もうどうでもいいっつうか、そもそもこれをやりたかったのかな。
一郎は、
「見たか!? 俺たちの中でもアレクシイ・ジンチェンコは最高の技術!」
しかし、キャワキャワの持つスキルボールが発動した。
『新スキル・“周囲もドジ”』
(え……?)
ククレアは悪寒に身を震わせた。
今、なんと言った……?
“周囲もドジ”……?
まさか、そんなスキルがあり得るのか? あのボンが“周囲もドジ”のスキルを?
「フ……」
余裕のフェイントでボンのダイビングヘッドをかわすアレクシイ・ジンチェンコ。
その眼の前に、いきなり紙きれが飛んできた。
「へぶっ!?」
ジンチェンコは驚いていた。
「ああーっと? これは観客のクレープの包み紙があ!? アレクシイ・ジンチェンコ選手にしては珍しいお間抜けな展開い!?」
「くっ」
アレクシイ・ジンチェンコはクリアするために大きくボールを蹴りだそうとした。
そのボールに、ちょうど鳩のフンが落下してくっついた。
「なあ!?」
つるり、と正確無比のキックが鳩のフンで空振りする。
「ああっと、ジンチェンコ選手? いきなり、ボン選手級のドジっぷり!?」
キャワキャワは叫ぶ。
「ど、どうしたんだ!? ジンチェンコ!?」
「俺たちのエースが!? しっかりしろ、ジンチェンコ!」
一郎や二郎も狼狽えている。
ボンは、さらに果敢にダイビングヘッドで狙う。
「ああっ、ボン選手ウ! さらにダイビングうう!?」
ベチャリ、と鳩のフンが頭についた。
ぽてん。
と、ゴールはヨワイコが真横で見つめるゴールの中へと入っていた。
「ゴオオール! ボン選手のオウンゴールで、1-1です! 試合はまだ分からない!」
ククレアが駆け寄ってきて、
「ボンさん。平気ですか!? というより、そのスキルは……?」
「いててて! けど、これで分からないよ!」
「はいっ!」
「さあ、ガンガン失点を狙おうよ!」
「……はいっ」
ボンは必死でサークルに駆けていく。
ククレアはぼんやりとその背中を見つめていた。
(やはり……とんでもないスキルを次々に引き当てていく……!)
(けれど、ボンさんは本当に“億者”なのかしら……?)
(風が吹いただけで、全部放り出して逃げ出す臆病者……?)
(とんでもない弱さから、ボンさんが“臆者”だと思われているけれど・・)
(ボンさんからは、そういう気配が感じられない……?)
「さあ、ククレアさん! 始まるよ?」
「はいっ!」
いえ、まさかね。 気のせいだわ……あの最弱のボンさんから“勇気”を感じるだなんて、そんなことがあるはずがないわ。
そもそも、“勇気”なんて、この逆世界では誰も認めない代物なんだから……
「ボンさん……流石にお見事です!」
ククレアはそう声をかける。
「うん、絶好調だよ!」
「けれど、最近のボンさんは……少し勇敢すぎるのでは……? “臆者”として世界を滅ぼすはずのボンさんとしては、少しばかり……」
「そりゃそうだよ! 僕は強くなろうとしてるんだから! ククレアさんみたいに」
「いけません! 折角、最弱のはずのボンさんが、私のように強くなろうだなんて……」
そこに、キャワキャワのホイッスルが鳴った。
「ピイイー! ここで前半戦終了です! 失点サッカーは30分ハーフですので、ここで休憩! みんなで水を飲んでください!」
キャワキャワは非常に手際よく、水いりのヤカンを配っていく。
「さあ、キンキンに冷えているわよ! サッカーの時こそ、重要なのは水分補給!」
キャワキャワは手早くヤカンやお茶の入った紙パックを配る。
「あ、ありがとうございます! キャイーンさん!」
ククレアはお礼を言う。
「失点サッカーもスポーツ! みんな、スポーツの時こそ大事なのは勝つことよりもスポーツマンシップよ! 敗北至上主義に囚われていては、失点サッカーを楽しめないわ!」
「わあ、キャイーンさんって、凄く頼りになるんですね! 普段は何をしてるんですか?」
ククレアは目を輝かせる。
「あ……そうね、弟の世話をしたり保育士とかそういうことを……」
「立派なことです! 私も、将来はキャイーンさんみたいに小さい子供の世話をしながら暮らしたいんですよ」
「そ、そう……?」
キャワキャワは、
(この子……なんでいつもそこまでグイグイくるのよ?)
(やめてよね……また、潜入してるだけのことがバレれば、どれだけ責められるか……)
ボンも
(ククレアさん、またもキャワキャワの変装に憧れてしまって……)
ボンはジェスチャーで、
『キャワキャワさん、ここは僕に任せて、ククレアさんにバレない内に逃げるんだ』
という風に伝えた。
『そうね……そうするわ、ありがとうねボンくん』
とキャワキャワも伝える。
キャワキャワはそそくさと立ち上がる。もう、ボンの情報は十分に手に入れた。
私の“潜入”の役割は果たしたのだ。後方の試合でアークデーモンの悪泥門が、角を押さえているようだ。
「なあ、悪泥門。角がどうかしたのか?」
ナカナカが声をかけている。
「お前、悪魔の中でもかなりの強さなんだろ? なんで“気弱な運動会”へ?」
「いや、金が必要でな……ボールで角をやられてしまったようだぜ……」
筋骨隆々の悪泥門は真ん中の角を押さえているようだ。
「確か、『世界を消す』と『最悪の魔物の召喚』と、それと『全魔法効果を消す』っていう角なんだろ? 痛んだら大変じゃねえか」
ナカナカは心配している。
「ああ……」
「どの角をやられたんだ?」
「そうだな、真ん中の『全魔法効果を消す』のヤツにヒビが入っちまった」
ニイ、と悪魔のように笑う悪泥門。
「な!? んなのにヒビじゃ大変だろうが! 早く医者に見せねえと!」
「ああ、そうなんだが……」
悪泥門は、角を覆っている手を放した。
そこには、三本の古代呪術レベルの強力な魔法のかかった角の、真ん中のそれに大きくヒビが入っていた。
「もう、どうでもいいっつうか。そもそも、“これ”をやりたかったのかもしれねえ、俺は」
ボンは少し遠くで見ていた。
背筋が一瞬で凍った。その悪泥門の笑みは、この逆世界では初めてのもの。
そして、現世では色んな場所でしょっちゅう見かける。
それは、「他人を破壊してもいい」と考えた人間特有の笑みだった。もう怖いものは何もない。気に入らないものを全部破壊してやろう。
納期を守れない社員は人間じゃない。だから、何をやってもいいんだ。
残酷な笑みだった。
「何を言ってんだ? 悪泥門? 早く医者に……」
「ナカナカあ……お前はいい奴だよな」
悪泥門は最後に言った。
「早く逃げとけ」
右の角が爆発した。巨大な影が膨らみ、悪泥門を飲み込む。




