48 孤立
硬く目を閉じたまま、田中はそれの首を絞め続けた。苦しそうな呻きがわずかに耳に届いたが、聞こえてはいなかった。
――苦しい…ああ、どうしてこんな……田中さん、ごめんなさい……
抵抗する気力もなく、意識が遠のく中で、知佳の胸を締め付けていたのは、田中への申し訳なさだけだった。
視界が暗く染まり、それ以上なにも考えられなくなったとき、知佳の瞳から涙がひとすじ流れた。
田中の手に涙が滴り落ちた。その温もりは一瞬だけだった。すぐに冷たくなっていく感触が手に残る。そこには死が迫っていた。
「はっ!」
「ゴホッゴホッ……」
田中の前には苦しみに顔を歪め、激しく咳き込む詩歩が横たわっていた。
「し、詩歩っ! ああっ、すまない。すまない、こんなことをするつもりじゃ、ああ……」
知佳はなんとか声を絞り出そうとしたが、咳き込んでしまった。苦しい咳をしながら首を縦に振る。
おぼつかない足取りで田中の部屋を出た知佳は、大型のショッピングモールに入っていった。
トイレに直行し、便座に座ると両手で顔を覆った。足が震え、立っているのはもう限界だった。
――本当に死ぬと思った。あのとき感じた怖さは、転生前には実感したことのないものだった。だが、それ以上に知佳を打ち砕いたのは、恐ろしい因果の事実だった。
私が……田中さんの妹の命を奪っていた。
私はふたりの未来が許せなかった。ただそれを壊したかっただけ。それなのに、こんな……自分が殺めてしまった人の兄を、愛してしまっていたなんて。
これは私に与えられた罰? 復讐しようなんて考えた罰なの?
どれくらいそこにいただろう。個室を出て鏡を見ると、首にははっきりとした痣が残っていた。
スカーフを買い求めて、しっかりと首に巻き付ける。家に戻っても食事をとる気すらおきなかった。
もう私はひとりだ。誰に頼ることもできない。
こんな話は美咲にだって相談できない。田中さんがどうして、私の転生の話を信じたのかは分からない。でも、彼が信じたからといって、他の人も信じてくれる保障など何もないんだから。
翌朝、ベッドに座って、見るともなくスマートフォンを眺めていると、遠慮がちなノックがした。
「し、詩歩。朝食ができたわよ」
「いらない! 放っておいて」
思わず強くでてしまった。一瞬置いてから、去っていく母のスリッパの音が聞こえる。
昼過ぎに美咲からLINEがきた。休みなら、代弁しておこうか? と聞いてくれた。この先、どうしたいか、どうすればいいか、何も分からない。大学を卒業したほうがいいのかすらも。
現実は否応なく私に選択を求めてくる。それらもすべて、自分ひとりで考えていかなくてはいけない。
外が暗くなり、無意識に明かりをつけた。と、今度は少し乱暴に扉がノックされた。
「詩歩、夕飯だぞ」
裕磨……父だ。母が寄こしたのだろうか。
「いらないわ」
朝と同じ言葉を繰り返す。
「昨日から何も食べてないんだろ? お母さんが心配してるぞ」
「食べたくないのよ。大丈夫だから」
「わがまま言ってるんじゃない、入るぞ!」
父の声にも苛立ちが含まれていた。詩歩を心配しているというよりは、面倒を嫌っているのだ。二十年、詩歩をやってきたのだから、知佳にもどった今でも分かる。
知佳もイラついていた。ドアが開けられる前に、自分から素早く開けた。




