46 苦肉の策
あの日以降、田中から連絡が来なくなった。
――当然か。
あんな、生まれ変わりだとかいう話をされて「はい、そうですか」と受け入れられる人の方が稀だろう。
そうは思っていても、田中だけは自分の話を受け入れてくれると、どこかで信じていた。半信半疑でもじっくり話を聞いて、最後には理解してくれるだろうと思っていた。
あんな風に距離を置かれるとは思ってもみなかった。
もう、これで終わりなのだろうか。
それでも日常は進んでいく。最後にあった日から二ヵ月が経ち、大学内では早い人はもう就活の準備に入っていた。
「詩歩は、アパレル方面が希望だったよね?」
学食で少し遅めのランチを取りながら、美咲が質問した。珍しくさえない表情だ。
「アパレル……そうだったわね」
詩歩としては、そうだった。おしゃれが好きだったし、夢中になれることでもあった。だが今は? 知佳に戻った自分のやりたいことは何だろう?
「他人事みたいな言い方! あれか、お父さんの会社って手もあるんだっけ?」
「父の会社ではないけれどね」
「私、どうしようかなあ。悩む~」
裕磨は確かに石黒建設の取締役ではある。調べてみたが、二十年前と比べて業績は横ばいだ。だが裕磨が取締役に就任してからは、わずかだが数字は落ちてきていた。
裕磨の限界なのだろう。数字だけを見るなら、大きな問題はない。だが、二十年前を知る私には、それが停滞に見えた。
その夜、知佳は就職の件で石黒家に行きたいと裕磨に切り出した。
「就職? お前、石黒建設に入りたいのか?」
「第一志望ではないわ。色んな可能性を残しておきたいだけなの」
裕磨の腰は重い。石黒建設の会長とはいえ、肉親でもない相手。ましてや知佳の父親なのだ。
覚醒してから一度だけ、この門の前に立った。そのときは、こんなに緊張しなかったのに。
バッグを握る手に力が入り、動悸がする。父は、母は元気なのだろうか。
二十年を経て、知佳の生家もやはり変化があった。庭先にあった立派な桜の木がなくなっていたのだ。
「そこにはね、大きな桜があったんだよ。五年ほど前に枯れてしまってね」
庭に立ち尽くしていると、背後から懐かしい声がした。
――お父さん。
思わず声に出てしまいそうになる。
父の姿は知佳が予想していたよりもずっと老けていた。今は七十代半ばくらいのはずだ。厳しい仕事人間だった父の鋭い眼光も、今ではすっかりその面影がない。
「あ、こんにちは。今日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「君は妻に会うのは初めてだったね? さ、中に入りなさい」
客間には昔と同じ和装で穏かに微笑んでいる母がいた。胸がひとつ、大きく打った。本当は就職のことなんてどうでもよかった。ただただ、二人に会いたかった。
そして、できるなら知佳が死んだあとのことを知りたかったのだ。
だが、お茶うけにと、目の前に出されたのは「花かんざし」だった。それを見た途端、涙があふれてきて止まらなくなった。
「まあ、大丈夫? あなた、どこか具合でも悪いの?」
「す、すみません。私……これが好きなんです。この「花かんざし」がとても……」
知佳が落ち着くまで、二人は黙って見守ってくれていた。ようやく涙が止まってから、二人は自分たちの娘の話を知佳に語って聞かせた。
――結局、あのあとのことは聞けずじまいだった。
二人の話を聞いていると、彼らがどれほど私を愛してくれていたかが、身に染みてわかった。そして私を失って、二人がどれほど傷ついているのかも。
だから、私が死んだ当時のことを、また思い出させるような質問はできなかったのだ。
だが近所や親族には、私は晴美と亡くなった婚約者との子どもで、裕磨はその親子を受け入れた心の広い人だということになっていた。
――私が死んだあとも石黒家に居続けるための、こんな……苦肉の策を考え出したわけね。
まだまだ知りたいことはあるが、少しずつだ。
駅へ向かう途中、帰宅途中の小学生の列に出くわした。黄色い通学帽をかぶった子どもたちが列になって歩いている。
そういえば、私が起こした事故はどうなっただろう。新聞の記事では情報はわずかだった。きちんとした賠償は行われたのか、遺族はどうしているか……。
通知音が鳴った。スマートフォンを取り出すと、田中からのLINEが来ていた。




