んふう、コロス!
どくん、とククレアの心臓が今まで感じたことのない跳ね方をした。
(どうして……?)
(臆者であるはずのボンさんは、いつも私に“勇気”をくれる……)
(いけないことのはずなのに、何故かボンさんからだと嬉しい……?)
「倒そう、ククレアさん!」
胃の奥まですとんと落ちてくるような台詞、そして体が熱くなる。
「はいっ!」
ククレアは、初めてボンの背中を見た。
何故かそれは、私以上の“強者”のように映った。
「お前……ヨワい。コロスのも馬カらしくなるホど」
禁忌型ミノタウロスはがっかりした様子だ。
「そうだ……僕は最弱……! だが……」
ボンはキャワキャワを振り返ってにやりと笑った。
「この世界じゃ捨てたもんじゃない! ねえ、キャワキャワさん!」
キャワキャワは思わずどきりとし、頬を赤らめながら
「え……? ボン?」
とつぶやいた。
(何よ、急に男っぽい顔つきになって……あの駄目のボンが……)
キャワキャワがどぎまぎとしていると、スキルボールは
『スキル発動・周囲もドジ・強』
と言った。
ゾクリ。再び、ククレアの背筋を氷が伝った。
「ボンさん!? まさか、これを狙って……?」
なるほど。
理屈では、禁忌型ミノタウロスを倒すにはコレしかない。
「正気ですか? 世界がボンさんのレベルになれば、この世の終わりですよ!?」
「これ以外に方法はないんだ!」
禁忌型ミノタウロスは、「具現、あり得ない程に大きな斧」と呪文を唱え、その両手に小山ほどもある大きさの斧を具現化させている。
「んふう、コロす」
奴の超巨大斧が振り上げられ、そして一歩前に踏み出し……
つるん!
奴は右足を大きく滑らせた! 斧の重量で後ろに倒れる!
「ああっ! 奴の足元に、運動会で用意したバナナが!? いきなり、なんというドジ!」
キャワキャワは叫ぶ。さらに、具現化した大斧が禁忌型ミノタウロスの頭を直撃した!
「んごお?」
禁忌型ミノタウロスは、突然にドジ化した自分に驚いているようだ。
「そうです! ボンさんのドジに限度なんて無い……! ボンさんのダメさ加減に限界などない! それがヤツには乗り移ったというなら!」
ククレアは気を取り直して、光の剣を構え直した。
その瞬間、ひゅるるると風が吹いた!
ククレアのバトルウェディングドレスのスカートに風が吹きつけた!
スカートは一気にめくりあがり、その中に純白のパンツがボンの目にさらされていた。
「きゃああああううう!?」
「うわっ? あ……クマさんのアップリケ?」
そこには、確かにクマのアップリケがつけられていた。
そうか、今は僕のドジはククレアにも乗り移っているんだ! それでいきなり突風が……
「ボ、ボンさん! 何処を見ているんですか! こんな時に!!」
「いや、ククレアさんのスカートが勝手にめくれて……!」
純白のバトルウェディング・ドレスは一気に高揚し始めた。
「この、ボンさんのエッチ! ヘンタイ!」
そう叫んだ瞬間、バトル・ウェディングドレスは一気に爆発した。
素早く、城ケ崎の解説が入る。
「まさか! ククレアの“恥ずかしオーラ”は、ボンにパンツを見られたことで、“嬉し恥ずかしオーラ”へと変化したというの? ククレアは好きなボンに、アップリケのついたパンツを見られることで、“嬉し恥ずかしさ”が絶頂へ! それがあのバトル・ウェディングドレスをマックスの状態にまで底上げしている……今のククレアなら、禁忌型ミノタウロスにも匹敵……?」
「な? お姉ちゃんはそこまで“嬉し恥ずかし”の状態に……?」
ヨワイコは目を剥いている。
「当然でしょう! “嬉し恥ずかしオーラ”というワードだけでも、かなり恥ずかしいのに、そこをボンにパンツを見られ、『パンツを見られた! けれど、ボンさんだし』と微妙に喜ぶ乙女! それが今のククレアよ。“嬉し恥ずかしオーラ”は宇宙にまで昇るわ!」
城ケ崎は丁寧で詳細な解説をし、ヨワイコも感心するほどだ。
「す、凄い……」
「ええ、物凄いパワーだわ、今のククレアは!」
ヨワイコは、
