44 告白
やはりこの人に会うと心が落ち着く。
待ち合わせて一緒に夕食をとったあと、田中の部屋に向いながら、知佳は改めてそう感じていた。
知佳としての記憶を取り戻してから、ずっと不安な気持ちが彼女を蝕んでいた。だが、田中の穏やかな声は一時的でも、それを忘れさせてくれた。
出張先での出来事を、田中はこと細かく知佳に話している。
つないだ手から伝わる温もりとともに、田中も知佳に会えて嬉しいのだと感じて、安心感が高まる。
部屋に着くと、田中は会えなかった分を埋めるように、抱擁と長いキスをした。そんな情熱的な態度は柄じゃないとでもいうように、少し照れながら、彼は手提げ袋を知佳に手渡した。
「もみじまんじゅう。ありきたりだけど」
「ありがとう、嬉しいわ。お茶を淹れるわね、一緒に食べましょうよ」
知佳がお茶を淹れる様子を、田中はじっと背後から眺めていた。知佳もなんとなく田中の視線を背中に感じていた。
ソファに並んで座り、お茶を口にしているときもそれは同じだった。
「なにか……あった? すごく見られてる気がするんだけど」
「質問に質問で返したくないんだけど……詩歩こそなにかあった?」
「えっ」
「なんと言ったらいいかな、雰囲気が変わったというか。前から大人びてるなって思ってたけど、さらに落ち着いたというか……」
一所懸命に田中は言葉を選びながら話す。
――自分では意識していなかったが、すぐ気づくほどの変化が私にはあったのだろうか?
「あの、それが……」
こんな話を――自分が元夫の子どもに生まれ変わったなんて話を、人は到底信じられないだろう。それはこの人だって同じはず。
そう思いながら顔を上げると、そこには心配そうに眉尻を下げる田中の顔があった。
「セラピーでなにかあったのか?」
「いえ……私自身もまだ信じられないの、だから……」
「心配だから、ちゃんと聞かせてくれ。それとも言いにくいことなのか?」
「話すのはいいわ、でもあまりにも突拍子がなくて」
私の話を誰も信じないだろう。でもこの人だけは違うかもしれない。
「今回、催眠療法を試してみたの。私、先生の想定より深く催眠状態になって……」
まだ少し心配そうな表情。でも耳を傾けてくれている。
「私、催眠の中で、自分がスケッチした自画像の人になっていたの。その人の過去を見たわ。ある人を好きになって、結婚して……でも裏切られたの。ありきたりな話だと思うでしょ」
一旦、間を置いたのは、意図したわけではなかった。ただそれを言うのに少しの躊躇いがあっただけだったが、それは劇的な効果をもたらした。
「でも違うの。彼女は、私の前世だったの」
ここで田中の目に驚きの色が現れた。疑っているというよりは純粋な驚き。
「それ、は……スケッチブックの女性が気になっていたから、夢に出てきた、とかじゃなくて?」
「私、彼女の生家に行ってみたの。庭のどこに桜の木があるのかすぐに分かったわ。不倫を知ったきっかけも知ってるわ。お母さんは略奪婚を知られたくなくてティーカップを捨てたのよ!」
「えっ、待って待って。ティーカップを捨てたって、この間の話? それにお母さん?」
ハッとした知佳は唇を噛みながら、ふと目を伏せた。だが再び顔を上げたときには、躊躇いの色はすべて消えていた。
「夫と部下が不倫してたの。私、その二人の子供に生まれ変わってしまったのよ……裏切られた上に、余命もいくばくもなかった。こんなひどい話ってある? 私にはもう何も残っていなかった。なのに、あの二人はこれから先を生きていく。それが耐えられなかった。だから……」
願ってしまった。それが、こんなことになるなんて、あのときは想像もしなかった。
「私、二人が幸せになる未来を壊したかったの。得体の知れないものと契約して、この命を捧げようとした。でも、死のうとした矢先、子供を轢いてしまったの」
田中の瞼がぴくりと動いた。
一気に感情をさらけ出してしまったあと、知佳は我に返った。部屋が静まり返っている。田中へ視線を移すと、彼はじっと壁を見つめたまま微動だにしていない。
「田中さん?」
田中はゆっくりと知佳に向き直った。
「君の、姓は……石黒だったね」
「えっ。ええ、そうね」
田中はゆっくりと知佳に向き直った。
「お父さんは……婿養子だと聞いていた」
「そう、私の…石黒知佳の婿養子だったから……」
無表情のまま、抑揚のない声で田中は壁に話しかけた。
「今日はもう帰ってくれないか……少し考えたいんだ」




