こう日もあるさ
こんな日もあるさ
さっきまで、悪泥門だったはずの肉体は、半分に割れて噴水のように血が飛び散った。
「え?」
ボンは呻いていた。
ククレアは、ほとんど瞬間移動のような速さで、悪泥門の角へと襲い掛かる。
「世界最悪の魔物が召喚されます! 私の神秘魔法で抑え込みますから、逃げてください! その瞳にゾッコンLOVEさんが引率してください! おお、太陽の神よ! 哀れみの声は、憎しみの回廊へ!」
ククレアの体から、莫大な光が溢れて、悪泥門が今までいた場所からを飲み込もうとする闇の影を覆っている。
ククレアの神秘魔法の詠唱が木魂する。
「愛も血も同じ色ではないか! 縄を切った親子は、赤子よりも城を選んだ! ぐ、ううう!……そうして、城は霧で包まれた! 愛のような真っ赤でどす黒く濁った霧で!」
それは、いつも優し気だが、どこか抜けているククレアの口から洩れるには、あまりに直情的な詩だった。
ククレアは膨張していく黒い影を必死で神秘魔法で抑えているが、かなり苦しそうで、あまりに踏ん張りすぎたのか、鼻から血を出している。
参加者たちは慌てて逃げていく。
「ククレアさん!?」
ボンは叫ぶ。
「これは、私でなければ無理です!」
「君を置いて逃げるはずがない……!」
「分からないんですか!? 『世界最悪の魔物の召喚』なんですよ? どれだけの力なのか想像もつかない! 街ごと消しとぶかもしれないんですよ!?」
街が?
このダメジャン街が全部?
今までのほのぼのとした逆世界がウソのようだ。
「……そうだ。ボン、君たちは逃げろ」
魔道弓を引き絞った、その瞳にゾッコンLOVE。
「ボン、結局の所はこの逆世界も現世と同じ。巨悪には、こちらも力で返すしかないのだ!」
魔道弓からの光の矢で、角の一本がからめとられる。
「よし、“魔の火継の棺”をかけた。これで、その『全てを消滅させる』の角はしばらく封じたぞ! もっとも、私もしばらくは動けないが……」
その瞳にゾッコンLOVEはニイと笑う。
さらに、ゴブリンやハイウルクなどの、モンスターが大挙して出てくる。
「やれやれだな……」
ジンチェンコは、黒い巨影から出てくるゴブリンたちを、キックの一撃で確実に葬っていく。
「ここは、俺たち“強者”でないと無理だ……ボン、一郎兄さんたちを早く逃げてくれ」
「ジンチェンコさん!?」
「一郎兄さんたちは、弱いんだ。君のように強くない。兄さんたちを守ってくれ」
「何を言うんだ!? 僕は最弱なのに……」
「話は後だ」
アレクシイ・ジンチェンコは素早くキックで、敵を倒していく。
ククレアは、莫大な神秘魔法で、暗黒の影を抑え込もうとする。
「私はS級神官! そう簡単には死にません! さあ、ボンさん……貴方には私と違い、臆者としての重要な使命があるのです……!」
参加者たちは、
「こんな強そうなモンスター、強者たちに任せようぜ!」
「さっさと逃げよう!」
「強者なんて、いくらでもいるわ! 弱者の私たちこそ、守られるべきよ!」
「そうそう、強者や天才ってロクでもねえよな!」
「ほんと、自分だけ勝ってしょうがねえ奴らだ!」
「おい、ククレア! いつも通りで、きっちり瞬殺してくれよ!」
と罵声に近いような声が上がる。
「おかしい! こんなのはおかしいよ!」
ボンは叫んでいた。
今、街のために戦っているのはククレア達なのに!
「この逆世界の人は確かに優しくていい人だ、けど、何かが間違っているよ!」
「何かが、間違っている……? ボンさん、いつも何の話なんですか……?」
ククレアは首を傾げてしまう。
分からない。
いつも、ボンの言う台詞がよく分からない。
この世界は、弱者こそが正義で、私たち強者は悪なはずなのに……
「僕は……逃げない! いつも言ってるだろう!?」
「また、私のパンツですか!? 今はそんなことを言ってる場合じゃ……いくらなんでも、今は私のクマさんのアップリケのパンツの場合では……」
「パンツなんかじゃない!」
ボンはククレアの元へと駆け出した。
「馬鹿ボン、何をする気なのよ!?」
ヨワイコは悲鳴を上げる。
「うおおおお!」
ボンは巨大な影に向かっていった。
「あっ、馬鹿ボン! あんたなんかが勝てるワケないでしょお!?」
「ヨワイコちゃんは逃げるんだ!」
ボンは巨大な影に走っていった。
アレクシイ・ジンチェンコが、ボンの周りに群がるゴブリンを蹴り飛ばす。
「流石だな、強者ボン……女のために走り続けるか」
アレクシイ・ジンチェンコは優雅に微笑する。
ククレアは、
「ジンチェンコ選手!? 何をいうんです。ボンさんを“強者”などと、許しませんよ!
強くて天才でみんなから馬鹿にされる私と、“臆者”のボンさんは違います!」
怒り心頭である。
「ククレア、君はこの逆世界を一番分かってないようだね……ボンと一緒に学ぶといい」
ジンチェンコはまだ鳩のフンがべったりとついたシューズで、ゴブリンたちを蹴っていくが、少し顔に疲労の色がある。
「ボンさん! 悪泥門さんの『世界最悪の魔物』は、ゴブリン程度じゃありません! 奴らはその部下に過ぎず恐らく、金剛級のモンスターが出てくる!」
「僕の命を救ってくれたククレアさんを見捨てはしない!」
ボンは何の迷いもない。
正直、その『世界最悪の魔物』をどうするのか。
今まで通り、「負けたら勝ったことになる」のか、それとも普通に殺されてしまうのか、よく分からない。




