加害者の居直り
お前のせいで私はこうなったのよ!
「すまないがボン、やはり『敵の悲しい過去』にだけは手出しできんよ」
「本当に、ボンさん! いくらなんでも『悲しい過去』へのツッコミは失礼ですよ!」
「みんながツッコまなすぎるんだよ!!」
ボンとククレアは普段通りのやり取りをした。
耕太郎は、くつくつと笑い始めた。
「いいよなあ、ボン……あの時の質問さ。お前本当は知ってたんじゃないのか?」
「なんのことです……?」
「俺はな、これでも自分の事は知ってるんだ。『なんで政治とカネ』とカタカナなんですか?
空白の二十年とは何をさして空白なんですか?』お前はそう言ったよな? 入社面接で」
「ええ。僕はバカだから、よく新聞とかに出てくるけど、意味が分からないので」
耕太郎は爆発したように、
「俺にも、ほとんどの記者にも意味分かってねえよ!『カネ』は要は、よく分からないものを大袈裟に見せかけるためだけだ! 『空白の十年とか二十年』とかも、初めに作り出した有名小説家から『なんとなく書いただけで、人間に空白期間なんか無いし失礼だからもう止めてくれ』って言われる始末だ!」
「えええ!?」
「だがな……俺らみたいな才能ナシ取材力ナシの記者は、こう書くと記事が売れるから書かないとしょうがないんだよ! 俺も大馬鹿野郎だ! んなもん、自分で知ってる!
だから、あの時今までの自分の記事を全否定された気分になって……お前を追い出しちまったんだ……俺なんぞ、その程度だ! お前も実は知ってて聞いたんじゃねえのか!?」
「そんな、僕はそこまで頭が回らないですよ!」
ボンは必死で言った。
「そうか? 平凡人よお、お前はバカでドジで成績も運動もどうしようもなかった。けど、初めっから俺が欲しいもんを全部持ってたろう? どうなんだ!?」
耕太郎は指を突き付けてきた。
ボンは首を傾げた。
「僕が……なんかあったっけ?」
「ボンさんがバカでドジで成績が悪くてって、もう世界中みんなが知ってますからねえ。私、教会で初めてボンさんと会った時から『何もできなくて、凄いなあ』と思ってました」
「お姉ちゃん、ボンと耕太郎の世界だと、それは『悪口』になるらしいよ。けど、なんかあったっけ?」
キャワキャワは、
「あ、そうだボン。私が貸した漫画、もう30冊くらいでしょ。早く返してよ」
「キャワキャワさん、あのギャンブル漫画ちょうどいい所なんだ! ギャンブルと超能力バトルの組み合わせって最高だね」
「……ボンさん? なあんか、キャワキャワさんといつの間にか仲良しになってたんですねえ。そもそも“着ぐるみ魔王軍”であるキャワキャワさんと! さっき、思わせぶりな……というかほぼ告白したばっかりの癖に! やっぱりからかってたんですね!?」
「い、いやククレアさん、ほぼ、じゃなく全力告白だったんだよ……」
「そ、そうよククレア! その話はさっきしたじゃない!」
「そもそもキャワキャワさんの方が綺麗だし、頼りになるし、ちょっと体形が丸い方が男のタイプだと雑誌に書かれてましたね!」
「私は丸くないわ! スクワットして、足腰を鍛えているのよ! 秘儀“早歩き”のためにね!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐボンたちを、ジンチェンコは「フン……」と見守っている。
「それだ…その雰囲気だよ。ボンよ」
耕太郎はつぶやいた。
「お前は何にも無いようで、初めから全部持ってたんだ、俺はな、ずっとお前が羨ましかったんだよ、現世の頃からな。お前には一生分からないだろ……『地方新聞で記者をやってる』ってだけで、ひたすら後輩にマウント取ってた情けない俺の気持ちはな」
「…僕はそんな風に思ったことは……少しはあったかもしれないかなあ。僕はバカだけど、多分周りに思われてる程のバカじゃない……耕太郎さんはいい先輩だけど、『自分より力が低い僕だから親切なのかなあ』と思ったことはありました。けど、結局はいい人だからそれでいいじゃないですか。成績がよくて新聞社に入社したって普通に凄い事だし、誇りに思っていいじゃないですか。どうして……」
まるで、耕太郎が自分に劣等感を抱いたような事を、今更何故言ってくるんだろう?
「くっははは! やっぱりだ! お前は、なあんにも分かってないんだよ……! この世界でも、現世でもてめえがどれだけ恵まれているのかをなあ!」
その台詞に、ボンは心臓に痛みを感じた。
耕太郎は、僕があの後、ビルの屋上から飛び降りたことを知っているはずなのに、『恵まれた存在』なんて。
「耕太郎! このボンクラボンに、何を言ってもムダよ!」
金冴は笑いながら、胸元から漆黒だけに彩られた正立方体の箱を取り出した。
それは不気味に笑う羽虫の集団のような、どす黒い光を放っていた。
「このボンクラは、そもそも私たちがなんでこの世界に来てるのか? それさえ考えもしない、自分の身だけがカワイイ、ボンクラなんですからねえ!」
ボンは、はっとしていた。自分が逆世界に来たのは、要は自殺したからだ。
つまり、金冴と耕太郎も一度死んでいる?
「どうしてですか!?」
金冴は、正立方体の箱のようなどす黒い声で、
「あんたが死んだ事が、全て私のパワハラの責任になったのよ! ネットの中傷は知っていたけど、まさかあそこまで『全否定』を食らうとも、親の実家の住所まで割り出されるとも思ってなかったわ! 私はあんたを死なせたかもしれない! そうでしょう。けど、私は家族を崩壊させられたのよ! 会った事もない奴らにね! 私の家の落書きは、いくら消しても一日で二倍増で復活、警察も『あんたの責任だろ』と取り合ってもらえない…!
私はね、これでも一円も稼がないアンタの代わりに10倍くらい働いてたのよ! 一年中不眠不休で正月に家族に会うこともできない! 私だって、自分の収入だけが可愛いってだけじゃない! 震災地とかに給料の半分を寄付したこともあったわ! あんたは知らないでしょう? というかアンタの稼ぎじゃ寄付なんてできない……!」
「はい、というか知らなかった。金冴さんが、寄付をしてたなんて」
「それが全て崩壊したわ! 寄付してたことも何故かバレて、『だからどうしたパワハラ殺人鬼』『社会のために今すぐ死ね』と延々に落書きが……私は気が付いたら、あんたと同じ場所から同じように飛び降りていたわ!」
「金冴さん!」
「分かっている。私があんたを殺した! やったことが自分に返ってきたのよ! けれど、私は……全てを否定された! 家族ごと全て! 私が上げた業績も、『実は自殺したヤツの手柄を奪ってたんじゃないか』とね! いくら否定しても奴らはキリがない」
「違う! そうじゃない……僕は金冴さんから酷い事を言われたけど、仕事ができない僕の分をやってたのは、間違いなく金冴さんです!」
「そうよ! けれど、奴らにはいくら言っても無駄なのよ。ネットの馬鹿とマスコミのアホに、いくら説明しても無意味なのよ!!」
僕は身じろぎもできなかった。
どう答えればいいのか。僕は彼女のせいで死に、彼女は僕のせいで死んだ。
「ボンよお、俺は自殺じゃねえが似たようなもんだ」
耕太郎は言う。
「あの後、芸能部の記者が酷い誤報をやっちまってな。『人気タレントがドラッグやってる』って記事だったんだが、完全に誤報だったんだ。バッシングだけじゃ済まなく、スポンサーが離れていって、俺は即リストラだ。ふらふらで道歩いてたら、車に轢かれて…ククク、まあ自殺みてえなもんか」
「ボン、あんた人が良さそうで、何人を自殺に追い込むのよ! あーっははは!」
金冴は哄笑は続く。
「金冴さん! いい加減にしなさい! 加害者が被害者ぶるものではありません!」
ククレアは怒鳴った。
「耕太郎さんの事は今は知りませんが、この中でパワーハラスメントの被害者はボンさんだけ! 加害者のあなたは、結果的に被害者になったに過ぎない! 仕事ができない……という立派な事で起こるボンさん達の世界は、私の世界とは完全に違うようです! ですが、はっきりといいます。『何が起きようが、初めの加害者が悪い』。どういう世界だろうが、唯一のルールなはずです! 金冴さんが、ボンさんをそんなに気に入らないなら、初めから雇わなければいいし、部署を変えればいいだけでしょう!!」
「ククレアあんたみたいな、『超天才であることに困ってる』みたいな贅沢な悩みの奴に、私の何が」
「悩みに贅沢も貧しいもありません! 何を悩むか、どう解決するかは各自の采配に委ねられるのです。金冴さんは、聞いた話では力もあれば、人事権もあったはず……! ボンさんの仕事ぶりがそこまでイヤだったなら、配置換えをすれば良かっただけです!」
「……クソッタレ! 何も知らない癖に!」
「なんにせよ、加害者が被害者の前で被害者ぶるものではありません! 早く、ボンさんに謝罪しなさい! その後で、加害者であるそちらの言い分を聞きましょう」
ククレアは、ずっと同じだ。ボンはそう思っていた。
初めて出会った時と同じ、太陽のような頑固さに溢れている。
何もかもが真逆の逆世界で、奇妙な程に自信が無いけれど、ククレアの頑固さは月が裏返しになることがあっても、永久に変わらない。
だから、僕は一目惚れしたんだ。ただ、黄金の髪と美しい容姿だけじゃない。
この頑固さで、僕らを導いてくれる、間違いを正してくれるこの人に。
ククレアは、生まれつきの“指導者”なんだ。きっと世界中の悩みを抱えている人達の。
「お前、ククレア……くっはははは・は・は・は・は! あーーーハッハハアハアハハハグッハハハアアアアハハハハハ歯葉刃覇刃刃刃刃刃刃刃刃破!!」
金冴は悪意の塊と共に哄笑していた。
「お前に会えて良かった。本当はね、私こんな“今にも折れそうな心とカタナ”とか臆者だとか、そんなのどうでもいいの。禁忌型ミノタウロスとかいうとんでもない代物を倒したというあんたを見て見たかっただけで。けど、目標ができた!あんたを捻り潰して、『頼むからもう、息の根を止めて下さい』と『死に乞い』をさせるという目標が!!」
ボンは背筋に氷を感じていた。
金冴の眼は、あの時の“禁忌型ミノタウロス”と同じだ。
僕をリストラした時と同じだ。ククレアは、右拳を前に出して指をキツネの形にした。
そのしなやかだが力の籠った中指を、親指だけで止めている。
「戦う、という選択肢なら私には手っ取り早い。言っておきますが私はデコピンだけであなた方を倒せます。むしろ死なないように加減する方が大変な程です」
確かに何度か『戦闘』をくぐってきた僕にも分かる。
ナカナカたちとの『負ければ勝ち』というヘンテコバトルも、禁忌型ミノタウロスとの思い出すだけでも背筋が凍るような命がけの戦いも。
その中でも、ククレアは本当に“最強”なのだ。ゾッコンLOVEよりも、いや恐らくこの世界の全人類の中でも。
加害者が被害者ぶるものではありません!




