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復讐の願いが叶うとき  作者: 山口三


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48/57

48 孤立


 硬く目を閉じたまま、田中は()()の首を絞め続けた。苦しそうな呻きがわずかに耳に届いたが、聞こえてはいなかった。


 ――苦しい…ああ、どうしてこんな……田中さん、ごめんなさい……


 抵抗する気力もなく、意識が遠のく中で、知佳の胸を締め付けていたのは、田中への申し訳なさだけだった。


 視界が暗く染まり、それ以上なにも考えられなくなったとき、知佳の瞳から涙がひとすじ流れた。


 田中の手に涙が滴り落ちた。その温もりは一瞬だけだった。すぐに冷たくなっていく感触が手に残る。そこには死が迫っていた。


「はっ!」


「ゴホッゴホッ……」


 田中の前には苦しみに顔を歪め、激しく咳き込む詩歩が横たわっていた。


「し、詩歩っ! ああっ、すまない。すまない、こんなことをするつもりじゃ、ああ……」


 知佳はなんとか声を絞り出そうとしたが、咳き込んでしまった。苦しい咳をしながら首を縦に振る。




 おぼつかない足取りで田中の部屋を出た知佳は、大型のショッピングモールに入っていった。


 トイレに直行し、便座に座ると両手で顔を覆った。足が震え、立っているのはもう限界だった。


 ――本当に死ぬと思った。あのとき感じた怖さは、転生前には実感したことのないものだった。だが、それ以上に知佳を打ち砕いたのは、恐ろしい因果の事実だった。


 私が……田中さんの妹の命を奪っていた。


 私はふたりの未来が許せなかった。ただそれを壊したかっただけ。それなのに、こんな……自分が殺めてしまった人の兄を、愛してしまっていたなんて。


 これは私に与えられた罰? 復讐しようなんて考えた罰なの?


 どれくらいそこにいただろう。個室を出て鏡を見ると、首にははっきりとした痣が残っていた。


 スカーフを買い求めて、しっかりと首に巻き付ける。家に戻っても食事をとる気すらおきなかった。


 もう私はひとりだ。誰に頼ることもできない。


 こんな話は美咲にだって相談できない。田中さんがどうして、私の転生の話を信じたのかは分からない。でも、彼が信じたからといって、他の人も信じてくれる保障など何もないんだから。


 翌朝、ベッドに座って、見るともなくスマートフォンを眺めていると、遠慮がちなノックがした。


「し、詩歩。朝食ができたわよ」


「いらない! 放っておいて」


 思わず強くでてしまった。一瞬置いてから、去っていく母のスリッパの音が聞こえる。


 昼過ぎに美咲からLINEがきた。休みなら、代弁しておこうか? と聞いてくれた。この先、どうしたいか、どうすればいいか、何も分からない。大学を卒業したほうがいいのかすらも。


 現実は否応なく私に選択を求めてくる。それらもすべて、自分ひとりで考えていかなくてはいけない。



 外が暗くなり、無意識に明かりをつけた。と、今度は少し乱暴に扉がノックされた。


「詩歩、夕飯だぞ」


 裕磨……父だ。母が寄こしたのだろうか。


「いらないわ」


 朝と同じ言葉を繰り返す。


「昨日から何も食べてないんだろ? お母さんが心配してるぞ」


「食べたくないのよ。大丈夫だから」


「わがまま言ってるんじゃない、入るぞ!」


 父の声にも苛立ちが含まれていた。詩歩を心配しているというよりは、面倒を嫌っているのだ。二十年、詩歩をやってきたのだから、知佳にもどった今でも分かる。


 知佳もイラついていた。ドアが開けられる前に、自分から素早く開けた。


 

 

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