「いえ……私は城ケ崎さんの『解説』が分かりやすくて凄いなあ、と」
ヨワイコは少し照れながらそう言った。
「ヨワイコちゃん? 今は、ククレアを応援しましょう! さあ、ククレア……あんたの“ボンにパンツ見られて嬉し恥ずかしオーラをさらにMAXまで上げるのよ!」
「城ケ崎さん、いい加減でそんな恥ずかしい解説は止めてください! ああ、恥ずかしい!」
と叫ぶククレアだった。
それを見ていたボンも、
「よくよく見たら、純白のドレスが凄くカワイイよ! ククレアさん! し、しかもちゃんとクマさんのアップリケがついていて……けれど、僕はこのアップリケが他に見られないようにガードするからね」
と少しばかり泥で汚れたドレスに身を包んだククレアを絶賛した。
「ああ、ボンさん! そんなにクマさんのアップリケだけ、見つめられると恥ずかしいです! けど、ボンさんだと何故かそんなにイヤじゃない!? ああっ、何故かドキドキするような恥ずかしいような……!」
ククレアからのピンクのオーラは最高潮に達していた。
「かつてない“嬉し恥ずかしオーラ”だわ!」
城ケ崎は的確に解説する。
「今のあんたなら勝てるわ、ククレア!」
城ケ崎に呼応し、
「お姉ちゃん。天才ぶりを見せつけるのよ!」
とヨワイコも声援を送る。
ゾッコンLOVEは
「今のキミに不可能の文字はない!」
と励ます。
「ええ、これだけの“嬉し恥ずかしオーラ”。今までみんなをやってくれたわね、ミノタウロス!」
その眼光は鋭い。
禁忌型ミノタウロスは、ぐぐと体を持ち上げている。しかし、先ほど自分の“とんでもなく大きな斧”が頭にぶつかっているので、少し頭がふらついているようだ。
「死、音。コロ……素」
禁忌型ミノタウロスの眼前に立つのは、紅のオーラのドレスを着た金髪の美少女。
「嬉し恥ずかしウェディングソード! 十二階式、解放!!」
それは紅のオーラを発する光の剣だった。
その周囲の空気までも爆ぜていく程の熱量。
「弧ロス」
つぶやく禁忌型ミノタウロスの、その台詞には先ほどまでの遊びと余裕はない。
ククレアは純白のウェディングドレスを身にまといながら跳躍した。
「でええやああああ!」
紅剣一閃。
ミノタウロスは自分が持つ“あり得ない程に大きな斧”が、真っ二つに割られて少し軽くなっているのを悟った。
次に、自分の腕も肘から先が切断されていること。
そして、それらのことを考えているこの頭も、首から先が胴体に繋がって無いことと、自分が殺されたということを悟ってから、
「弧ロサレ多、ツよい……俺より喪」
とつぶやきながら死んだ。
本当に世界を滅ぼすだけの力があり、三千年前に何十人もの勇者と戦士を殺したが、当時最高の神官によって悪泥門の角の中に閉じ込められた禁忌型ミノタウロス。
その下半身と上半身が完全に離れていた。
禁忌型ミノタウロスは息絶えていた。
「やった! ククレアさんが勝ったんだ!」
ボンは叫んだ。
「ええ……どうにか倒しました」
疲労困憊で微笑するククレア。
その金色の髪は汗と血で汚れている。
「やったね、お姉ちゃん!」
ヨワイコも目に涙を溜めているようだ。
「ヨワイコ、怖かったでしょう?」
「こ、怖くないわ! 私を誰だと思ってるの? このヨワイジャン国の跡継ぎなのよ!? けれど、お姉さんが無事でほんのちょっとは安心したわ、フン!」
ヨワイコはぐしぐしと鼻を啜っている。
「ヨワイコちゃん、君のお姉さんは国を守ろうと頑張ったんだよ?」
ボンはそう言う。
「国なんて、私が守るわ! けど、まあボンもその弱さをよくぞ発揮したわね……そうね、そこまでの弱さでお姉ちゃんを守ってくれるなら……け、結婚してあげてもいいわ。勘違いしないでよ? お姉ちゃんに手を出させないためなんだからねっ」
そっぽをむいて拗ねた様子のヨワイコはだっと駆けだしていった。
「け、結婚? 僕のことを、まだ恨んでいる?」
この逆世界では、結婚はよからぬことを指してそうだ。
ククレアは首を横に振るい、
「まさか、ボンさん、さっきの妹は、本当にボンさんと結婚したくなったみたいですよ?
