お姉さんのキャワキャワ
ボン、ククレア、そして城ケ崎は“おとなりさんの山”まで歩いていった。
「ここで合っているよね?」
ボンは地図を見回す。
「大きなのっぽの木が三本立っている場所、きっとそうです、ボンさん」
ククレアは、ルーズソックスに金髪を三つ編みにして、そしてビン底のような眼鏡をかけてきていた。
「ククレアさん、なんていうか。その恰好は…?」
ククレアは普段は淑女らしい神官の衣服で、金髪もかなりしっかり結えているはずだが、なんというかかなり古い90年代のギャルのような恰好で、ルーズソックス、ビン底眼鏡、そして三つ編みと言う風に意味不明な感じだ。
「少しでも駄目な感じに見えるように……! 思い切ってイメチェンしてみました!」
「うーん」
それでも、元が美人のククレアなので可愛いが、どう考えてもファッションとして変だ。
「ククレアさん、あなたのような天才で美人で心も優しい人が、その程度のダサファッションで駄目になれるとでも!? 考えが甘いのよ!」
城ケ崎は哄笑する。
「私なんぞずうっとE級弓師のままで、才能はほぼゼロ! 十年間、弓の練習をしているのに、未だに五メートル先の的にも当たらないわ!」
「なんつうか、最悪だね城ケ崎さん。そこまで自虐しなくても」
「褒めてくれるの、ボンくん? あなたのような最弱男に褒められて光栄だわ」
「……?」
どうも噛み合わない人だ。
「ククレアさん、あなたの美貌では、そのビン底、ダサ三つ編み、イマドキのルーズソックスでも、自然と人の注目を引くから無駄よ!」
「城ケ崎さん! 私だって、これでも必死で成り下がろうとしているんです……!」
「はっ、あなたなんて十年に一人の美貌よ! 私のような、年中カサカサ肌で手入れに毎日三時間かけている者こそが“臆者”にはふさわしいわ。あなたのようなツヤツヤ肌が“臆者”ですって!?」
ボンは首を傾げながらも、ともかく木の付近でリュックを降ろした。
山登りなんて久しぶりだ。
ブラック労働ばかりで、自然の美しさなんて気にもかけなかったけど、この逆世界は本当に綺麗だ。
「はっ、ククレアさんのような、みんなを引っ張るリーダーがいて、演習ができるのかしら?」
「城ケ崎さん、君もいい加減にするんだ。ククレアさんは、本当に立派な人だぞ……?」
「ボン、私にもある程度の情報網があるのよ。なんでも、着ぐるみ魔王軍は、ナカナカの姉のキャワキャワを派遣するつもりらしいと」
「ええっ、あのナカナカに姉が…?」
ククレアは驚く。
「噂では“変装”のキャワキャワ、“潜入”の達人とまで言われている女よ…! 着ぐるみ魔王軍の中でも、途方もない親切さであると!」
「……そんなに親切な人なのか……?」
どうも、この逆世界の魔王軍は、ボンの知るファンタジー世界とは違うようだ。
「そんなに親切な人だったら、別に大丈夫じゃないか」
とボンは言うが、
「何を言うんです!? ボンさん、親切なことほど恐ろしいことはありません!」
とククレア。
「あまりに親切なので、普段は保育士のバイトをしている、一方で実はデリケートで傷つきやすい一面もあると…そんな女が来て、天才のククレアさんがいれば、どうなるのかしら?」
「私も、もっともっと頑張って負けます……!」
「はっ、あなたのようなS級神官が、どうやって負けるというの……? キャワキャワはひょっとすると、今にもここに潜入しているかもしれないのよ!?」
そこに、木の後ろで、
「さあ、ナカナカ。あんたはここで隠れていなさい。後はお姉さんに任せなさい」
と声がした。
(ナカナカ?)
ボンはその声に訝った。
そして、唐突に木の後ろから大きな影が現れ、
「はーい、みんなあ。元気かな? さあ、今日も頑張って、お姉さんと武術演習しよー!」
とんでもなく親切な雰囲気で、恐竜の着ぐるみを着たお姉さんがそこにはいた!
何故か、恐竜の着ぐるみ。
しかし、しなやかな肢体となかなかの美貌までは隠せないでおり、美しい黒髪が着ぐるみの中から覗いている。
「どうもー、みんなと一緒に実施演習の訓練にきたお姉さんでーす」
元気一杯で優しさ一杯。
そういう雰囲気のお姉さんであった。
「え?」
ボンは思わず呻いていた。
(恐竜の着ぐるみでスゴイ親切そうな女性……?)
いや、まさか……
そんなバカげたことがあるはずがない!
(けれど、“変装”のキャワキャワという名前だったはず……)
まさか、そんなバカげたことが……?
「はーい、みんな。こんにちはー!」
お姉さんは耳に片手を当てる。
「あれれえ? 声が聞こえないぞお? “みんなで臆者を決める学園”の生徒くんたち! はーい、こーんにーちは!!」
ククレアは少し照れながら、
「こんにちはー」
と返した。
それは、とんでもなく親切そうなお姉さんだった。




