3 再会
その街には、大きな大学ひとつがある。
田中は外回りの合間に、遅めの昼食をとれる店を探していた。
繁華街はスーツ姿の会社員と、講義を終えたらしい学生が混ざり合い、どの店も混んでいる。歩き疲れた田中は、適当に見つけたカフェへ入った。
空席は、窓際にひとつ。
そこに座っていた顔を見て、足が止まる。
――あ。
詩歩だった。
夜の街灯の下で見た時とは違う。光の下では、大学生くらいに見える。だが背筋の伸び方や、メニューを持つ指先まで、どこか作為的に整っていた。
向こうも気づいたらしく、目が合った。
「……あの時の」
「事故の」
同時に言って、どちらともなく笑った。
「座ってもいい?」
「どうぞ。空いてるし」
軽い調子だが、拒絶も歓迎もない声音だ。
田中は向かいに腰を下ろした。
間近で見ると、かなり整った顔立ちだ。服装も隙がない。学生というより、ファッション雑誌の中から抜け出してきたモデルみたいだ。
「学生なの?」
「うん。そっちは営業中?」
「まあね。昼休憩」
会話は途切れない。だが弾むわけでもない。
詩歩はメニューを開いたまま、店員を呼び止めた。
「これ、ミルク少なめで。あと、砂糖は別にしてください」
言い方は丁寧だが、どこか命令に近い。
店員が去ると、詩歩はふっと眉をひそめて、黄色い表紙のメニューを裏返した。それから小さく肩をすくめた。
「最近どこも甘すぎるのよね」
「そんなに違うか?」
「違う。一口ですぐ分かるわよ」
田中は曖昧に笑った。その迷いのなさに、少し圧倒される。
――きっと、味にも自分にも正直な人なんだな。
詩歩は注文したドリンクを一口飲んだ。
眉が、わずかに動く。
「……甘い、砂糖は別にって言ったのに」
そう言いながらも、飲み続ける。残すという選択はないらしい。
言えばいいのに、と一瞬思う。
「作り直してもらえばいい」
「いいわ、いちいち面倒だもの」
ふとグラスから顔を上げ、思い出したように彼女が言った。
「あの少年、どうなったのかしら」
その問いは、興味というより確認に近い。
「目立った外傷はなかったし……気になるのか?」
「別に。ただ、結果が知りたいだけ」
“結果”。
その言い方に、田中はひっかかった。
物事がどう終わったのか、その確認。ただそれだけ。
ふと思い出した。
大勢が遠巻きにしていた中で、彼女もまた立ち止まっていた。
駆け寄りはしなかった。だが、目を逸らしてもいなかった。
無関心と呼ぶには、その視線はあまりにも静かだった。
自分の外側で起きたことを、ただの“出来事”として眺める目。
感情が薄い、そんな風に田中には見えた。
田中が自分の考えに囚われていると、詩歩は首を振って言った。
「いいわ。ちょっと頭に浮かんだだけ」
「君ってさ」
口をついて出た。
「なに?」
「……怪我とか気にしない方?」
詩歩の動きが一瞬止まり、目が丸くなる。
「質問の意味が分かんない」
「いや、なんとなく」
そう、なんとなくだ。この子は、自分に向けられる痛みに鈍い気がする。
傷つかないわけじゃない。ただ、傷を数えないだけ。
そんな光景が頭に浮かんだ。
詩歩はグラスを空にすると、席を立った。
「じゃ、また」
軽やかな声色。
また。そう言ったのは彼女だ。
けれど約束ではない。
窓の向こう、人混みに紛れる背中はどこか危うい。
隙のない立ち居振る舞いが、かえって危うさを想起させる。
事故にあったのは彼女じゃない。
それなのに、胸の奥がざらつく。その背中から目が離せなかった。
それから……三度目は、夜だった。




