ダークブラック暗黒社
ボン、あんたみたいなのは必要ないわ!
「この逆世界でまた会えるなんてね。この、無能の凡人! ボン!」
女は一括した。 ボンは手の震えが止まらなかった。
「ボンさん!? どうしたんです……? 手の震えが?」
ククレアは不思議な感覚だった。世界を破滅させる“臆者”候補の筆頭のボン、しかし彼からはいつもどことなく勇気や勇敢さを感じていたはずなのに…
「あ、あんたこそどうして……金冴亜里葉専務……」
それは自分がビルの最上階から飛び降りるきっかけとなった上司の名だった……!
「フっ、あなたこそいつもいつもガタガタ震えて情けない! 納期が守れないグズの癖に、私に質問してくるんじゃない!」
金冴は言い放った。
「ボンさん……この人は?」
ククレアは、金冴から放たれる悪意から、ボンをかばうように立った。
「金冴さんは、僕が以前勤めていた会社『ダーク暗黒・ブラック社』の上司だった人です…まさか、逆世界に飛ばされているなんて!」
「クスっ、あの凡人がこの世界だと“億者”とかいうアホみたいな称号を受け取ろうとしているなんてね」
金冴の表情と台詞は、逆世界の誰とも違う。強いていうなら、あの凶悪な“禁忌型ミノタウロス”のそれ。弱者や気に入らない者は嬲っていいのだと、信じ切っている者の眼だ。
「うーん、なんなの? あなた! 私たち虚弱七柱の筆頭、ボンを前に…‥なーんかヤな感じですね!」
ヨワイコは怒っている。
「そうだわ、ボンはドジでグズでノロマで、返した漫画を返すのも遅いけど、あんたなんかにそこまで言われるような奴じゃないわよ!」
と、キャワキャワ。
「ふうん、相変わらず……一円も稼げないのに、友達だけはいっぱいいるのねえ、凡人くん」
金冴は、現世と同じだ。納期を守れない稼げない部下を、モノのように切り捨てる。
ククレアもむっとして、
「ちょっと、金冴さん? さっきから妙な言いがかりですね! 納期を守れず、稼げないって、立派な事じゃないですか! ボンさんこそが、“臆者”筆頭なんですからね!」
「フン! この世界だとあんたみたいなグズが認められていいわねえ、ねえ?」
緑色の帽子をかぶった男に問いかける。
「ボンよ、お前がやたらと有名人になってると聞いて驚いたぜ……俺を覚えているか?」
その声には聞き覚えがあった。
「あ! もしや耕一郎先輩? 大学の新聞部で、僕を地方新聞の面接に誘ってくれた!」
緑色の帽子の男は、くるりと帽子を一回転させた。
「凡人……いや、ボンか。お前でもここじゃまるで勇者サマ扱いだ……だが、お前らの冒険はここまでだ!」
「どうして先輩が、僕らの敵に!?」
「黙れ! 俺はもう『ダークブラック・暗黒社』の一員だ! クソくだらねえ逆世界なんぞ、吹き飛ばしてやる!」
「先輩……?」
ボンの知っている耕一郎とは違う。面接の時はああなったが、あくまで“後輩に親切な男”という印象だった。
「先輩なんて呼ぶんじゃねえ! 俺は新たなる力、スキルを授かったんだからな!」
ククレアは、
「ボンさんに酷い事を言って裏切った先輩さんですね! ただでさえ騙されやすいボンさんを先に裏切ったくせに、何を逆恨みを……!?」
怒りの表情だ。
「へっ、超天才のククレアさんよ。俺の気持ち、あんたには一番分からないだろうなあ。
現世でも逆世界でも、常に中途半端なのが俺だ! だが、この金冴さんは俺のことを評価してくれる!」
耕太郎は手で印を切るような仕草をした。
「いいか、俺の“超幻覚のズー…‥ぐはあっ!」
耕太郎の顔面にサッカーボールが直撃した!
