしたとき、あなたは浮気がばれたと悟ったんでしょう? 私は「おめでとう」とだけ言ったわね。それから……」
「もういい!」
裕磨は、テーブルに肘をつき、頭を抱え込んだ。
「なんだって、こんな……こんな」
「私のことが分かってもらえたようだから、本題に入るわ」
ふたりはギョッとして、知佳に振り向いた。
「前世の記憶を取り戻した以上、私はもう、あなたたちの娘として笑って暮らすことはできない。たとえ生物学上は肉親であってもね。だから、私にはもう…関わらないで」
まだ、とても「許す」という気持ちにはなれなかった。
でも、知佳はここではっきりと区切りをつけられたと、自分の気持ちを整理できた気がした。




