表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐の願いが叶うとき  作者: 山口三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/57

41 覚醒


 小学校に上がったばかりの由衣は、暗がりが怖かった。


 物心ついたころから父子家庭で育った由衣は、母親代わりでもある兄の不在が特に心細かったのだ。


 兄とは二つしか離れていなかったが、八つにしてはしっかり者の兄は、由衣の面倒をよく見てくれた。今日だってもう帰ってきていてもおかしくない時刻のはずだった。


 テーブルの上には、宿題のノートが開かれている。夕食のあとで、一緒に勉強するのは毎日のことだ。


 ――お兄ちゃん、傘を持ってないのかもしれない。


 先ほどの雷で停電したあと、居間の電球が切れたらしかった。薄暗くなった家に一人でいるのが怖くなった由衣は、自分用の黄色い傘をさして外に出た。


 少し歩けば大きな通りへ出る。そこには明るいコンビニがあるし、通学には必ずその前を通る。そこで待っていれば兄と会えるはず。


 ――あの角を曲がれば……。


「道路を渡るときは、左右を確認するんだぞ」


 兄の言葉が頭をよぎった瞬間だった。


 まぶしいライトと急ブレーキの音。それと同時に強い衝撃が由衣を襲った。



 *



 雨の夜道でも、黄色はとても目立っていた。だが、突然、角から現れた小さな傘は、ブレーキが到底間に合わない距離にあった。


 驚きと恐怖。その目と、自分の目がかち合った気がする。


 エアバッグに押しつけられたまま、知佳はそう思った。子供だった。まだとても小さい。

 

 子供の様子を見たかったが、体はびくともしない。首だけを動かしたとき、知佳の視界に、バックミラーにぶら下がって揺れているキーホルダーが映った。ウサギのキーホルダー。あれは晴美が私に買ってきてくれたお土産だった。


 ――あんなもの、早く捨ててしまえばよかった。そう考えているうちに、意識は遠のいていった。 



 次に視界に入ったのは白い天井だった。天井の蛍光灯がひとつずつ流れていく。


 知佳の体は小刻みに揺られているが、力が入らない。視線だけ動かすと周囲に人がいた。


 誰かの声がした。


「分かりますか? お名前言えますか?」


 冷静な声が知佳に問うた。その人を見ようとしたとき、視界の端に黄色が見えた。濡れた黄色に、赤が滲んでいる。


 それが自分のスカートだと気付くのに時間がかかった。


「意識レベル、反応弱いです」


 瞼が重くてもう目を開けていられなかった。


 だんだんと声も、音も遠ざかっていった。代わりに一定の間隔で響く電子音だけが耳に残る。やがてその間隔が途切れ、長く引きずる電子音が静かに尾を引いた――。




 *



 カチッと二度、スイッチを押すような音がした。先ほどまでの電子音とは違う音だ。


 体は柔らかい背もたれに支えられていた。開こうとした目に飛び込んでくる光が異常にまぶしい。知佳はゆっくりと目を瞬いた。


 見慣れない部屋と観葉植物。横で人が動く気配がして、頭を動かすと痛みが走った。


「石黒さん、大丈夫ですか? ここがどこか分かりますか?」


 知佳は、ハッとして体を起こそうとした。


「ここは――あの子供は? 私、私はどうして――」


 知佳の横にいた女性は、知佳を落ち着かせようと肩に手を置いた。


「落ち着いてください。ゆっくり呼吸して。石黒さんは一時間も催眠状態にあって……異例な長さだったんです。水です、さあこれを飲んで」


 女性はグラスに入った水を手渡した。水は心地よい冷たさで、体に活力が戻ってくるような感覚がした。


 ――催眠、状態だった? 


「ここは……」


「ここは心療内科クリニックです。あなたは今、意識が混濁している状態にあるようです。お名前を言えますか?」


「私……私は石黒ち……」


 大きなガラス窓に映る自分の顔が目に入った。


 石黒知佳と喉元まで出かかった名前が、頭の奥から浮かんでくる記憶に押し出された。


 石黒詩歩。


 次の瞬間、何かが軋んだ。


 その名前を思い出したのではない、思い出させられた。


 自分の中のどこか別の場所が、知佳より先にその名を呟いた。


 その気配がゆっくりと目を覚ますように動き出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