妹のこと、責任取れるんでしょうね?」
といたずらっぽく言った。
「ええ? 僕がヨワイコちゃんと……?」
まさか、まだ十歳なのに冗談でしょ。
「それに、私もあんな気持ちにさせて、少しは責任を……いや、ごにょごにょ」
「え、ククレアさん……?」
ボンはククレアが少しまごまごとしているのを感じていた。
「いえなんでもないです……私のような“強者”、ボンさんとじゃ無理ですよね……」
何故か、この逆世界特有の強者の自信の無さ。
「どうしてなんですか? ククレアさんは、あんなバケモノを倒した……というかアレは本当に世界を滅ぼせる力がある……ククレアさんは世界を救ったんですよ?」
「世界を救う……こんな空しいことがあるでしょうか? この逆世界では、みなで世界を滅ぼそうとしているのに」
ククレアの瞳は、この世界の繁栄を憂いているだけだった。
そして、この逆世界ならではの周囲の視線とざわめき。
「おい、ククレアはやっぱりしょうがねえなあ! あまりに強すぎて、あんなばかでかいのまで倒しちまうとは……」
「そうそう、ボン君は流石よねえ! あのドジっぷりを見た!? “虚弱七柱”の中でも最弱!」
「ククレアとその瞳にゾッコンLOVEはどうしようもねえ、強者だ! ボンを見習うべきだぜえ」
優しいがどこかが奇妙な逆世界の人々。
ボンは自分の中にマグマが生じていることを悟っていた。
「おかしい……こんなのはおかしいよ!」
ボンは叫ぶ。
「どうしたんですか? 私はこんなの慣れっこです……生まれつきの天才である私……禁忌型ミノタウロスまで倒してしまうほどの惨めな強者……」
まるで生まれつきの才能の無さを嘆くような台詞。
「けれど、ボンさんからの励ましは嬉しかった……!」
「ククレアさん、こんなことはやっぱり間違っている」
ボンは拳を握りしめていた。
それは、一目惚れした女性を罵倒するこの逆世界への怒り、それだけではなかった。
「強いことはいいことだよ、ククレアさん!」
「え? 何をおかしなことを? 強いことが、いいこと……?」
「そして、弱いのは本当は駄目なんだ! やっぱり……この世界の人たちは優しいけど、何かが間違っている……!」
そうだ。
弱い人が叩かれるのも駄目だけど、強い人がけなされるのもまた間違いなんだ。
「ボンさん……?」
そこに、
「いいでしょう! 全ては見せてもらった!」
メガホンを持った女が現れた。
『借金1000億』と書かれたTシャツに、豊満な胸を収めており、この逆世界の中でもタダモノではなさそうだ。
「夕焼けダイヤモンド校長だ!」
生徒たちはざわめく。
「サカタ・夕焼けダイヤモンド校長! あんた、どこに隠れていたんだよ!?」
「さっきのミノタウロスはあんたも一応戦うべきだろ!? 本当にアホウなサカタだな」
森とアガ李が不平を言う。
「アホウ、アホウ! アホウの校長、サカタ・夕焼けダイヤモンドです! さて、諸君らの“気弱な運動会”は見せてもらったわ! ごんなさいね、私はこの子が泣くのをあやしていて。そして、急遽務めてもらった司会進行のキャイーンさん、ありがとう!」
夕焼けダイヤモンドは左手でマイクを掴んでいる。
そして、その懐に可愛いらしい赤ん坊を抱いていた。赤ん坊はおしゃぶりを口にくわえたままで、ニコニコと笑っている。
城ケ崎が、
「あれが校長の夕焼けダイヤモンドよ! そのバカさと弱さでは、ボンにも匹敵するかも……先代の“虚弱七柱”の一人よ! 現在、最弱ランキングではなんと3位……!」
と解説した。横でヨワイコが感心したように頷いている。
夕焼けダイヤモンドは、
「みんなよく聞きなサイ。これから大事なことを……」
と言って、指を三本立てて
「二つ言うわ」
と言った。
「出たわ! 指の本数間違い! 夕焼けダイヤモンド校長の得意技よ!」
と城ケ崎が解説する。
「まず。一つ! ともかく“気弱な運動会”は終了とするわ。ここまでの強力なモンスターが出て、運動会どころじゃないものね」
確かにこの禁忌型ミノタウロスは、想定外だ。
んふう




