23 承諾
明確な言葉はなかった。
だがあの日を境に、二人のやり取りは変わった。
業務とは関係のない連絡が増え、会う理由も曖昧になっていく。それを、どちらも訂正しなかった。
林といる時間は、不思議と疲れなかった。
無理に会話を続ける必要がない。沈黙を埋める努力もいらない。
それでいて、放置されている感覚を覚えることはなかった。
――対等な相手はいない。
ずっとそう思っていたが、いつの間にかその前提を使わなくなっていた。
――どうしてかしら。
対等でなくとも、会話は不思議と噛み合っている。以前なら、どこかで引っかかり、対等であるかどうかを無意識に測っていたはずだ。
だが今は、それを考えることすらない。林といると、その必要がない。
自然に言葉が返ってくる。無理に合わせることも、相手を測ることもない。それがとても心地いい。
ただ、時折、ほんのわずかに気になることもあった。
例えば、連絡の間隔。
続くときは続くのに、ふとした瞬間に途切れる。理由を聞くほどでもない。だが、規則性がない。
――忙しいだけでしょう。
過去の話もあまりしない。
聞けば答えるが、自分から語ることはなかった。だが、それを不誠実だとは思わなかった。誰にでも、触れたくない領域はある。
――考えすぎね。
知佳は小さくため息を吐いた。
多少の引っかかりは確かにある。でも、それが関係を見直す理由には、到底ならなかった。
「知佳さん、最近いいことでもありました?」
米沢晴美だ。去年入社した新人。こちらの顔色をうかがうように笑いながら、どこか熱のこもった視線を向けてくる。
「特にはないけれど。どうして?」
「ええと~何ていうか、雰囲気が柔らかくなったというか……あっ、いえ、以前がきつかったって訳じゃなくて……」
「分かってる……まあ、自覚はないけれど、そうなのかもね」
晴美はどぎまぎした様子で必死に言葉を探している。チーフである自分におべっかを使おうとしているのではないだろう。そんな器用なタイプには見えない。
――こういう子は、変な方向には進まない。知佳は無意識にそう思っていた。
ある日の帰り道。
「将来のこと、どう考えてますか」
林がそう言った。唐突だったが、会話の流れから外れてはいなかった。
「……仕事も含めて、です」
言葉は慎重に選ばれている。
「このまま関係を続けるなら、その……形式も整えた方がいいと思ってます」
少しだけ、間が空いた。考えているというより、確認しているような感覚だった。何を基準にしているのかは、はっきりしない。
大きな欠点はない。仕事への理解もある。距離感も適切。そういう整理が、一瞬で終わる。
――問題は、ない。
それなら……これ以上、何を迷う必要があるのだろう。
「……いいわ」
言葉は、考えるより先に出ていた。言ってから、少しだけ遅れて実感が追いつく。
ああ、そうか。そういうことなのだと、静かに納得する。林といる時だけ、自分が少しだけ変わることには気づいていた。
それが何を意味するのか、深く考えはしなかった。
迷いはなかった。
少なくとも、その時点では。