「てめえ、何をする!?」
「幻覚? そんなクソつまらんシーンを許すと思うか? この俺が」
ジンチェンコは華麗に、跳ね返ってきたボールをトラップしている。
「お前、この世界じゃ……」
「勝ったら負け? そんなもんは俺のサッカー道には関係ない」
ジンチェンコは言い放つ。
「そして……とにかく俺は小説や映画で、『誰かが幻覚を見させられてるシーン』がウンザリするんだ! それを止めるためなら、運命神とやらの罰でも食らうさ」
リズミカルにリフティングを続ける。
「くうっ、雷や竜巻が怖くないのか…?」
「俺だって怖いさ……だが、とにかく『幻覚と幻想シーン』だけは、この俺が許さん! 小説で、あんなにダレてくる瞬間は無い!」
ジンチェンコは断言した。
耕太郎は一回転して、後ずさった。
「ジンチェンコおお……! お前、俺が“超幻覚のズー……ぐぼはっ!」
再びボールが耕太郎の顔面を直撃!
「幻覚シーンだけは、認めん!」
華麗なリフティングをしながらだが、ジンチェンコは徐々に耕太郎との距離を詰めている。
「ジ、ジンチェンコさん! せめて耕太郎さんが、どういう異名になってるのかだけでも言わせてあげれば? さっきの“幻覚のジャ……”も名前すら分からない状態で!」
「ボン、俺にも譲れんものがある。幻覚シーンとか幻想シーンとか、あんなダルいものを見せられるくらいなら、サッカーごと辞めてやる!」
クールなジンチェンコがここまで怒るのも珍しい。
「ジンチェンコ君、あなたさっきからよくも可愛い部下にボールを当ててくれてるわね! 耕太郎はゴールマウスじゃないのよ。彼に幻覚魔法を教えるのに、どれだけ苦労したか…」
しかし、耕太郎は
「いいんですよ、金冴さん。……思えば、この世界で俺は辛かった。幻覚魔法を覚えるまで、金冴さんはつきっきりで修行を見てくれましたね」
耕太郎は遠い空を見上げるように視線を上げた。
すると、どこからか、悲し気なBGMが流れてきた。
二階全体が暗くなり、耕太郎の周囲にだけスポットライトが当てられていた。
耕太郎はどこか切なげで、そして懐かし気に天井を見上げていた。
キャワキャワは、
「なんて悲しそうな眼……」
ヨワイコも、
「あれはきっと『悲しい過去』の回想をしているんですう。ジンチェンコさんも、あれだけは邪魔しちゃいけません」
ジンチェンコも、
「フっ、『敵の悲しい過去の回想』となると、邪魔するのは野暮というものか」
「あの耕太郎さんが、少し目に涙を溜めて……! しかし、同時に少しばかり現世のことを思い出しているようだわ。なんていう、悲しそうな過去なの!?」
ククレアは呻いていた。
やがて、BGMは終わり、部屋全体も明るくなった。
耕太郎は、
「同情はいらんぜ、ボン、お前には関係ない話だ」
と眼を少し拭う。だが、しかし!
「いやいや、ちょ、ちょっと待って! 何にも! なああーんにも言ってないでしょう!?
何も伝わりませんって! なんか“悲し気なBGM”と、“何か切ない事を思い出してる雰囲気”……! それだけ! 何があったんですか!? ねえ、みんな!?」
ボンは必死で仲間たちを振りかえるが、
「んもうっ、ボンさんはどうしていつもツッコミばかりなんです!?」
「いくらなんでも『耕太郎さんの悲しい過去』へのツッコミはマナー違反です!」
ククレア姉妹は飽きれているようだ。
「バカな! ねえ、ジンチェンコさん? ワケ分からないですよね!?」
しかし、ジンチェンコも首を横に振り、
金冴さん…この逆世界でも僕をイジメるつもりか




