第055号室 水底団地 触手観音
ボブと人魚達の乗ったオフロード四輪駆動車、小型SUVが決壊したダムの底より現れた”水底団地”の畦を走る。
「そういえば、カニ頭達はどこ行ったんだ?」
途端に暗くなった人魚達の雰囲気にボブが死んだのだろうかと想い、不味いことを聞いたと肩を竦めた。
「チッ………あいつらなら、ユーナって人間にまとめて寝取られましたぁ………」
苦々し気に顔を顰めたセイレーンが舌打ち混じりに短くまとめ、それはそれで不味いこと聞いたなとボブがまた肩を竦める。
「………マナティは?」「アイツもオスよぉおお!!」
またまた肩を竦める。
「そのユーナって奴は知らないが、こんなにホットなレディを放ったらかして、何やってんだカニ頭共め………」
「ホントよ〜〜!」「バカばっかり!」「もう知らない、このままアイツら置いて帰るわよー」
「カエる?帰るって、この団地から元の世界に帰るって意味だよな!?」
「もちろんそうよ〜ほら、でっかい船が刺さってる所の下の方、水が噴き上がってるのわかる?あそこが間欠泉」
「それさ、オレとオレの仲間も通してもらって良いかな?」
「ん〜………まあ、大ぃ〜…丈夫でしょう!みんなで帰ろぉう!!」
「やった!!」「「イェ〜〜イ!!」」
「元の世界帰ったらさ、なんかお礼させてくれよ!」
「ん?ええ、んぅ??あなた、なにか勘違いしてない???」
「………何だよ、勘違いって?」
「それは………ああっと「「「!!?」」」」」
間欠泉を目前にして瓦礫の陰から突然現れた、外套を纏った筋骨隆々の大男に似せて触手を練り上げた容姿の指揮触と、酒気帯び居眠り無免許危険過失ノーシートベルトマーメイドの運転する小型SUVが正面衝突して会話が中断された。
「コイツぅ~~生きてたかぁ~~運のいい奴め!」
倒れた指揮触の上を走り抜けた車を止め、マーメイドがバックミラーを触りふらふらと立ち上がる指揮触を一瞥するとギアをバックに入れる。
「驚かせやがって!ちゃんとひき殺してやる!!」
「おい、やめっ………!!」
同乗者が口を挟む余裕もなくマーメイドがアクセル全開、瓦礫道を跳ねながら爆走、後ろを振り向いた拍子にハンドルを切って道を外れ、畔の急勾配を降ると、あっけに取られる指揮触が見送る中、横転、全エアバックが作動、そのまま転がり割れた窓からみんな飛び出る。
「「「「あぁあああああああああああああああ!!!!」」」」
畦道の底に着いて速度を落とした車の残骸が横転したままスライドして倒れたローレライへ迫る。いち早く復帰したボブが滑り込みローレライの脇を抱えて後退ったが瓦礫に足を取られ思うように動けず、二人の下半身を下敷きにしてようやく車が止まった。
「ああ!ヒレが引っ掛かって抜けな〜〜い!!」
「大丈夫だ、落ち着け!こうやって、脚を一本づつ引き抜けば、な?大丈夫だろう?………あ!!」
瓦礫が支えになり潰されはしなかったが、鰭が挟まり動けないとローレライがうろたえる。その横でボブが脚を交互に引き抜き、抜け出し方の手本を見せたが、直ぐに人間と人魚の身体上の違いを思い出して、わざとらしく黙る。
「くぅ〜!二股のヒレにそんなメリットがあったなんて!!」
「まあいい、よし!車を持ち上げるぞ!!………オラっ!!」
さも当たり前の対応を取っていると言わんばかりにボブが背中を横転した車に押しつけ、両脚を踏ん張って僅かに持ち上げると、その隙にローレライが脱出した。
「触手、こっち来るんですけどぉおお!?」
鰭で地面を叩き畦道の上を指差すセイレーンの悲鳴混じりの声に急かされ、ボブと人魚達の視線が指揮触に集まる。
放心状態で変色し白濁した表皮と重心定まらない足運びで、呆けたようにぶらぶらと触手をなびかせる様は、他種族からしても指揮触の意識の希薄さを見て取れた。が………
時折り瓦礫の中から、捻じ切れて先の尖った鉄柱や、底の割れた酒瓶を拾い上げると、ダムの決壊に巻き込まれて負ったのであろう、生傷の痛々しい触腕一本一本に得物として掲げる。
人の頭蓋に似た器官を傾け、横転した小型SUVの残骸を見下す。上顎から髭状に伸びた触手が嘲笑するかのように蠢き、陥没した眼底が更に沈み込み暗い影を落として生気を取り戻していく。
「あれはヤル気だな、オレが相手してる間に先行っててくれ」
ボブが覚悟を決めて立ち上がり、破けて服の体を成していない上着を脱ぎ捨てる。
「きゃ…♡♡」「ちょっとぉおお♡♡」「も~♡やだぁ♡♡」
ボブの切れ上がった肉体に人魚達の歓声が上がり、横転した車へ飛び乗ったボブが指揮触の前へ立ち塞がるように筋肉を誇示する。
「これ使って!人魚の鍛治師が、深海の火山の熱と圧力で鍛えた三叉槍よ!!」
横転した車のトランクからローレライが白銀の三叉槍を引っ張り出して投げて寄こす。ボブが衛兵の銃剣術を想わせる所作で三叉槍を構えると、それを見た指揮触が鼻で嗤うかのように脱力したのも一瞬、触手一つ一つを波打たせ、蠢き沼田打ち、渦巻いては逆巻いて、瓦礫を持物に触手侍らせ、後光を背負うその威容、解脱極まり悟りの極致を跨ぐ、千手観音真似て貶める悪徳の化身そのものと化した。




